コスモス薬品 の歴史

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創業 1973年
創業者 宇野正晃
創業地 宮崎県延岡市
創業
1973年2月、薬剤師の宇野正晃氏が宮崎県延岡市で宇野回天堂薬局を開設した。1983年12月に有限会社コスモス薬品を設立して岡富店(売場面積66平方メートル)を出し、1991年に株式会社へ組織を改め、1993年1月には回天堂薬局となの花薬局を吸収して1社へ統合した。同年12月、宮崎市の浮之城店で売場を600平方メートルへ広げ、小商圏に大きな箱を置く業態を作り上げた。医薬品と化粧品の粗利を食品と日用雑貨の低価格へ充当する設計で、個人薬局の20年はこの業態を組み立てるための助走だった。
決断
規模は買収で得るものではなく建てるもの、という一貫した構えがこの会社を形づくった。2001年10月には集客のための安売りをやめると宣言して日替わり特売を廃し、値引きで客を呼ぶかわりに毎日低価格で通う客を積む形へ移す。2004年11月に東証マザーズへ上場し、翌年本社を福岡市博多区へ移して、九州から中国・四国・関西・中部、2019年には関東へと商圏を地続きに広げた。その間、業界が再編で規模を買収に依存するなかでも買収を一度も挟まずに店を建て続ける道を選び続けた。店舗フォーマットの均質性と出店の速さは、買収では手に入らないと見ている。
現況
食品を安く売って人を集め、その来店を医薬品・化粧品の粗利で稼ぎに変える「フード&ドラッグ」の事業構造である。2025年5月期の連結売上高1兆113億円のうち一般食品が6,190億円と6割を占め、雑貨1,509億円・医薬品1,406億円・化粧品931億円が続く。営業利益は404億円で売上比4.0%と薄いが、販管費を抑え込むことで増収と増益を同時に重ねてきた。物販に偏った構えを補う二本目として長らく持たなかった保険調剤へ2021年に参入したものの、1,609店のうち併設は53店にとどまり、収益源と呼ぶにはまだ遠い。
競合
同業との差は、店数の作り方そのものにある。規模で並ぶ各社はいずれも買収で地盤を集約しており、マツキヨココカラ&カンパニーはココカラファインを株式交換で統合し、ツルハウエルシアはイオンの下で統合へ動いた。コスモス薬品はこれに加わらず、九州651店を軸に中国・四国・関西へ面で埋める出店の速さで規模に並んだ。一方で弱点もはっきりしている。調剤では調剤併設を全店へ広げたスギ薬局が二十年先行し、参入の遅れた関東は179店・売上894億円と、九州の4,500億円に遠く及ばない。
コスモス薬品:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2001年5月期2025年5月期
コスモス薬品における経営の転換点(その1) Q なぜ1993年の浮之城店で売場を一気に600平方メートルへ広げ、小商圏型メガドラッグストアを生んだのか
A 商圏人口2万人ほどの小さな商圏に的を絞れば競合は限られ、そこへ大きな箱を置けば日常の買い物をまとめて引き受けられると読んだためである。1993年12月、宮崎市に売場面積600平方メートルの浮之城店を開き、本格的な多店舗展開を始めた。医薬品・化粧品だけでなく日用雑貨や生鮮三品以外の食品まで積み、日常の消耗品を一か所で買える便利な店と自ら定義した。売場2,000平方メートル型を軸に1,000平方メートル型で隙間を埋め、エリア内で圧倒的なシェアを取る——小商圏には小型店という業界の常識を裏返す出店設計が、ここで固まった
コスモス薬品における経営の転換点(その2) Q なぜ上場前の2001年に日替わり特売を全廃し、毎日低価格へ移したのか
A 引き金は客からの投書だった。共働きで平日は買い物に行く時間がなく、特売品が売り切れているのを恨めしく思うという訴えを読み宇野正晃氏は、大事なのは価格か、いつでも安心して買い物ができることかと考え、後者を採った。2001年10月、集客を目的とした安売りをやめると宣言する。競合店に客を奪われると社内は反発したが、売り上げが落ちてもかまわないと押し切った。他社が特売をやめない以上、先にやめて値引きに頼らない集客を作れば、小さな商圏で顧客の忠誠心を積み上げられるという計算があった
コスモス薬品における経営の転換点(その3) Q なぜ業界再編のなか、M&Aを使わず自力出店だけで売上高1兆円へ届いたのか
A 人材・立地・物流を自社で組んで初めて、全店を同じ型でそろえる均質性と年100店超の出店速度を両立できると考えたためである。2024年5月期に過去最多の年間139店を出して期末1,490店・連結売上高9,649億円に達すると横山英昭社長は同年夏、次期の1兆円突破を計画すると公言した。2025年5月期は計画通り120店を新規出店して期末1,609店、連結売上高1兆113億円・営業利益404億円で着地し、買収を一度も挟まない自社出店だけでの大台突破となった。ただし土地取得の内製化と物流網の新設で有利子負債は428億円へ膨らんでいる

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コスモス薬品の沿革1973〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1973〜2004年延岡の個人薬局から九州制覇までの助走と業態創造宇野回天堂薬局を創業★★
宇野正晃コスモス薬品を設立
宇野正晃初の郊外型店舗・平原店を開店
宇野正晃調剤薬局運営のためなの花薬局を設立
宇野正晃有限会社コスモス薬品を株式会社に組織変更
宇野正晃回天堂薬局・なの花薬局を吸収合併
宇野正晃小商圏型メガドラッグストアという業態の創造

1993年、宇野正晃が商圏人口2万人前後の小さな商圏に大型店を置き、医薬品・化粧品の粗利を原資に生鮮三品以外の食品を安く売る『小商圏型メガドラッグストア』を作り上げた経営判断。宮崎市の浮之城店を皮切りに、この業態を標準フォーマットとして多店舗に広げた。

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★★★
宇野正晃初の1,000m2型店舗を開店
宇野正晃初の2,000m2型メガドラッグストアを開店
宇野正晃ポイント還元を廃止しEDLPに転換★★
宇野正晃九州の外へ ― 全国展開を開始★★
宇野正晃東京証券取引所マザーズに株式上場
2005〜2018年地続きドミナント戦略と全国展開および後継者選定の時代宇野正晃初の自社所有物流センター・広川センターを開設
宇野正晃関西地区へ初出店
宇野正晃中部地区へ初出店
宇野正晃売上高5,000億円を突破
横山英昭横山英昭氏が代表取締役社長に就任
2019〜2025年関東進出と売上高1兆円突破および非M&A経営の貫徹横山英昭首都圏に出店
横山英昭調剤を持たない安売り店が、保険調剤へ本格参入する

2021年7月、コスモス薬品は保険調剤事業への本格参入を表明した。食品を軸にした低コストの物販で成長した同社が、圧倒的な集客力を処方箋の受け皿に変えるべく、ドラッグストアへ調剤薬局を併せ持つ路線へ進んだ。2022年5月期は関東を中心に年20〜30店の併設を計画した経営判断。

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★★★
横山英昭宇野家で事業承継
横山英昭買わずに建てる——M&Aを一切挟まない自力出店だけで売上高1兆円へ

2025年5月期、コスモス薬品は連結売上高1兆113億円に達し、ドラッグストアで売上1兆円を超えた4社目となった。ただ先行3社がいずれもM&Aで規模を積み上げたのに対し、同社は創業以来一度も買収を挟まず、全1,609店を自力出店のみで積み上げて大台に届いた点で異例だった。

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★★★
横山英昭ホテル事業への参入を発表★★
出典・参考
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第24期(2006年5月期)【販売の状況】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第42期(2024年5月期)【設備投資等の概要】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【沿革】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【役員の状況】
  • コスモス薬品 有価証券報告書 第43期(2025年5月期)【事業の内容】
  • 日経ビジネス 2004年3月29日号
  • 週刊粧業(2024年2月)
  • 日本食糧新聞(2024年8月23日)

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