ゴールドウイン の歴代社長

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1999年2010年2020年2026年

西田明男退任

1999年社長就任

代表取締役社長

渡辺貴生現任

2020年社長就任

2004年執行役員2005年取締役代表取締役社長執行役員(現 任)
創業社長の関係
創業

1950年に西田東作氏が富山県西砺波郡津沢町でメリヤスの製造を始め、1951年12月に資本金50万円で株式会社津沢メリヤス製造所を設立した。翌1952年7月には肌着を捨てて野球ストッキング中心のスポーツウエア専業へ振り切り、1963年6月に社名をゴールドウインへ改めている。創業家出身の社長は2020年4月に途切れた。

社長登用の傾向
登用

トップを外から招いた記録はなく、創業家の西田明男氏から生え抜きの渡辺貴生氏へ渡った。渡辺氏は1982年入社で、2000年にノースフェイス事業部長に就いてから18年その系列を率い、事業統括本部長・副社長を経て社長に届いた。管理畑ではなく稼ぎ頭の事業を預かった者を据える型に見える。

社長任期の傾向
任期

西田明男氏は累積損失100億円規模を出した1998・99年度の連続赤字の直後にトップへ立ち、20年ほど社長を務めた。不採算事業の整理・中国への生産移管・原宿の直営店で卸売中心の売り方を組み替えた立て直しが、長期政権の根拠になったと思われる。後任の渡辺貴生氏は6年目に入った。

いまの体制への含意
含意

創業家の持ち分は資産管理会社の株式会社西田3.55%と西田東作スポーツ振興記念財団3.7%で7%台にとどまり、三井物産9.55%がその上に並ぶ。社長は一族外へ渡ったが、西田明男氏が代表取締役会長、西田吉輝氏が取締役相談役で残る。株数ではなく席で効かせる承継に見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
西田明男(1999年就任)1999〜2020年1999年就任21年退任創業家代表取締役社長決断2000年卸型ビジネスからの転換
渡辺貴生(2020年就任)2020年〜現任2020年就任7年現任生え抜き代表取締役社長執行役員(現 任)1982年4月にゴールドウインへ入社し、2000年4月にノースフェイス事業部長となった。2004年6月に執行役員、2005年6月に取締役執行役員へ進み、コールマン事業部の企画も兼ねた。2012年4月に取締役専務執行役員として事業統括本部長、2017年4月に取締役副社長執行役員へ上がり、事業の側から経営に加わった。

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