重要な意思決定
20043月

九州の外へ ― 全国展開を開始

背景

九州全県制覇後、次の成長をどこに求めるか

2004年7月、佐賀県への出店をもってコスモス薬品は九州全7県への展開を完了した。この時点で九州に約160店舗を構え、宮崎県44店・熊本県42店と創業地周辺では高密度のドミナント出店を実現していた。小商圏型メガドラッグストアというフォーマットの有効性は九州では実証済みであった。

しかし九州の人口は約1,300万人。小商圏モデルでは1店舗あたりの商圏人口が1〜2万人であり、出店余地は確実に縮小しつつあった。宇野正晃にとっての問いは明確であった。九州の地域チェーンとして留まるか、それとも九州で磨き上げたフォーマットを全国に持ち出すか。全国展開に踏み切れば、物流網の構築、未知の商圏での競合、本社機能の強化など、規模の異なる課題に直面する。一方、九州に留まれば成長の天井に早晩ぶつかることも明白であった。

決断

「地続き」の原則で九州の外に踏み出す

2004年3月、コスモス薬品は山口県に大内店を開店し、創業以来初めて九州の外に店舗を構えた。宇野正晃が選んだのは、飛び地で大都市に出る戦略ではなく、九州の隣接県から一歩ずつ染み出すように拡大する「地続き」の出店戦略であった。山口県は福岡県と地続きで物流網を延伸しやすく、生活圏としても北部九州と連続性がある。

同年11月には東証マザーズに上場し、約54億円を調達した。全国展開の資金を確保しつつも、創業家が株式の過半数を保持する資本政策を選択し、経営の独立性を維持した。翌2005年には本社機能を宮崎市から福岡市博多区に移転。九州のローカルチェーンから全国チェーンへの転換を、組織体制の面でも進めた。出店フォーマットは九州で確立した2,000平方メートル型をそのまま横展開し、EDLPの価格政策も一切変えなかった。

結果

15年で九州→中国→四国→関西→中部→北陸を制覇

山口県を皮切りに、コスモス薬品は「地続き」の原則を忠実に守りながら出店エリアを拡大した。2005年に四国(愛媛県)、2007年に広島県・岡山県、2009年に四国全県を制覇。2010年には関西(兵庫県明石市)に到達し、2015年に中部(三重県)、2018年に北陸(福井県)へと進出した。

このプロセスで特筆すべきは、各地域で九州と同じフォーマットが通用した点である。「小商圏型メガドラッグストアは九州だから成功した」という見方は、中国・四国・関西での実績によって否定された。店舗あたり売上高は地域によって若干の差はあるものの、EDLPによる低価格と日常消耗品のワンストップ購買という価値提案は、商圏の場所を問わず消費者に受け入れられた。2006年の東証一部上場時に193店舗・売上高1,050億円であった規模は、関東進出前年の2018年5月期には850店超・売上高5,579億円にまで拡大していた。