市乳事業の分離と日本ミルクコミュニティ発足(2002年・雪印メグミルクの決断)

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論点 牛乳事業を分離して再建するか
雪印メグミルク:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
牛乳事業の農協系新会社への移管と、チーズ・バターへの本体の集中

何をなぜ決めたか:牛乳事業の農協系新会社への移管と、チーズ・バターへの本体の集中

概要

2002年3月28日、雪印乳業は「新生雪印」を掲げた再建策を発表した。牛乳を中心とする市乳事業など多くの事業を本体から切り出して他社との提携に回し、雪印乳業本体は乳製品事業に特化する。同じ会見で、西紘平社長は役員8人の辞表を預かったと明かし、全役員の退任を打ち出した。

分離は1年がかりで進んだ。2002年10月に育児品事業を会社分割でビーンスターク・スノーへ承継し、アイスクリーム事業をロッテスノーへ営業譲渡した。2003年1月には市乳事業を会社分割で日本ミルクコミュニティへ承継した。同社は雪印乳業の市乳部門に、全国農協直販とジャパンミルクネットを加えた3者の統合会社である。

背景

雪印乳業は2年のうちに2度、信用を失った。2000年6月に雪印乳業食中毒事件を起こし、2002年1月には子会社の雪印食品で牛肉偽装事件が発覚した。2002年3月期の連結決算は、売上高1兆1,647億円に対して経常損失353億円、当期純損失717億円で、自己資本比率は5.2%まで下がった。

資本の出し手として西紘平社長が最初に望んだのはネスレだった。しかし農林水産省は、赤字体質の市乳事業の再建に協力する代わりに、提携先として全農と全酪連を勧めた。西紘平社長は 『行政やメーンバンクが動いてくれているのに、それをはね飛ばして、ネスレと組むという判断は、やっぱりできなかった』 と、外資を選ばなかった理由を明かしている。

内容

まず本体の資本を組み替えた。2002年6月5日に全農と「事業提携に係る基本合意書」を結び、6月27日の株主総会で資本金27,809百万円を500百万円へ減らし、8月1日付で2株を1株に併合した。欠損の穴埋めに資本準備金も取り崩している。

次に新しい株主を迎えた。2003年3月18日、普通株式67,522,000株を1株162円で第三者割当し、全農が30,864,000株、伊藤忠商事が18,518,500株、ホクレン農業協同組合連合会が3,703,500株を引き受けた。同時にUFJ銀行・みずほコーポレート銀行・農林中央金庫の債権200億円を優先株式に振り替えた。切り出した日本ミルクコミュニティには30.00%の出資を残した。

含意

会社の規模は4分の1になった。連結売上高は2002年3月期の1兆1,647億円から2004年3月期には3,181億円へ、連結従業員は12,404名から3,827名へ減った。その2004年3月期に経常利益33億円、当期純利益14億円と黒字に転換した。ただし配当は2006年3月期まで5期続けて0円だった。2006年3月末の大株主は全農が12.91%で首位、伊藤忠商事が7.60%で続く。

再建は予定より早く片づいた。2006年3月期末までとしていた「新再建計画」を半年前倒しで終え、2005年10月から中期経営計画に移った。2007年3月期には日本ミルクコミュニティの財政状態の改善で持分法の利益を取り込み、連結経常利益は10,656百万円に達した。2009年10月、両社は経営統合して共同持株会社の雪印メグミルクを設立した。

いつ何が起きたか 12件
考察:規模と引き換えに残した乳製品
考察

考察:規模と引き換えに残した乳製品

雪印乳業には、自分の力だけで立て直す余力が残っていなかった。2002年3月期の当期純損失は717億円で、自己資本比率は5.2%しかない。そこで本体には利益の出るチーズ・バターを残し、赤字の市乳を外に出した。資本の出し手に全農を選んだのは、生乳を出す酪農家と同じ農協の系統に再建を託すほうが、原料の確保で対立を招きにくかったからだと思われる。外資のネスレと組めば、生乳を供給する側と対立しかねなかった。

もっとも、この選択は雪印乳業が自分で選び切ったものではない。西紘平社長は当初ネスレを筆頭株主に望み、農林水産省の意向を受けて全農に切り替えた。しかも市乳事業は消えたのではなく、30.00%を出資する日本ミルクコミュニティに移っただけである。赤字の事業は帳簿の外に出たが、その損益は持分法を通じて本体に返ってくる。出資の受け入れで全農が筆頭株主となり、経営の自由もその分だけ狭まった。

結果から見れば、この再建は成功だった。ただし規模という大きな代償を払っている。分離後の初の通期となる2004年3月期に経常利益33億円で黒字に転換し、新再建計画は半年前倒しで終わった。2007年3月期には日本ミルクコミュニティの改善が持分法の利益として本体を支えた。2009年10月には両社は雪印メグミルクとして再び統合された。一方で連結売上高は1兆1,647億円から2,773億円へ縮み、無配は5期続いた。会社は残ったが、残ったのは乳製品の会社だった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

雪印メグミルク:連結売上高と経常損益の推移

売上高(億円)経常損益率(%)

連結売上高は5年で1兆1,647億円から2,773億円へ縮んだ

雪印メグミルク:連結売上高と経常損益の推移
(億円) 売上高経常損益当期純損益 備考
1997年3月期 12,14614753 会社年鑑の値。有報の逐語では照合できていない
1998年3月期 12,47113740 会社年鑑の値。有報の逐語では照合できていない
1999年3月期 12,63717931 会社年鑑の値。有報の逐語では照合できていない
2000年3月期 12,878218△285 会社年鑑の値。有報の逐語では照合できていない
2001年3月期 11,408△589△529 2000年6月の食中毒事件を含む期。会社年鑑の値
2002年3月期 11,647△353△717 2002年1月に雪印食品の牛肉偽装が発覚。3月に再建策を発表
2003年3月期 7,271△268△271 2002年10月に育児品・アイス、2003年1月に市乳を分離
2004年3月期 3,1813314 分離後の初の通期。経常・純損益とも黒字に転換
2005年3月期 2,8346769
2006年3月期 2,8019171 新再建計画を半年前倒しで完了
2007年3月期 2,77310774 日本ミルクコミュニティの持分法利益の取り込みが増えた
出所:会社年鑑 2002年版(1997年3月期〜2001年3月期) / 雪印乳業 有価証券報告書 第56〜57期【主要な経営指標等の推移】
出所:会社年鑑 2002年版(1997年3月期〜2001年3月期) / 雪印乳業 有価証券報告書 第56〜57期【主要な経営指標等の推移】

雪印メグミルク:従業員数の推移

連結従業員数(名)
雪印メグミルク:従業員数の推移
(名) 連結従業員数提出会社の従業員数 備考
2002年3月期 12,4044,477 再建策を発表した期の期末
2003年3月期 4,5911,484 市乳・育児品・アイスクリームの分離で3分の1に減った
2004年3月期 3,8271,426
2005年3月期 2,8701,414
2006年3月期 2,7631,426
2007年3月期 2,6821,367
出所:雪印乳業 有価証券報告書 第56〜57期【主要な経営指標等の推移】
出所:雪印乳業 有価証券報告書 第56〜57期【主要な経営指標等の推移】
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 2002年4月22日号
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【沿革】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【経営上の重要な契約等】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【発行済株式総数、資本金等の推移】【主要な経営指標等の推移】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【関係会社の状況】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【大株主の状況】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【業績等の概要】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第57期(2007年3月期)【財政状態及び経営成績の分析】
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56期(2006年3月期)【発行済株式総数、資本金等の推移】
  • 会社年鑑 2002年版(1997年3月期〜2001年3月期)
  • 雪印乳業 有価証券報告書 第56〜57期【主要な経営指標等の推移】
  • 雪印乳業 有価証券報告書「第56期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】」
  • 雪印乳業 有価証券報告書「第56期(2006年3月期)【沿革】【関係会社の状況】」
  • 雪印乳業 有価証券報告書「第56期(2006年3月期)【発行済株式総数、資本金等の推移】【大株主の状況】」
  • 雪印乳業 有価証券報告書「第56期(2006年3月期)【経営上の重要な契約等】【業績等の概要】」
  • 雪印乳業 有価証券報告書「第57期(2007年3月期)【主要な経営指標等の推移】【財政状態及び経営成績の分析】」
  • 雪印メグミルク 有価証券報告書「第1期(2010年3月期)【沿革】」
  • 雪印メグミルク 有価証券報告書「第17期(2026年3月期)【沿革】」

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