1967年3月、創業者の佐々田正徳氏が島根県鹿足郡津和野町に日本建装株式会社を設立[1]した。勤労者向け住宅の新築・増改築および内装工事の施工を事業目的とし[2]、地方の小規模建設業者として出発した。1969年1月に日本住建へ商号変更し[3]、1970年代を通じて住宅関連工事を主力としていたが、1978年9月に三井物産株式会社の社宅・寮等の営繕の指定業者となった[4]ことで企業の性格が一変した。山陰の建設業者が東京の総合商社の福利厚生機能を請け負う接点を、ここで得た。
留守宅管理事業の特徴は、建物の物理的な維持管理という従来の建設業の延長線上にありながら、転勤者本人とその家族・企業人事部の三者を媒介する役務を組み込んだ点にある。空家の換気・清掃・郵便物転送・近隣対応といった作業は、賃貸不動産の管理業者にとっては割に合わない案件だが、企業から見れば社員の海外赴任を後押しするうえで必要な裏方サービスだった。1984年5月に同社は社名を日本住建から日本リロケーションセンター[5]へ変更し、リロケーション事業を主業とする企業へ転じた。創業から17年で建設業から転勤者支援サービスへ事業の主力が移った。
1984年5月の商号変更を、創業者の佐々田正徳氏は『名実ともに当社の創業』[引用元](証券アナリストジャーナル 1999/10)と振り返っている。同誌で佐々田氏が語る転機の起点は、1983年1月に米国のリロケーションサービス企業を紹介[6]したビジネス誌の記事にあった。住宅売買・賃貸契約・赴任先住居確保・家族の就職・車や家具のリース・税金対策まで転勤者向けにワンストップで請け負う米国企業の様子を読み、三井物産1社向けに組み立ててきた留守宅管理を日本企業の勤労者全般を対象とする全国規模サービスへ拡張できると確信したという。すぐ営業に動き1年で50数社の取引先を獲得し[7]、1984年5月の商号変更で事業化に踏み切った。1967年の日本建装設立でも1979年の三井留守宅管理開始でもなく、1984年5月こそが本人にとっての創業地点だった[8]経緯を、次のように回顧している。
業態転換の翌1985年時点、リロケーション事業の収入構造は新規受託・累積管理・帰任時リフォームの三層で組み上がっていた。同年11月のヤノ・レポート(690)によれば、新規取扱い800件から事務代行手数料・借主企業手数料・入居時営繕で計2.4億円が立ち[9]、これに過去7年間の累積管理客(約1,800戸、戸建:マンション=4:6)[10]からの月次管理費と転勤者帰任時のリフォームが加わって、1985年度の総収入は3.5〜4億円に達した。[11]空室管理は累積1,800件のうち約60戸(5%未満)にとどまり[12]、本業は借主が居住中の物件を貸主・借主・借主企業の三者間で管理する役務だった。新規一時収入と帰任までの累積管理費と帰任時リフォームを組み合わせた三段の収益構造は、以後のリロケーション事業の原型となり、福利厚生倶楽部・賃貸管理事業へ拡張した後もBtoBストック型の収益モデルとして継承された。
業態転換は資本構成にも反映され、1989年6月には三井物産・物産不動産・MITSUI&CO. (U.S.A.)と合弁でRelocation International (U.S.A) Inc.を米国に設立し[13]、社名を日本リロケーションへ短縮した。[14]三井物産の海外駐在員向けに、米国現地でも生活支援を提供する体制を整えるためで、留守宅管理から派生して赴任先での日常生活サポートへサービス範囲を広げた。創業地から1,000km離れた東京を経由して、さらに太平洋を越えた米国市場まで事業領域が広がった経緯の根に、三井物産との1978年の指定業者契約があった。[15]
1993年9月、同社は企業の福利厚生を総合的に支援する代行サービス『福利厚生倶楽部』を開始した[16]。当時の日本企業は自社保養所の維持費負担と社員のレジャー嗜好の多様化との間で板挟みになっており、提携先施設の利用権を会員制で従業員に提供する代行サービスは、企業の固定費負担を会員1人あたりの月額単価に置き換える設計として支持を集めた。同じ人事部の決裁者が留守宅管理と福利厚生倶楽部の両方の発注権限を持つため、クロスセルの構造が早期に確立した。
1999年9月、同社は日本証券業協会に株式を店頭登録し[17]、創業から32年で公開市場での資金調達手段を得た。同年10月には麻生セメントとの合弁で福利厚生倶楽部九州を[18]、翌2000年5月には名古屋鉄道との合弁で福利厚生倶楽部中部を[19]、同年7月には中国電力との合弁で福利厚生倶楽部中国を設立し[20]、地域有力企業を地方の福利厚生代行事業の販売チャネルとして取り込んだ。地方の有力企業群を販売パートナーとして抱え込む手法は、地方の中小企業向け福利厚生事業を全国に面展開するうえで効率的だった。同時に2000年7月には住まいのトータルソリューションサービス『リロネット』を開始し[21]、リロケーション事業を『転勤留守宅管理』から『転居全般の支援』へ拡張した。
1990年代を通じて事業の二本柱がそろう構造ができた。第一が三井物産との取引から発展したリロケーション事業[22]、第二が1993年に立ち上げた福利厚生代行サービスである。両事業ともに企業のBtoB契約を顧客の中心に据え、人事・総務部門を媒介に契約数を積み上げるストック型の収益モデルとなった。創業時の建設業の遺伝子は薄れ、企業の人事・福利厚生機能を外部から代行する事業者という性格が前面に出た。1999年の店頭登録時点で[23]、すでにリログループの基本構造は二大事業のBtoBアウトソーサーとして確立しており、2000年代以降の持株会社化・本則市場への上場・グループ拡張は、この構造を制度的に整える作業だった。
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|---|---|---|---|---|
| 1967〜2000年三井物産の留守宅管理から始まったリロケーション事業の発明 | 日本建装を設立 | ★ | ||
| 日本住建に商号変更 | ★ | |||
| 三井物産の社宅・寮等の営繕の指定業者に | ★ | |||
| 三井物産の国内・海外転勤者の留守宅管理を開始 | ★★ | |||
| 日本リロケーションセンターに商号変更 | ★ | |||
| Relocation International (U.S.A) Inc.を設立 | ★ | |||
| リロケーション・ファイナンスを設立 | ★ | |||
| 本社を移転 | ★ | |||
| 福利厚生代行「福利厚生倶楽部」の開始による第二の柱づくり 1993年9月、日本リロケーションが企業の福利厚生を代行する会員制サービス『福利厚生倶楽部』を開始した。転勤者の留守宅管理で築いた企業人事部との取引関係の上に、会費収入を積み上げる第二の事業を載せた経営判断にあたる。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 日本証券業協会に株式を店頭登録 | ★ | |||
| 福利厚生倶楽部九州を設立 | ★ | |||
| 「リロネット」開始・福利厚生倶楽部中国を設立 | ★★ | |||
| 2001〜2018年持株会社化と海外赴任支援への拡張、BGRS買収 | 土屋真 | 持株会社体制へ移行しリロ・ホールディングに商号変更 | ★★ | |
| 土屋真 | 借上社宅の転貸事業への進出 2002年4月、リロ・ホールディング傘下のリロケーション・ジャパンが借上社宅の転貸を開始した。自らが賃貸借の当事者となって企業へ転貸し、契約事務と法的リスクを丸ごと引き受ける社宅管理サービスにあたる。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 土屋真 | 会員制リゾート事業をリロバケーションズに承継 | ★ | ||
| 土屋真 | 日本ハウズイングを関連会社化 | ★ | ||
| 土屋真 | 東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | ||
| 中村謙一 | パナソニック エクセルインターナショナルを子会社化 | ★ | ||
| 中村謙一 | リログループに商号変更 | ★ | ||
| 中村謙一 | Associates for International Research, Inc.を子会社化 | ★ | ||
| 2019〜2025年BGRS減損とSIRVA-BGRS統合の撤退、国内BtoBアウトソーシングへの集中 | 中村謙一 | BGRS買収によるグローバルリロケーション参入と5年での撤退 2019年6月、リログループがグローバルリロケーション大手のBGRS Limitedを255億35百万円の現金で100%取得し、海外モビリティ事業へ参入した。2022年に同業SIRVAと統合し、2024年に関連資産476億円を全額減損したうえで2024年8月に持分を手放した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 中村謙一 | SIRVA-BGRS Holdings, Inc.として共同経営を開始 | ★★ | ||
| 中村謙一 | 日本ハウズイングの株式を売却し非関連会社化 | ★★ | ||
| 中村謙一 | SIRVA-BGRS Holdings, Inc.の株式を売却し非関連会社化 | ★★ | ||
| 中村謙一 | アンサーHDを持分法適用会社化 | ★ |
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事実根拠:出所(リログループ)