三菱自動車燃費データ不正の発覚と日産傘下入り
- 概要
- 2016年4月、日産と共同開発した軽自動車の燃費データ不正が発覚した三菱自動車が、益子修会長兼CEOの判断で日産による34%出資を受け入れ、ルノー・日産アライアンスに編入された経営判断。自力での信頼回復と資金確保を断念し、会見の翌日にカルロス・ゴーン会長へ支援を求めたことが日産傘下入りの発端であった。
- 背景
- 軽自動車eKワゴンとその供給先である日産デイズなど4車種で、国が定めた惰行法によらない走行抵抗値の測定が続き、燃費を実際より良く見せていた。対象は62.5万台に及び、のちにパジェロなど5車種でも不正が判明した。2000年・2004年のリコール隠しに続く三度目の順法違反であった。
- 内容
- 相川哲郎社長は2016年4月に不正を公表し、5月に6月の株主総会での引責辞任を表明した。益子修会長兼CEOはゴーン会長に支援を要請し、日産は第三者割当増資で三菱自動車株の34%を2,370億円で引き受けて筆頭株主となった。覚書は5月12日、取得完了は10月20日であった。
- 含意
- 1971年のクライスラー、2000年のダイムラーに続き、三菱自動車はまたも不祥事を引き金に他社の資本へ生き残りを委ねた。日産主導のガバナンス下で指名委員会等設置会社へ移行し、2018年のゴーン会長失脚を経てもアライアンスは残り、2024年の日産・ホンダとの統合協議へ連なった。
筆者の見解
三度目の外資・他社依存という選択
この判断の核心は、不正それ自体ではなく、不正が露呈した瞬間に単独での再建をほとんど検討せず、他社の資本へ一足飛びに走った速さにある。会見の翌日に競合の会長へ電話をかけ、3週間あまりで34%を委ねた手際は、益子修会長兼CEOの決断力の表れであると同時に、三菱自動車がもはや自力で信頼と資金を立て直せないと当事者自身が見切っていたことの証しでもあった。身の丈を超えた車種展開という総括は、裏返せば身の丈に合う規模へ縮む選択を自前ではできないという告白であった。
1971年のクライスラー、2000年のダイムラー、そして2016年の日産と、三菱自動車は約15年ごとに不振や不祥事を機として提携先を替えてきた。共通するのは、外資や他社の規律が資本と管理をもたらしても、都合の悪い情報を内に抱える体質までは入れ替えられなかった点である。日産の傘下で燃費不正の後始末は進んだが、ガバナンスの枠組みを他社に借りるほど、自前で律する力は育ちにくい。救済を選ぶたびに独立の芽が細るという循環を、この決断は三度目にして最も短い時間で繰り返した。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
同じ問いに直面した会社
- Car Watch(2016年8月3日)
- 三菱自動車 特別調査委員会 調査報告書(要約版)(2016年8月1日)
- 日産自動車 ニュースリリース(2016年10月20日)「日産自動車、三菱自動車株の34%を取得しアライアンスを強化」
- 三菱自動車工業 有価証券報告書【沿革】
- 三菱自動車 有価証券報告書(連結)