ウエルシアホールディングスウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転によるグローウェルホールディングスの設立と東証二部上場
連合に属したまま伸びるか、資本で束ねるか——ドラッグストア再編前夜の二社の選択
- 概要
- 2008年3月14日、埼玉を地盤とするウエルシア関東と静岡の高田薬局が、株式移転によって共同持株会社を設立し経営統合すると発表した。同年9月1日にグローウェルホールディングスが発足し、両社は完全子会社となって、持株会社が東京証券取引所市場第二部へ新規上場した。現在のウエルシアホールディングスは、この日に上場企業としての歩みを始めた。
- 背景
- 出店競争で店舗数が過剰となり、2009年6月の改正薬事法施行でコンビニエンスストアやスーパーの参入が見込まれていた。ウエルシア関東はツルハとイオンの双方と資本業務提携を結び、イオンのドラッグストア連合にも属していたが、資本の裏づけのない連携の限界は当事者の側でも語られていた。
- 内容
- 株式移転比率はウエルシア関東1株に持株会社1株、高田薬局1株に同1,171株と定めた。持株会社は資本金10億円、本店は東京都千代田区神田鍛冶町に置き、会長にウエルシア関東の鈴木孝之氏、社長に高田薬局の髙田隆右氏が就いた。ウエルシア関東は8月26日で上場を廃止した。
- 含意
- 設立2カ月後の2008年11月には寺島薬局を公開買付けで子会社化し、持株会社は買収の受け皿として動き始めた。設立初年度の2009年8月期は連結売上高1,989億円・566店舗となり、以後の買収と2014年の事業会社一本化を経て、ドラッグストア最大手へ向かう土台となった。
束ねた日と、揃うまでの時間
規模を求めた対等統合という説明は、この判断の輪郭をなぞるだけにとどまる。ウエルシア関東はすでにツルハとイオンの双方と資本で結ばれ、イオンの連合にも属していた。それでも別会社との株式移転を選んだのは、連合という緩やかな関係のままでは店の運び方まで揃えられないと見切っていたからだとみられる。イオンのドラッグ事業を率いた西岡明賜氏が同じ年に大再編の到来を語った業界で、統合される側ではなく束ねる側へ回った動きといえる。
もっとも、束ねた効果がすぐに表れたわけではない。統合初日、高田薬局の100店のうち調剤を扱うのは25店、深夜営業は8店で、236店と205店を持つウエルシア関東とは店の作りが離れていた。二社が一つの事業会社になったのは6年後の2014年9月で、その間に持株会社は寺島薬局やイレブンを傘下へ迎え続けている。統合の成否は資本を一つにした日ではなく、その後どこまで店の運び方を揃えられたかで測られるとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
店舗過剰と改正薬事法を前にした業界再編
2000年代半ばのドラッグストアは、店を出せば儲かった時代の名残をとどめていた。業界の歴史は浅く、本拠地を基点に地域でチェーンを広げた企業が各地に根を張り、大手10社の売上高シェアは5割程度にとどまっていた。一方で店舗数の増加は続き、日本の1人当たり店舗数は米国の2〜3倍に達していた。2009年6月に控えた改正薬事法の施行ではコンビニエンスストアやスーパーの参入が見込まれ、競争の激化は避けられない見通しであった[1][2]。
加えて、地場チェーンの多くが世代交代の時期に差しかかっていた。中堅には創業者が社長を務める会社が多く、独立経営を貫く気風が強かった一方で、後継者の不在が相次いで表面化していた。規模拡大を急ぐ大手が経営者を説き伏せるためにプレミアムを積み増し、優良な中堅チェーンは「完全な売り手市場」と呼ばれる状態にあった。地域で一番であることが、そのまま独立の保証にはならなくなっていた[3]。
連合に属しながら、資本では結ばれない位置
ウエルシア関東は、この再編の渦中で二重の連携に身を置いていた。同社は1999年8月にツルハと業務・資本提携の基本契約を結び、2000年2月にはイオンとも提携の覚書を交わして、イオンが束ねるドラッグストア連合に加わっている。「ウエルシア」の名はこの連合に由来する。関東の地場チェーンでありながら、北海道の同業大手と全国の総合スーパーの双方と資本で結ばれる位置にあった[4][5]。
もっとも、連合の内側でも緩やかな連携の限界は語られていた。イオンのドラッグ事業を統括する西岡明賜氏は、連合を離脱したCFSコーポレーションがアインファーマシーズとの経営統合に動いたことに反対し、2008年初めには委任状勧誘に踏み切っている。西岡氏はこのとき「09年の改正薬事法施行の前に、ドラッグストア業界は大再編が起こる」と述べた。資本の裏づけのない連携が長くは持たないという見方は、当事者の側にもあった[6][7]。
決断
共同株式移転という形式
2008年3月14日、ウエルシア関東と高田薬局は、株式移転によって共同持株会社を設立し経営統合すると発表した。設立日は同年9月1日、ウエルシア関東は8月26日をもって上場を廃止し、新設の持株会社が東京証券取引所市場第二部へ新規上場する日程であった。持株会社の商号はグローウェルホールディングスと決まり、資本金10億円で本店を東京都千代田区神田鍛冶町に置いた[8][9][10]。
株式移転比率は、ウエルシア関東の普通株式1株に持株会社株式1株、高田薬局の普通株式1株に同1,171株と定めた。上場するウエルシア関東は市場株価平均法で1株3,355円、株式を公開していない高田薬局はディスカウンテッド・キャッシュフロー方式などで評価された。両社が別々に依頼した算定機関の結果は1,159〜1,190と1,210に分かれ、協議を重ねて1,171へ落ち着いている[11][12][13]。
規模も店の中身も揃わない二社
束ねられた二社は、規模も店の作りも揃っていなかった。統合初日の店舗数はウエルシア関東とその子会社が312店、高田薬局が100店で、売上高は前者が2007年2月期の連結で870億円、後者が2007年9月期に295億円であった。調剤を扱う店はウエルシア関東側の236店に対し高田薬局は25店、深夜営業店は205店に対し8店と、併設と長時間営業の徹底度には開きがあった[14][15]。
新会社の会長にはウエルシア関東の会長兼社長であった鈴木孝之氏が就き、社長には高田薬局社長の髙田隆右氏が就任した。規模で上回る側が会長を、迎えられた側が社長を担う配置であった。統合の狙いとして掲げたのは、両社のノウハウと人材を共有して独自性のある店を作り、業界で存在感のある企業グループを目指すという一点で、調剤併設・深夜営業・カウンセリング化粧品に介護を加えた店の型を全体へ広げる構想であった[16][17]。
結果
設立初年度に始まった買収と、その数字
持株会社は、設立から2カ月後に最初の買収へ動いた。2008年11月、ウエルシア関東は茨城県を地盤とする寺島薬局に公開買付けを実施し、発行済株式の約77%を92億5,000万円で取得して子会社とした。1株当たりのプレミアムはほぼ100%に達している。創業家代表の寺島孝雄氏は「決断するのはつらかったが、もう創業者の思いだけでやっていける環境ではなくなった」と語った[18][19]。
設立初年度にあたる2009年8月期の連結売上高は1,989億円、営業利益54億円、経常利益59億円、当期純利益21億円であった。新規出店66店・閉店14店を経て、期末の店舗数は412店から566店へ増えている。統合発表時に見込んだ売上高1,590億円は、寺島薬局の子会社化を織り込むことで大きく上回った。イオンの出資比率は29.35%で、持株会社は同社の持分法適用会社であった[20][21][22][23]。
拡大は買収を軸に続いた。2010年3月に大阪のイレブンを株式交換で子会社化し、2012年4月には東証一部へ指定替えとなり、同年9月に商号をウエルシアホールディングスへ改めている。傘下に並んだ地域チェーンを一つの事業会社へ束ねたのは2014年9月で、ウエルシア関東が高田薬局などを吸収合併し、ウエルシア薬局へ商号を変更した。同年11月、持株会社はイオンの公開買付けによってイオンの子会社となった[24][25]。
- 週刊東洋経済 2008年1月12日号「このひとに5つの質問 西岡明賜 イオンドラッグ事業EC議長 業績立て直しがまず必要 経営統合にメリットなし」
- 週刊東洋経済 2008年11月29日号「企業・産業 地域ナンバーワンチェーンにも再編の嵐 ピリピリムードの中堅薬局 揺れる「自主独立」の気風」
- 薬事日報(2008年3月17日)「【ウエルシア関東/高田薬局】持ち株会社設立し経営統合へ」
- 薬事日報(2008年9月4日)「ドラッグ大手、相次ぎ持ち株会社移行 「グローウェルHD」「スギHD」設立」
- M&Aオンライン(2008年3月14日)「ウエルシア関東<2717>、高田薬局と2008年9月に経営統合へ」
- 流通ニュース(2009年10月15日)「グローウェルHD/売上高1989億円、営業利益54億円」
- グローウェルホールディングス 有価証券報告書(2009年8月期・連結)
- ウエルシアホールディングス 有価証券報告書【沿革】