電子デバイス事業から撤退(2007年・シチズン時計の決断) 更新:2026/07/23 論点 不採算の電子部品から撤退するか シチズン時計:業績の推移 売上高(億円)経常利益率(%)データ出所 携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 何をなぜ決めたか:携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 概要 2007年3月、シチズン時計が中期経営計画で電子デバイス事業の選択と集中を掲げ、カメラ用CMOSモジュール事業、小型液晶パネル事業(C-STN、TFT)、フロッピーディスク装置事業からの撤退を決めた経営判断である。2009年度に営業利益率10%を取り戻すことを目標に据えた。 背景 1990年前後から時計で培った小型精密加工の技術を電子部品へ振り向け、非時計部門は売上の半分を占めるまで伸びていた。しかし2006年3月期の売上高3,359億円・営業利益305億円を頂点に収益が崩れ、営業利益率は2004年度の10.4%から2006年度は6.7%の見込みへ低下した。 内容 撤退3事業を名指しし、液晶バックライト事業と音響事業は品種を絞って収益改善を図る一方、チップLED、水晶デバイス、自動車部品、キーシート・モジュールを重点に据えた。2008年1月には米Bulovaを取得し、時計側への資源配分と同時に進めた。 含意 リーマンショックが重なった2009年3月期に不採算3事業の撤退で特別損失358億円を計上し、当期純損失258億円へ沈んだ。電子デバイスの売上は2008年3月期の992億円から2010年3月期620億円へ縮み、2013年3月期にも減損で特別損失257億円を計上した。 いつ何が起きたか 9件 考察:削った事業と残した事業 考察 考察:削った事業と残した事業 2007年の決定を難しくしていたのは、電子デバイスが失敗した事業ではなく、直前まで時計に並ぶ規模を持っていた事業だったことである。2006年3月期のセグメント売上は時計1,250億円に対して電子デバイス1,111億円で、第二の柱という言い方は誇張ではなかった。撤退の判断は、赤字事業を切る作業というより、伸びると信じて集めた事業のうちどれを手放すかを品目の水準で決める作業であった。カメラ用CMOSモジュール、小型液晶パネル、フロッピーディスク装置という3つの名前は、当時の日本の電子機器産業がどこで競争力を失ったかの記録にもなっている。 判断の当否は、その後の数字が答えている。2009年3月期の特別損失358億円は、2007年の中期経営計画が掲げた営業利益率10%という目標を最初の年に無効にした。一方で、削られた資源が向かった先の時計事業は、2025年3月期に1,771億円へ達し、電子デバイスの405億円と4倍以上の開きがついた。 Yutaka Sugiura, 2026年7月 参考文献 参考文献 参考日経ビジネス 1991年5月6日号シチズン時計 有価証券報告書(2007年3月期・連結)シチズン時計 有価証券報告書(2009年3月期・連結)シチズン時計 有価証券報告書(2013年3月期・連結)シチズン時計 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】シチズン時計 有価証券報告書(セグメント情報) 次に読む決断 シチズン時計の意思決定1946年シチズン時計シチズン時計腕時計専業への復帰軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用1946年1976年シチズン時計シチズン時計ムーブメントの外販開始腕時計の心臓部を他社へも販売し、量産で世界一を取る戦略への転換1976年同じ問い:集中のための事業売却2008年日立化成日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年2006年ヤマハヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年2010年セイコーエプソンセイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年2015年太陽誘電太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2015年2016年旭化成旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年 × 出所