雪印メグミルク日本ミルクコミュニティとの経営統合と雪印メグミルクの発足
2002年に切り離した牛乳を、なぜ7年後に同じ資本の下へ戻したか
- 概要
- 2009年1月27日、雪印乳業と日本ミルクコミュニティが統合契約を締結し、同年10月1日に共同持株会社の雪印メグミルクを設立して東京証券取引所市場第一部と札幌証券取引所に上場した。2002年に本体から切り離した市乳事業を、7年をへて同じ資本の下に戻す統合であった。
- 背景
- 雪印乳業は2003年度に黒字へ戻りチーズ事業を軸に再建にめどをつけた一方、日本ミルクコミュニティはメグミルク牛乳が伸び悩み、経常利益は2005年度の41億円から2007年度に25億円へ縮んでいた。国内の乳資源は細り、原料乳価の値上げも控えていた。
- 内容
- 株式移転比率は雪印乳業1株に対し持株会社0.2株、日本ミルクコミュニティ普通株式1株に対し0.48株、A種種類株式1株に対し0.96株。交付予定の新株は普通株式7,078万2,429株で、雪印乳業は2009年9月25日に上場廃止となった。統合準備委員会は高野瀬忠明氏が委員長、小原實氏が副委員長を務めた。
- 含意
- 乳製品に特化していた雪印乳業の原料調達先はホクレンのみで、全国13工場を持ち9つの生産者団体と取引する日本ミルクコミュニティとの統合で調達の幅が広がった。2011年4月には持株会社が両事業会社を吸収合併し、事業持株会社としての雪印メグミルクが発足した。
0.2株という値段
統合の条件を見ると、雪印乳業の株主は1株につき持株会社の0.2株を受け取り、日本ミルクコミュニティの株主は1株につき0.48株を受け取った。株数の建て方が違うため単純な優劣は読み取れないが、再建にめどをつけた側と債務超過から抜けたばかりの側が、対等に近い形で一つの持株会社を作った点は残る。市乳を手放すときに助けを求めた相手と、7年後には比率を交渉して同じ傘に入った。
統合で調達の入口は9団体へ広がり、開発力は牛乳の棚へ届くようになった。それでも牛乳事業の赤字は残り、中期経営計画2022の縮減目標にも届かなかった。雪印メグミルクは2025年の創業100周年に「Next Design 2030」で国内生産拠点の2〜3割の再編を掲げ、2026年5月までに神戸・興部・川越の3工場の生産終了を決めている。2002年に分け、2009年に戻した生産設備の重なりを解く作業は、いまも工場の単位で続いている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
別々に再建した2社
2002年の再建策で市乳事業を切り離してから、雪印乳業と日本ミルクコミュニティは別々の道をたどった。雪印乳業は事業のリストラを進めて2003年度に黒字へ浮上し、コスト削減と並行して採算の高いチーズ事業を育て、復配も果たして再建にめどをつけた。乳製品と原料乳製品に絞った本体は小さくなったものの、営業利益率で5%前後が見込める領域に事業が寄っていた。2008年12月末の連結純資産は703億円、連結総資産は2,080億円、連結の従業員は2,687名である[1][2]。
日本ミルクコミュニティの側は、発足初年度の2003年度に132億円の営業赤字を出して債務超過に陥ったあと、工場閉鎖と物流・営業拠点の再編で2004年度に黒字化し、2006年に農林中央金庫の支援で債務超過を解消した。ただしブランドの育成は進まず、メグミルク牛乳は苦戦を続け、ヨーグルトや乳飲料でもヒット商品が出なかった。経常利益は2005年度の41億円をピークに2007年度は25億円へ縮み、2009年4月には原料乳価の値上げも控えていた[3]。
調達基盤の非対称
2社の事業は、原料乳の入口の広さが対照的であった。乳製品に特化した雪印乳業の原料調達先は北海道の生産者団体ホクレンのみで、全国13工場を持つ日本ミルクコミュニティは9つの生産者団体と取引していた。牛乳・乳製品の原料である生乳は各地の指定生産者団体を通じて流れるため、取引する団体の数と量は、そのまま調達の安定と価格交渉の力に直結する[4]。
一方の日本ミルクコミュニティが欠いていたのは商品開発の力であった。会見で小原實社長は、市乳が伸び悩むなかで70年の歴史を持つ雪印の研究開発力によって高付加価値の商品を提供したいと語っている。牛乳は商品ごとの違いを出しにくく特売の対象になりやすい。ヨーグルトなど付加価値のつく領域へ広げるには、素材と機能を開発する側の蓄積が要る。統合は、調達の幅と開発の蓄積を互いに埋め合う組み合わせであった[5]。
決断
株式移転による共同持株会社
2009年1月27日、両社は統合契約を締結した。手法は株式移転で、雪印乳業と日本ミルクコミュニティがそれぞれ共同持株会社の完全子会社となり、持株会社の株式が両社の株主へ交付される。4月9日には両社の取締役会が株式移転を決議し、株式移転計画を作成して関東財務局へ提出した。6月24日の定時株主総会での承認を経て、10月1日に「雪印メグミルク株式会社」を設立する日程が組まれた[6]。
株式移転比率は、雪印乳業の普通株式1株に対して持株会社の普通株式0.2株、日本ミルクコミュニティの普通株式1株に対して0.48株とし、農林中央金庫が全額を保有する同社のA種種類株式1株に対しては0.96株を割り当てた。交付する新株は普通株式7,078万2,429株を予定した。比率の算定は雪印乳業が大和証券エスエムビーシー、日本ミルクコミュニティがPwCアドバイザリーをそれぞれ財務助言者に任命して行っている。雪印乳業株は2009年9月25日に東証・札証で上場廃止となった。1株が0.2株になる一方、単元株式数は雪印乳業の500株から持株会社の100株へ改められ、株主が持つ議決権の数は統合の前後で変わらない設計とした[7][8]。
統合準備委員会と2社が語った狙い
統合の実務は2009年2月に設けた統合準備委員会が担った。委員長は雪印乳業社長の高野瀬忠明氏、副委員長は日本ミルクコミュニティ社長の小原實氏で、中堅社員を中心に持株会社の設立準備と、統合の効果を早く出すための体制づくり・戦略づくりを進めた。新しい企業グループは「乳」にこだわることを経営の重点に置き、国産生乳と乳製品の価値を高めることを掲げている[9]。
高野瀬社長は統合を、過去の雪印に戻るのではなく次の世代に向けて成長するための出発点だと述べ、二つの事件については風化させてはならない、10年20年と背負っていくと語った。2008年度の両社業績を単純に合算すると売上高5,250億円・営業利益120億円となり、業界2位の森永乳業に迫る規模になる。市乳と乳製品を再び一つの資本のもとに置いた新グループは、健康食品など新規事業の強化も掲げた[10][11]。
結果
吸収合併と、残った牛乳の採算
2009年10月1日に持株会社が発足したあと、2011年4月には雪印メグミルクが日本ミルクコミュニティと雪印乳業の両事業会社を吸収合併し、事業持株会社としての新生雪印メグミルクとなった。2社を並べる形は1年半で終わり、ひとつの会社に一本化された。統合初年度にあたる2011年3月期の連結売上高は5,042億円、経常利益は173億円である[12][13]。
統合で解けなかった課題は牛乳の採算であった。商品の差別化が難しく特売の定番となりやすい牛乳事業の赤字は統合後も残り、「グループ中期経営計画2022」で掲げた赤字幅3分の1縮減の目標も未達に終わっている。それでも生産ラインの統合とアイテムの見直しを重ね、機能性ヨーグルトとチーズへの投資が効いて、2018年3月期の連結営業利益は194億円まで戻った。2026年3月期の連結売上高は6,158億円である[14][15]。
- 雪印乳業「株式移転計画の作成に関するお知らせ」(2009年4月9日)
- 週刊東洋経済 2009年2月7日号「日本ミルクと経営統合 雪印、乳業回帰の茨道」
- 雪印メグミルク 有価証券報告書【沿革】
- 雪印メグミルク 有価証券報告書(2011年3月期・2018年3月期・2026年3月期・連結)
- 雪印メグミルク 決算説明会・中期経営計画2025説明会 質疑応答(2023年5月15日)