不採算拠点への対処は、たいてい閉鎖か維持の二択で語られる。和歌山で選ばれたのはどちらでもない。下工程の主力設備を止めて薄板から撤退し、上工程は外資と組んで輸出向けの半製品工場として生かす。製鉄所を機能で分解し、採算の合う部分だけを別の枠組みへ移すやり方であった。高炉を外資と共同で回す製鉄所は国内に例がなく、参照できる前例のない解を選んだことになる。難しさは技術ではなく、同じ製鉄所の中で残す設備と止める設備を選り分ける点にあった。
この案が通った条件は二つある。一つは、案を出したのが本社ではなく現場の部長級8人だったこと。和歌山生まれで和歌山育ち、和歌山製鉄所一筋という人間が"大腿骨を抜く"と言ったからこそ、聖域に手が入った。もう一つは、社長が同じ製鉄所に自分の履歴を持っていたこと。熱延ラインの初代労務担当だったという一言は、組合に対する説得材料であると同時に、削減する側の当事者性を示すものであった。外から来た経営者が数字だけで同じ結論を出したとして、同じ速度で実行できたとは考えにくい。ただし、当事者性は判断を鈍らせもする。1980年代後半から赤字を計上していた拠点に手が入るまで十年以上かかったのは、その裏返しでもあった。