バイオ医薬品CDMOへの集中投資と1兆円構想

2019年実施

創薬か、製造受託か——写真事業消失後のヘルスケア軸を、富士フイルムはなぜ「黒子」に賭けたか

時期 2011年3月
意思決定者 古森重隆(CEO)・後藤禎一(社長兼CEO)
論点 ヘルスケアの成長分野と製造受託への集中投資
概要
2011年、富士フイルムは写真フィルム事業の消失を受けて再編したヘルスケア事業の柱として、バイオ医薬品の製造受託(CDMO)を選んだ。米メルクの受託製造子会社2社の買収で参入し、2019年には米バイオジェンのデンマーク工場を約8億9000万ドルで取得、累計1兆円規模の投資で大量生産に応じる体制を築いた経営判断。
背景
デジタルカメラの普及で、単体で経常利益1000億円超を稼いだ写真フィルムの国内需要が2000年前後から消えた。富士フイルムは技術の棚卸しを経てヘルスケアを成長分野に定め、2008年に富山化学工業を買収して創薬へ進んだ。次の投資先として、参入障壁が高く設備規模と量産技術が競争を左右するバイオ医薬品の製造受託を見いだした。
内容
創薬という賭けではなく製造受託に特化し、稼働中のGMP拠点を丸ごと買って立ち上げを縮めた。2011年に英MSDバイオロジクスと米ダイオシンスを取得して富士フイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズを設立、2019年にバイオジェンのデンマーク子会社を加えて培養能力を約3倍へ高めた。写真フィルムで培った精密塗布と生産管理の技術を、抗体医薬の量産に移した。
含意
設備投資と売上の伸びを直結させる事業構造を築き、後藤禎一社長が「目指すはバイオ医薬品の受託大手」と掲げる中核事業に育った。細胞培養槽を約5倍の75万リットル強へ増やす計画のもと、需要の変動と巨額投資の回収という重い賭けを抱える。古森重隆氏が決めた参入は、後藤氏の1兆円規模の構想へ引き継がれた。
筆者の見解

創薬の一発ではなく、製造受託という選択

この判断の核心は、祖業を失った企業が、新薬を当てる創薬の一発勝負ではなく、製薬会社の薬を代わりにつくる製造受託という地味な事業へ資源を集中した点にある。創薬は当たれば大きいが、失敗の確率も高い。富士フイルムは稼働中の受託拠点を丸ごと買って立ち上げの時間を買い、写真フィルムで磨いた塗布と量産の技術を抗体医薬の生産へ移した。設備の規模と量産の巧拙が競争を左右し、参入障壁が高いという事業の性格を見抜いたうえでの、写真会社らしい選択だった。

もっとも、設備投資と売上を直結させる構造は、稼働率が下がれば重い固定費に転じる。バイオ医薬品の需要、為替、各国の生産拠点をめぐる政策——制御しにくい変数に、1兆円規模の投資は絶えずさらされる。古森重隆氏が参入を決め、後藤禎一氏が大量生産の体制へ広げたこの事業は、いま富士フイルムの成長を担う一方で、「負けるばくちは打たない」という規律をどこまで貫けるかという問いを、経営に突きつけている。写真で世界と戦った量産の技術が医薬の黒子としてどこまで通用するかは、これから試される。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

写真事業の消失とヘルスケアへの再配分

富士フイルムの利益を支えてきた写真フィルムは、デジタルカメラの普及で足元を崩された。日経ビジネスは1997年、単体で1000億円超の経常利益をあげ続けてきた同社が転換点に立ち、利益の源泉だった国内のフイルム・印画紙市場の縮小に直面していると伝えた。2000年前後から国内需要は構造的に消え、写真とドキュメントに代わる成長分野を探すことが、古森重隆社長の最大の課題になった[1]

富士フイルムは技術の棚卸しから、消えゆく写真の資産を医療へ振り向けた。2016年時点でも売上のおよそ半分を占めるドキュメント事業は印刷需要の低迷で伸び悩み、デジカメやミニラボも同じ道をたどっていた。医療では2008年に富山化学工業を買収して創薬へ進み、さらに参入障壁が高く設備規模がものを言うバイオ医薬品の製造受託を、次の投資先に選んだ[2]

決断

創薬ではなく製造受託——メルク子会社の買収による参入

2011年2月28日、富士フイルムは米メルクの受託製造子会社2社、英国ビリンガムのMSDバイオロジクスと米ノースカロライナ州のダイオシンスを完全子会社にすると発表した。両社はタンパク質を細胞や微生物で発現させ、培養から抽出・精製までを担う受託製造の大手で、買収額は公開されなかった。稼働中のGMP拠点をそのまま引き継ぐことで、富士フイルムはゼロから工場を立ち上げる時間を買い、富士フイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズとして事業を始めた[3]

富士フイルムが創薬ではなく製造受託を選んだのは、写真フィルムで積み上げた技術が生きるからである。感光材料は薄い膜を精密に塗り重ね、微量の成分を管理して均質に量産する装置産業で、この塗布・生産管理・品質管理の技術は、抗体医薬を細胞で培養して大量に生産する工程と重なる。日経ビジネスは後年、富士フイルムがバイオ薬の受託生産に「秘伝の量産技術」を応用していると伝えた。新薬を当てる創薬の賭けを避け、設備規模と量産の巧拙が競争を左右する領域を、写真の強みが最も生きる場と見た判断だった[4]

大量生産拠点の獲得——バイオジェン・デンマーク買収

参入から8年後の2019年3月19日、富士フイルムは米バイオジェンのデンマーク製造子会社を約8億9000万ドル(約991億円)で買収する契約を結んだ。1万5000リットルの動物細胞培養槽6基を含む合計9万リットルの培養能力と、製造に精通した約800人の人材を、稼働したまま取得する内容である。これで生産拠点はグローバルで4か所目となり、4工場を合わせた培養能力は15万リットルと従来の約3倍に達した。抗体医薬など大型薬の商業生産に応じられる規模を、買収によって一気に手にした[5]

結果

累計1兆円規模の投資と中核事業化

バイオジェン子会社の取得後も、富士フイルムはデンマークと米ノースカロライナで培養槽の増設を続けた。2024年には細胞培養槽を当時の約5倍にあたる75万リットル強まで整えると打ち出し、バイオCDMO事業の売上高を2030年度に3倍以上の7000億円へ伸ばす目標を掲げた。ヘルスケア領域全体では3年間で1兆円を投じる計画で、その中心にこの受託事業が置かれた。稼働中の拠点を買って時間を短縮し、そこへ設備を積み増して能力を高めるやり方が、受注と売上の拡大を直につないでいる[6]

祖業を失った企業の再建策として、富士フイルムは製造受託を全社の中核に据えた。後藤禎一社長は2025年、「目指すはバイオ医薬品の受託大手」と述べ、この事業をヘルスケアの柱に置いた。もっとも、稼働率が投資回収を左右する装置産業だけに、投資には慎重さも要る。後藤氏は「負けるばくちは打たない[8]」と語り、収益化の見通しが立つ案件へ資本を集中する規律を掲げた。参入を決めた古森重隆氏の判断は、1兆円規模の構想として後藤氏へ引き継がれた[7]

出典・参考