ここで目を引くのは、小林社長が事件そのものへの対処よりも、事件を生んだ土壌を長い時間軸で語った点である。データねつ造という個別の不正を、担当者個人の逸脱にとどめず、80年の合併で膨張した組織と、拡大目標が先行した"アタック100"計画、そして現場に浸透しなかった危機感という、より根の深い経営課題に結びつけて語った。辞任という分かりやすい決着を避け、原因の分析と再発防止を優先した対応であったのだろう。
もっとも、この総括がそのまま数年で成果に転じたわけではない。"市場高感度企業を目指す"との指針から利益率の目立った改善までには、なお数年を要した。育毛剤という一商品の不祥事が、合併後10年近くを経てもなお定まらなかった経営の型を問い直す契機になった点に、この事件の重みがある。危機に直面してはじめて体質を見直すという経過は、その後のライオンの経営にも影を落としただろう。