レオパレス21 の歴史

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創業 1973年
創業者 深山祐助
創業地 東京都中野区
創業
1973年8月、深山祐助氏が資本金300万円で東京都中野区に株式会社ミヤマを設立し、不動産仲介業を始めた。深山氏は長崎県壱岐の出身で、1968年に拓殖大学商学部を卒業した28歳での創業だった。1981年に戸建分譲を加え、1985年4月にはロフトと家具を標準装備した単身者向けの規格アパート「レオパレス21」の販売を始めている。翌1986年4月に賃貸事業部を設け、地主から建築を請け負って完成した物件を自社が一括で借り上げ、入居者へ転貸する形にした。1989年2月に日本証券業協会へ株式を店頭登録、同年10月にエムディアイへ商号を変更し、2000年7月には商品名をそのまま社名にしてレオパレス二十一とした。
決断
建てるほど利益が出る仕組みを作り、その仕組みを自ら止めた。1985年の規格アパートは、地主へ30年の一括借上げを約束して受注し、完成した部屋を単身者へ転貸する設計で、1棟ごとに請負代金と賃料が入った。2004年3月の東証一部上場時に管理戸数は20万戸を超え、2009年3月期の売上高は7,332億円へ達した。だが2018年4月に界壁の施工不備が報道され、調査対象39,085棟のうち13,252棟で不備が確認された。2020年2月には大株主レノから全取締役の解任を求められ、同年9月にフォートレス系から約572億円の資本支援を受け入れた。宮尾文也氏が建築請負の新規受注ノルマを事実上停止したことで、毎期の売上は建てる棟数ではなく、借り上げた57万戸がどれだけ埋まるかで決まるようになった。
現況
利益443億円を、566億円の資産だけで出している。2026年3月期の売上高4,448億円のうち賃貸事業が4,296億円を占め、そのセグメント利益443億円に対し張り付く資産は566億円にとどまる。借り上げた57万戸の建物を所有するのは地主であり、転貸する側に資本はほとんど要らない。残る2つは介護のシルバー事業が売上136億円で10億円の損失、その他事業が15億円で26億円の損失を計上した。営業利益360億円は過去最高で、期中平均入居率も2020年3月期の80.78%から2025年3月期の85.56%へ改善している。建物の値下がりも修繕の費用も地主が負う設計が、そのまま同社の資産利益率の高さを生んでいる。
競合
同業が建て続ける横で、レオパレス21だけが新規の受注を止めている。土地建託システムで受注を積み増した大東建託の2026年3月期の売上高は1兆9,847億円で、レオパレス21の4,448億円とは4倍を超える差がある。レオパレス21は2018年度以降に建築請負の新規受注ノルマを停止し、収入を既存57万戸の賃料と介護に絞った。棟数を増やせない以上、伸ばせるのは入居率と1戸あたりの家賃だけで、2025年5月の「New Growth 2028」は2028年3月期に期中平均入居率87.56%・営業利益413億円を掲げた。創業家に代わってフォートレス系が約42%を保有する株主構成が、棟数を追わない経営を外から支えている。
レオパレス21:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

創業ストーリー 中野の不動産仲介から「レオパレス21」サブリース全国網へ (1973年〜)

一人の創業者が手探りで作った「都市型アパート」事業

1973年8月、創業者の深山祐助氏は資本金300万円で東京都中野区に株式会社ミヤマを設立し[1]、不動産仲介業を主として営業を開始した。深山祐助氏は1945年長崎県壱岐の出身で、1968年に拓殖大学商学部貿易学科を卒業し、28歳で個人の延長線にある自社を起こした。1981年に一戸建住宅の分譲販売を加え[2]、1985年4月から都市型アパート『レオパレス21』の本格的販売を開始した。[3]ロフトを標準装備した単身者向けの規格化されたアパートで[4]、敷金不要を売りにして学生・若年単身者の住宅需要を取り込んだ。同年4月に東京ミヤマホームを吸収合併し[5]、設計・建設・賃貸の業務を1社にまとめる体制をミヤマ本体に集約した。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [1]1973年8月 資本金300万円で東京都中野区に株式会社ミヤマを設立し不動産仲介業を開始
    • [2]1981年に一戸建住宅の分譲販売を開始
    • [3]1985年4月から都市型アパート「レオパレス21」の本格的販売を開始
    • [4]ロフト標準装備・敷金不要・単身者向け規格化アパート(ロフト・敷金不要は裏とり済み。家具家電付きは1999年マンスリーレオパレスに紐づき本段落では言及なし)
    • [5]1985年4月に東京ミヤマホームを吸収合併

1986年4月、賃貸事業部を創設して不動産賃貸事業を開始[6]した。深山祐助氏が設計したビジネスは、土地オーナーから建築工事を請け負って完成した物件を同社が一括で借り上げ、入居者には自社の管理する『キューブクラブ』(1988年発足)[7]の会員向けに転貸するサブリース型の建売受託である。オーナーには『30年間一括借り上げ』を強調して建設受注を取り、相続税対策と節税ニーズに応える節税アパート営業として全国の地主向けに営業組織を配置した。建築請負・賃貸管理・入居者誘致を一体運営する仕組みは、住宅メーカーや不動産業者にも前例の少ない設計で、深山祐助氏のワンマン経営で大胆な値付けと営業ノルマが実行された。1988年1月にはグアム現地法人 Miyama Guam, Inc. を設立し[8]、リゾート事業への進出も同じ深山祐助氏の判断で始まった。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [6]1986年4月 賃貸事業部を創設し不動産賃貸事業を開始
    • [7]1988年 会員制入居システム「キューブクラブ」発足
    • [8]1988年1月 グアム現地法人 Miyama Guam, Inc. を設立

ただしこの設計には初期から二つの脆弱性が組み込まれていた。第一にサブリース契約の家賃保証は形式上『30年保証』だが、借地借家法32条にもとづく賃料減額請求権が貸主側に残るため、入居率が下がれば同社からオーナーへの一方的な賃料引下げ交渉が可能だった。第二に建築請負部門が受注ノルマを引き上げるたびに、施工の標準化と工程短縮が現場での代替材料使用の誘因となり、後年の界壁不備の素地が早期から積み重なった。深山祐助氏の独断と全社的な売上至上主義がこの二つの脆弱性を表面化させずに走らせた30年が、第1期にあたる。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [1]1973年8月 資本金300万円で東京都中野区に株式会社ミヤマを設立し不動産仲介業を開始
    • [2]1981年に一戸建住宅の分譲販売を開始
    • [3]1985年4月から都市型アパート「レオパレス21」の本格的販売を開始
    • [4]ロフト標準装備・敷金不要・単身者向け規格化アパート(ロフト・敷金不要は裏とり済み。家具家電付きは1999年マンスリーレオパレスに紐づき本段落では言及なし)
    • [5]1985年4月に東京ミヤマホームを吸収合併
    • [6]1986年4月 賃貸事業部を創設し不動産賃貸事業を開始
    • [7]1988年 会員制入居システム「キューブクラブ」発足
    • [8]1988年1月 グアム現地法人 Miyama Guam, Inc. を設立

1989年店頭登録から2000年「レオパレス二十一」改称までの15年

1989年2月、社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録し[9]、外部資本を導入する局面に入った。同年10月には株式会社ミヤマから株式会社エムディアイ[10](Miyama Development International の略称、通称MDI)へ商号を変更した。創業者の名を冠した『ミヤマ』から、建築開発を語源とする略称へ看板を切り替えた格好である。1991年3月には東京都中野区本町に新社屋が完成し[11]、本社移転を実施した。バブル期の不動産需要を受けて建築請負の受注高は急増し、店頭登録の調達資金は新規拠点と人員拡大の原資に向けられた。グアム現地法人が運営するリゾート施設『レオパレスリゾート・マネンガンヒルズ・グアム』は1993年に開業し[12]、深山祐助氏の個人的な関心が経営判断を主導するスタイルが象徴的に現れた一手だった。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [9]1989年2月 社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録
    • [10]1989年10月 株式会社ミヤマから株式会社エムディアイ(MDI)へ商号変更。MDI=Miyama Development International の略称
    • [11]1991年3月 本社新社屋(東京都中野区本町)完成・本社移転
    • [12]グアムのリゾート「レオパレスリゾート・マネンガンヒルズ・グアム」は1993年に開業

1999年10月、家具付き月極レンタルルーム[13]『マンスリーレオパレス』の販売を開始した。短期赴任者・受験生・出張需要を取り込み、サブリース物件の稼働率を底上げする商品で、ホテルと賃貸の中間に位置する月単位の貸出を全国の自社管理物件に拡張した。2000年7月に株式会社エムディアイから株式会社レオパレス二十一へ商号変更し[14]、看板商品の名称を本体の商号に格上げした。2001年8月には自社の賃貸アパート『レオパレス21』を投資対象とした不動産証券化を実施し[15]、オーナー以外の機関投資家からの資金調達ルートを加えた。2002年8月には入居者向けブロードバンドサービス『LEONET』を開始し[16]、入居者単位での付帯サービス収益化を始めた。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [13]1999年10月 家具付き月極レンタルルーム「マンスリーレオパレス」の販売を開始
    • [14]2000年7月 株式会社エムディアイから株式会社レオパレス二十一へ商号変更
    • [15]2001年8月 賃貸アパート「レオパレス21」を投資対象とした不動産証券化を実施
    • [16]2002年8月 入居者向けブロードバンドサービス「LEONET」を開始

15年で売上規模は数百億円規模から数千億円規模へ拡大したが、収益の源泉はサブリース契約の『建てれば借り上げる』フローと、建築請負の受注ノルマに依存する一本足の構造で変わらなかった。1996年6月から2001年9月までに着工した1都15[17]県の771棟の物件で、本来グラスウールまたはロックウールとすべき界壁の内部に発泡ウレタンが充填されていた事実は、後の国土交通省・外部調査委員会の調査で確認された。すなわち、商号を3度(ミヤマ → MDI → レオパレス二十一)変えながら拡大した第1期の終盤に、第3期の経営危機の引き金が物件の内部に物理的に埋め込まれていた。

  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [17]界壁不備物件の着工期間1996年6月〜2001年9月、1都15県771棟で発泡ウレタン充填。外部調査委員会・国交省で確認
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [9]1989年2月 社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録
    • [10]1989年10月 株式会社ミヤマから株式会社エムディアイ(MDI)へ商号変更。MDI=Miyama Development International の略称
    • [11]1991年3月 本社新社屋(東京都中野区本町)完成・本社移転
    • [12]グアムのリゾート「レオパレスリゾート・マネンガンヒルズ・グアム」は1993年に開業
    • [13]1999年10月 家具付き月極レンタルルーム「マンスリーレオパレス」の販売を開始
    • [14]2000年7月 株式会社エムディアイから株式会社レオパレス二十一へ商号変更
    • [15]2001年8月 賃貸アパート「レオパレス21」を投資対象とした不動産証券化を実施
    • [16]2002年8月 入居者向けブロードバンドサービス「LEONET」を開始
  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [17]界壁不備物件の着工期間1996年6月〜2001年9月、1都15県771棟で発泡ウレタン充填。外部調査委員会・国交省で確認

商号確定と東証一部上場前夜 ── 2003年までの拡大

2002〜2003年は東京証券取引所への上場準備期にあたる。サブリース管理戸数は全国規模に積み上がり、深山祐助氏が築いた『レオパレス商法』は全国地主層への営業実績と入居者の単身世帯シェアの双方で建築・不動産業界で広く認知された。建築請負と賃貸管理を社内一体で回す経営モデルは、戸建ハウスメーカーの大東建託と同様の節税アパート事業の代表例として住宅金融市場でも参照される位置にあった。[18]深山祐助氏は、入居者から徴収する諸手数料を本体の売上に計上せず別管理の銀行口座に積立て、私的な不動産投資や知人企業への貸付に流用していた。この約47億円の私的流用は[19]、上場後の2006年に社内調査で発覚することになる。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [18]大東建託と並ぶ節税アパート事業の代表例という業界内の位置づけ
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)
    • [19]私的流用額 約47億円

2003年時点で連結売上高は数千億円規模に達し、サブリース管理戸数の全国シェアでは大東建託と並ぶ国内大手2社の一角に立った。建築請負の受注ノルマが全国の支店・営業所に号令として降りる強い縦割り組織で、深山祐助氏の判断は社内で異論なく実行に移される体制が30年を経て固まっていた。本社・人事・経理は深山祐助氏に直結する少数の役員が握り、上場準備の財務開示の整備も創業家の主導で進んだ。深山祐助氏個人の信用と人脈で得た営業力が外部資本市場に接続される直前で、組織のガバナンスが個人の判断に依存したままの体質は変わらないまま、東証一部上場の入口に立っていた。

ガバナンスの個人依存と建築・賃貸の一気通貫モデルは、上場後の業績拡大期で利益を引き上げる仕組みとして働く一方、不況期で損失を増幅する仕組みとしても両刃で残った。2004年の東証一部上場で第2期へ入るが[20]、第1期に組み込まれた二つの脆弱性──サブリース契約の家賃減額余地と施工現場の代替材料使用──は時限装置として残り続けた。一企業の30年の拡大は、創業者個人の信用が制度に置き換わらないままに進んだ点で固有の歩みであり、第2期はその制度未整備のままで外部資本市場へ接続する段階に入る。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [20]2004年に東証一部上場(第2期の入口)
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [18]大東建託と並ぶ節税アパート事業の代表例という業界内の位置づけ
    • [20]2004年に東証一部上場(第2期の入口)
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)
    • [19]私的流用額 約47億円

2004年東証一部上場と2006年の創業者私的流用発覚

2004年3月、東京証券取引所市場第一部に株式を上場[21]した。サブリース管理戸数20万戸超・連結売上4,000億円超の規模で、機関投資家・外国人投資家の保有比率も上場直後から30%超へ伸びた。2005年1月にシルバー事業部を創設して介護事業に進出し[22]、2005年4月には会員制入居システムを『レオパレス21 賃貸システム』に切り替えて入居者管理を一本化した。[23]2006年6月、株式会社レオパレス二十一[24]から株式会社レオパレス21へ商号を変更した。社名のカタカナ・算用数字統一は、機関投資家や海外向けの認知に合わせた表記の整理である。

  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [21]2004年3月 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
    • [22]2005年1月 シルバー事業部を創設し介護事業に進出
    • [23]2005年4月 会員制入居システムを「レオパレス21 賃貸システム」に変更
    • [24]2006年6月 株式会社レオパレス二十一から株式会社レオパレス21へ商号変更

しかし上場後わずか2年あまりの2006年5月、入居者から徴収した諸手数料を別管理口座に積立て、創業者の深山祐助氏が個人で約47億円を不動産投資や知人企業に有利子貸付として運用していたことが社内調査で発覚した。[25]深山祐助氏は同年6月1日に責任をとって社長を辞任し、副社長の大場富夫氏が後継として2代目社長に就任した。深山祐助氏は退任後も筆頭株主として影響力を残し、後任の大場富夫氏は短期で交代、2006年内に3代目の北川芳輝氏が引き継いだ。深山祐助氏の甥にあたる深山英世氏は当時すでに取締役に就いており[26]、創業家の影響力は経営の中枢に留まった。

  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [25]私的流用額 約47億円(諸手数料を別管理口座に積立て不動産投資・知人企業に貸付)
    • [26]深山英世は深山祐助の甥で当時すでに取締役(甥関係は裏とり・後段でも一貫)

私的流用の発覚は、第1期に深山祐助氏が築いた個人依存の意思決定が公開会社では成立しないことを示した最初の警告だった。だが社外取締役の増員やコンプライアンス委員会の設置など制度整備は表層に留まり、深山英世氏が2010年2月に4代目社長へ就任したことで、創業家による経営支配は継続した。[27]経営者層が施工不備に人為的に対応せずリスクを軽視する社内文化がこの時期に温存されたことを後の外部調査委員会報告書が指摘しており[28]、ガバナンスの抜本見直しはこの時点で先送りされた。深山祐助氏個人への依存から組織への信頼移転は、第2期の入口で機会を失った。

  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [27]深山英世が2010年2月に4代目社長へ就任
  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [28]経営層が施工不備に人為的に対応せずリスクを軽視する社内文化が温存されたと外部調査委員会報告書が指摘
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
    • [21]2004年3月 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
    • [22]2005年1月 シルバー事業部を創設し介護事業に進出
    • [23]2005年4月 会員制入居システムを「レオパレス21 賃貸システム」に変更
    • [24]2006年6月 株式会社レオパレス二十一から株式会社レオパレス21へ商号変更
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [25]私的流用額 約47億円(諸手数料を別管理口座に積立て不動産投資・知人企業に貸付)
    • [26]深山英世は深山祐助の甥で当時すでに取締役(甥関係は裏とり・後段でも一貫)
    • [27]深山英世が2010年2月に4代目社長へ就任
  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [28]経営層が施工不備に人為的に対応せずリスクを軽視する社内文化が温存されたと外部調査委員会報告書が指摘

リーマン直撃の連結純損失791億円から4年で営業利益148億円へ

2006/3期(FY05)から2008/3期(FY07)にかけて連結売上は4,654億円・6,316億円・6,729億円と急拡大し、2009/3期(FY08)には7,332億円の上場来最高水準に達した。建築請負部門の受注高もこの4年で2倍水準に伸び、サブリース管理戸数は56万戸超に到達した。[29]だが2008年9月のリーマンショック後、地主からの建築請負発注が止まり、2010/3期(FY09)には連結売上6,204億円・経常損失338億円・親会社株主に帰属する当期純損失791億円を計上した。続く2011/3期(FY10)も売上4,844億円・経常損失318億円・純損失409億円が続き、2年間の累計純損失は1,200億円規模に達した。建築請負部門の急縮小と保有不動産の評価損が直撃した結果で、『サブリース+建築請負』の一体型ビジネスが景気の逆風で同方向の損失を生む構造が表面化した。

  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [29]FY08前後でサブリース管理戸数56万戸超

2010年2月、創業者の甥である深山英世氏が4代目社長に就任した[30]深山英世氏は1990年6月にレオパレス21に入社し[31]、経営企画・賃貸事業の責任者を経て38歳で社長職を引き継いだ。営業の現場経験を持つ実務型の経営者で、ホテルリゾート事業の縮小、グアム法人の運営見直し、賃貸事業中心への経営資源集約を実行した。2012/3期(FY11)には連結売上4,594億円・経常利益23億円・当期純利益16億円へ転換し、2013/3期(FY12)は経常利益112億円・純利益134億円、2015/3期(FY14)には営業利益148億円・純利益152億円まで回復した。リーマン後の底(FY10純損失409億円)から4年で営業利益148億円への振れ幅は、賃貸事業のストック収益が回復を支えた構造を示した。

  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [30]2010年2月 創業者の甥 深山英世が4代目社長に就任
    • [31]深山英世は1990年6月にレオパレス21に入社、38歳で社長職を引き継いだ

深山英世氏は2017年に『神田川』コンセプト民泊やスマートロックなど新規施策を打ち出し、2017年4月には高機能型スマートロック『Leo Lock』を新築全戸に採用した。[32]2017年5月には3カ年中期計画『Creative Evolution 2020』を策定し[33]、賃貸主軸+民泊・海外を成長軸とする路線を示した。連結営業利益はFY15が211億円、FY16・FY17が229億円と過去最高水準を更新し、自己資本比率も2018/3期(FY17)に47.3%まで改善した。[34]だが翌FY18から始まる施工不備問題で、この回復は短命に終わる。

  • レオパレス21 有価証券報告書【沿革】
    • [32]2017年4月 高機能型スマートロック「Leo Lock」を新築全戸に採用
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [33]2017年5月 3カ年中期計画「Creative Evolution 2020」を策定
    • [34]自己資本比率は2018/3期(FY17)に47.3%まで改善
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [29]FY08前後でサブリース管理戸数56万戸超
    • [30]2010年2月 創業者の甥 深山英世が4代目社長に就任
    • [31]深山英世は1990年6月にレオパレス21に入社、38歳で社長職を引き継いだ
    • [33]2017年5月 3カ年中期計画「Creative Evolution 2020」を策定
    • [34]自己資本比率は2018/3期(FY17)に47.3%まで改善
  • レオパレス21 有価証券報告書【沿革】
    • [32]2017年4月 高機能型スマートロック「Leo Lock」を新築全戸に採用

「ガイアの夜明け」報道から創業家退場までの13カ月

2018年4月、テレビ東京『ガイアの夜明け』で同社施工アパート[35]の界壁不備が報道された。2018年5月の自社調査で1996年から2001年に着工した1都15県の771棟で界壁内部に発泡ウレタンが充填されていた事実が確認され[36]、設計図書の『グラスウールまたはロックウール』[引用元]記載と異なる施工が判明した。同年12月に建築基準法施行令の遮音基準違反が新たに認定され、2019年2月には1,300棟・5月には17,000棟と判明範囲が連続的に拡大した。[37]最終的に2019年10月時点で13,252棟、調査対象[38]の39,085棟のうち約3分の1で施工不備が確認された。2019年2月の入居率は急落し、2019年10月の入居率は79.49%と約9年ぶりに採算分岐点の80%を割り込んだ。[39]

  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [35]2018年4月 テレビ東京「ガイアの夜明け」で施工アパートの界壁不備を報道
    • [36]1996年から2001年着工の1都15県771棟で界壁内部に発泡ウレタン充填(設計図書のグラスウールまたはロックウールと相違)
    • [37]2019年2月1,300棟・5月17,000棟と判明範囲が拡大
    • [38]2019年10月時点13,252棟、調査対象39,085棟の約3分の1で施工不備確認
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [39]2019年10月の入居率79.49%(約9年ぶり80%割れ)

外部調査委員会は2019年5月29日の最終報告書で[40]、対象物件の9割を超える割合で界壁が施工されていないにもかかわらず全社的に虚偽の建築確認申請が行われ、確認済証をだまし取った実態を認定した。[41]創業者の深山祐助氏に施工業務効率化を理由とした界壁省略の指示があり、経営層がこれを黙認した経営文化が原因とされた。深山英世氏は同年5月10日に社長辞任を発表し、5月14日付で正式に退任[42]、5代目社長として宮尾文也氏が就任した。創業家による経営は2006年の私的流用、2010年の甥の社長就任、2019年の施工不備引責辞任を経て、45年で終了した。

  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [40]外部調査委員会は2019年5月29日に最終報告書を提出
    • [41]9割超の物件で界壁が施工されず全社的に虚偽の建築確認申請が行われ確認済証をだまし取った実態を認定
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [42]深山英世は2019年5月10日に社長辞任を発表、5月14日付で正式退任。5代目社長として宮尾文也が就任

FY18の決算は売上5,052億円・営業利益74億円・特別損失721億円(補修工事関連引当を中心)・親会社株主に帰属する当期純損失687億円となり、過去2番目の純損失を計上した。リーマン後のFY09純損失791億円と並ぶ規模で、原因は外部経済環境ではなく自社の施工現場の不備に起因する点で性質が異なった。サブリースで一括借上げた物件のオーナーへは賃料減額交渉が全国規模で持ち込まれ、家賃収入が約7割に減るオーナーが続出した。[43]深山祐助氏が築いた建築請負とサブリースの一体型モデルは、施工不備の社会的露呈を通じて、節税アパートのフローモデルとしては破綻を露呈した。第3期の経営危機が始まる。

  • 楽待(2019年4月8日)
    • [43]サブリース家賃減額交渉でオーナーの家賃収入が約7割に減少
  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
    • [35]2018年4月 テレビ東京「ガイアの夜明け」で施工アパートの界壁不備を報道
    • [36]1996年から2001年着工の1都15県771棟で界壁内部に発泡ウレタン充填(設計図書のグラスウールまたはロックウールと相違)
    • [37]2019年2月1,300棟・5月17,000棟と判明範囲が拡大
    • [38]2019年10月時点13,252棟、調査対象39,085棟の約3分の1で施工不備確認
    • [40]外部調査委員会は2019年5月29日に最終報告書を提出
    • [41]9割超の物件で界壁が施工されず全社的に虚偽の建築確認申請が行われ確認済証をだまし取った実態を認定
  • レオパレス21 有価証券報告書
    • [39]2019年10月の入居率79.49%(約9年ぶり80%割れ)
    • [42]深山英世は2019年5月10日に社長辞任を発表、5月14日付で正式退任。5代目社長として宮尾文也が就任
  • 楽待(2019年4月8日)
    • [43]サブリース家賃減額交渉でオーナーの家賃収入が約7割に減少

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レオパレス21の沿革1973〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1973〜2003年中野の不動産仲介から「レオパレス21」サブリース全国網へミヤマを設立し不動産仲介業を開始
一戸建住宅の分譲販売を開始
都市型アパート「レオパレス21」の本格的販売開始★★
賃貸事業部を創設し不動産賃貸事業を本格的開始★★
社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録
エムディアイに商号変更
本社新社屋(本町)完成・本社移転
家具付き月極レンタルルーム「マンスリーレオパレス」の販売を開始
レオパレス二十一に商号変更
賃貸アパート「レオパレス21」を投資対象とした不動産証券化を実施★★
2004〜2018年東証一部上場と47億円私的流用、リーマン後の連結純損失791億円東京証券取引所市場第一部に株式を上場
大場富夫シルバー事業部を創設しシルバー事業に参入★★
北川芳輝レオパレス21に商号変更
深山英世太陽光発電システム・アパート向けホームセキュリティシステムの販売を開始
深山英世住宅賃貸管理会社 Woori & Leo PMC Co.,Ltd.設立
深山英世Leopalace21 (Thailand) CO.,LTD.を設立
深山英世もりぞうの株式を取得
深山英世高機能型スマートロック「Leo Lock」を新築全戸に採用
2019〜2025年累計純損失1,800億円と債務超過からの再出発宮尾文也レノによる臨時株主総会請求と全取締役解任要求への対抗

2019年12月27日、大株主の投資会社レノ(旧村上ファンド系)がレオパレス21に臨時株主総会の招集を請求し、宮尾文也社長を含む取締役10人全員の解任と、村上世彰氏が推薦する社外取締役3人の選任を求めた経営判断をめぐる攻防。会社側は反対を表明し、2020年2月27日の臨時株主総会でレノ提案は否決された。

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★★★
宮尾文也韓国住宅賃貸管理会社 Woori & Leo PMC Co.,Ltd.の全株式を譲渡
宮尾文也もりぞうの全株式を譲渡
宮尾文也子会社Leopalace21 (Thailand) CO.,LTD.の清算を結了
出典・参考
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)【沿革】
  • レオパレス21 有価証券報告書 第33期(2006年3月期)
  • レオパレス21 プレスリリース(2020年9月30日)
  • レオパレス21 有価証券報告書
  • レオパレス21 有価証券報告書【沿革】
  • 日刊工業新聞(2019年5月13日)
  • 賃貸住宅新聞オンライン(2022年4月19日)
  • 国土交通省・外部調査委員会調査報告書(2019年5月29日)
  • 楽待(2019年4月8日)
  • New Growth 2028(2025年5月9日 策定)
  • New Growth 2028

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