筆者の見解
分社と再吸収の往復が意味したもの
この機能別分社を、単なる子会社づくりとみると全体像を取り逃がすことになる。坪井東氏が就任早々に打ち出したのは、土地を仕入れて値上がりを待つという不動産業の稼ぎ方そのものを疑い、専門機能を切り出したうえで他企業の資本と技術を集約する"商社機能"を会社の中心に据える試みであった。江戸英雄氏の積極商法が土地を作り出す方向で活路を開いたのに対し、坪井東氏の脱土地経営は土地への依存を薄める方向で活路を探った点に、二つの世代の違いが表れているとみられる。"他人のフンドシ"という風評が付きまとったのは、その手法が当時の業界の常識から外れていたことの裏返しでもあった。
機能を分けて外部の力を借りる設計は、その後の三井不動産のグループ運営に長く影を落とした。三井不動産建設・三井ホーム・三井不動産販売という機能別会社は、時に外部資本も交えて分社され、やがて本体側へ取り込み直されていく。2002年の三井不動産建設売却と三井不動産販売の完全子会社化、2018年の三井ホーム完全子会社化は、その往復運動の到達点に当たる。分社と再吸収を行き来しながら、最終的にグループ連結で都心開発の主導権を掌握する体制がかたちづくられた原点を、1974年の坪井東氏の3分社に求めることもできる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月