卸型ビジネスからの転換(2000年・ゴールドウインの決断)

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論点 卸型から自主管理売場へ転換するか
多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え

何をなぜ決めたか:多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え

概要

1997年から1999年にかけて多角化した事業とブランドを整理する3カ年計画を実行し、2000年以降は直営の自主管理売場と海外生産へ体制を移した、数年がかりの構造改革。会社は1997〜2000年を"整理期"、2001〜2006年を"再構築期"と区分している。

背景

1980年代後半のスキーブームでスキー関連売上は260億円を超えたが、卸型ビジネスは需要の変動を在庫で受け止める構造にあり、1984年にも過剰在庫で赤字を計上していた。ゴルフ場運営やイベント関連へ広げた事業も収益の重荷となった。

内容

多角化事業とブランドを整理する3カ年計画を実行し、1998年3月期に41億円、1999年3月期に55億円の当期損失を計上。2000年に黒字化したうえで、直営店"ウエザーステーション"を 『THE NORTH FACE原宿』 へ改称して自主管理売場を本格化し、生産は中国を中心とする海外調達へ移した。

含意

卸先の店頭に委ねていた販売を自社の売場へ引き寄せたことで、需要を見てから作る"実需型ビジネス"の土台ができた。国内の生産機能は富山に縮小して残り、2017年11月に開設した研究開発施設テック・ラボも創業地の小矢部市に置かれた。

いつ何が起きたか 7件
考察:損失の中身と、残した設備
考察

考察:損失の中身と、残した設備

2期96億円の損失は、スキー市場の縮小そのものというより、広げた事業とブランドを畳むために計上された費用であった。3カ年計画を終えた2000年に黒字へ戻し、そのうえで社長が交代し、売場と生産の作り替えに入るという順序は、危機のさなかの緊急避難とは性格が異なる。整理を先に終えたからこそ、直営店を出すという当時のスポーツ用品メーカーには前例の乏しい選択に資金を回せたと思われる。

生産を海外へ移す一方で、会社は富山を手放さなかった。1979年に分離した生産子会社は2003年に技術センターへ商号を変更し、2020年4月には本体へ吸収合併された。2017年11月に小矢部市へ開いた研究開発施設テック・ラボには、運動研究室や人工気象室、品質検査室に加えて生地の裁断・縫製の設備が置かれ、パターン設計から着用試験までを一カ所に集めている。縫う工程は中国やベトナムへ渡ったが、何をどう縫うかを決める道具は、創業の地に据え直された。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
概況
参考文献

参考文献

参考
  • ゴールドウイン 統合報告書2023
  • ゴールドウイン 有価証券報告書【沿革】
  • ゴールドウイン 有価証券報告書(2006年3月期・連結)
  • ゴールドウイン 有価証券報告書(2006年3月期)主要な経営指標等の推移・連結
  • 証券アナリストジャーナル 1992年2月号 別冊付録 ゴールドウイン(西田東作・1991年12月27日東京講演要旨)
  • 会社年鑑(ゴールドウイン 1984年6月期・単体)

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