この判断の核心は、相場観の的中よりも、事業を止めるという選択が実際に採れた点にあるだろう。値下がりを予想する経営者は当時も少なくなかったはずで、それでも仕入を続けるのは、止めればただちに売上と人件費の帳尻が合わなくなるからである。歩合制を採らず、好況でも伸びを年2〜3割に抑えていた会社は、その意味で止まる余地を平時から残していた。石油危機に際して発揮された判断力というより、平時の設計が危機のさなかに効いた例に近い。
もっとも、待って買い直すやり方が常に通用するとは限らない。相場が戻らなければ、止めた期間はそのまま機会の損失になる。1975年の再開が結果として当たったことは、この会社に土地を仕込む勘があったことを示す一方で、以後の歩みはむしろ逆の方向へ進んだ。土地有効活用、賃貸管理、そして地主の資産を預かるシンクス事業へと、自ら在庫を持たずに収益を得る型を広げた。在庫の重さを最初に経験した1973年の判断が、その選択の原点にあったのかどうかは、今日の事業構成を見るときの一つの問いとして残る。