新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動
保有一体型モデルの限界にどう応えるか——後藤高志氏から西山隆一郎氏への引き継ぎ
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- 概要
- 2021年3月期、西武ホールディングスは新型コロナウイルスの感染拡大で連結純損失723億円という創業以来最大の赤字を計上した。後藤高志社長は2023年3月に社長を退任して代表取締役会長兼CEOへ移り、第一勧業銀行出身で広報を中心に歩んだ西山隆一郎氏が同年4月、第2代社長として就任した。西山新社長は「保有と運営の分離」を構造改革の中核方針に据えた。
- 背景
- 鉄道とホテル・レジャーを2本柱とし、施設を自ら保有し自ら運営する一体型モデルは、需要が急減する場面で減価償却費・人件費・賃料などの固定費負担を直接受ける構造であった。2021年3月期にはホテル・レジャー事業の営業利益が85億円の黒字から534億円の赤字に転落するなど、事業構成の脆さが表面化した。
- 内容
- 後藤高志社長は2021年に「アセットライト」路線を掲げてホテル資産の分離に着手し、2022年3月の西武建設売却、同年4月のプリンスホテル・西武プロパティーズ再編を経て、2023年3月には後藤氏が会長兼CEOへ、西山隆一郎氏が社長に就いた。西山社長は同月のGICへの資産譲渡を引き継ぎ、「保有と運営の分離」を明確な方針として掲げ直した。
- 含意
- 銀行出身で広報を中心に歩んだ人物の起用は、財務再建の専門家というよりも、社内外への説明を担いながら構造改革を進める人選であったことがうかがえる。方針自体は後藤体制からの継続線上にあり、2025年3月期の最高益につながる転換の契機になったとみることができる。
銀行出身の広報畑社長という人選
後藤高志氏から西山隆一郎氏への社長交代は、単なる世代交代ではなく、コロナ禍で露呈した保有一体型モデルの限界を、運営特化型へ組み替える改革の実行を担う人事であったとみることができる。第一勧業銀行出身で広報を中心に歩んだ西山氏の起用は、財務再建の専門家というよりも、社内外への説明を担いながら構造改革を進める場面を意識した人選であったことがうかがえる。
もっとも、「保有と運営の分離」は西山体制で突然始まった方針ではない。後藤氏はすでに2021年の時点で「アセットライト」という言葉でホテル資産の分離を打ち出しており、西山体制はその路線を引き継いで明確な方針に仕立て直したとみることができる。コロナ禍という外的な衝撃を機に複数の経営者にまたがって進んだ構造転換の効果がどこまで及んだものかは、2025年3月期の最高益の要因を含め、今後の実績の積み重ねの中で見極められていくとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
鉄道とホテル・レジャーの保有一体型モデル
西武ホールディングスは、都市交通・沿線事業を担う西武鉄道と、ホテル・レジャー事業を担うプリンスホテルを2本柱とし、施設を自ら保有し自ら運営する一体型のモデルを続けていた。2019年3月期の売上高構成は鉄道業が18%であったのに対し、ホテル業は30%を占め、ホテル・レジャー事業への依存度が高い事業構成であった[1]。
この一体型モデルは海外でも同じ論理で広がっていた。西武ホールディングスは2017年に豪州のホテル運営会社ステイウェルホスピタリティグループを買収し、2019年には英ロンドンで高級ホテルを開業するなど、保有と運営を一体で拡大する海外展開を積極的に進めていた。国内外を問わず資産を積み増す拡大路線のまま、新型コロナウイルスによる需要急変を迎えることとなった[2]。
コロナ禍による業績の急落
2020年初頭からの新型コロナウイルスの感染拡大は、この一体型モデルの弱点を露呈させた。2021年3月期の連結売上高は前期の5,546億円から3,371億円へ39.2%減少し、営業利益は568億円の黒字から516億円の赤字、当期純利益も723億円の赤字に転落して、創業以来最大の赤字を計上した[3]。
事業別の落ち込みには差があった。2020年4〜9月期の売上高は、鉄道業が前年同期比34%減にとどまったのに対し、ホテル業は79%減とさらに落ち込んだ。通期でもホテル・レジャー事業の売上高は2020年3月期の2,209億円から2021年3月期に809億円へ63.4%減少し、営業利益は85億円の黒字から534億円の赤字に転じた。同年8月には94年の歴史を持つとしまえんが閉園し、レジャー資産の整理も同時に進んだ[4][5]。
決断
後藤高志社長による「アセットライト」路線
後藤高志社長は2020年度の資金繰り対策として1,600億円を新たに借り入れたほか、鉄道・ホテル両子会社が計800億円の優先株を発行して当面の資金を手当てした。そのうえで2021年8月のインタビューでは、経営改革のキーワードは「アセットライト」であると述べ、ホテル事業を中心に資産や事業を売却・流動化して、危機に対してより強固な体質を築く方針を明らかにした[6]。
具体的には、それまでホテル運営とホテル資産の保有を一体化してきたプリンスホテルについて、運営は継続する一方で資産を切り離し、グループの不動産会社である西武プロパティーズに移管してオペレーター専業を目指す方針を示した。赤坂プリンスホテル跡地を再開発した東京ガーデンテラス紀尾井町のような複合開発の余地がない資産については、幅広く売却・流動化を検討する考えも語った[7]。
後藤高志氏から西山隆一郎氏への社長交代
2023年3月、後藤高志氏は社長を退任して代表取締役会長兼CEOへ移り、第一勧業銀行出身で2009年に西武ホールディングスへ入社し、広報を中心に経験を積んだ西山隆一郎氏が同年4月、第2代社長として就任した。後藤体制の発足からおよそ18年ぶりとなる社長交代であり、就任にあたって西山社長は「量から質へ」を経営方針に掲げた[8][9]。
西山社長は就任後のインタビューで、2021年5月の決算発表でコロナ禍の影響を最も受けた期として723億円の赤字に沈んだ経緯を振り返り、事業構造を運営と保有のスタイルから運営特化型へ変えたホテル事業を、その象徴的な取り組みとして挙げた。後藤体制で緒に就いた資産分離の路線を、西山社長は「保有と運営の分離」という言葉であらためて構造改革の中核に据えた[10][11]。
結果
資産圧縮とオペレーター専業化の実行
西山体制は、後藤体制から引き継いだ資産圧縮を具体的な手続きとして進めた。2022年3月には西武建設株式の95%をグループ外へ譲渡して建設事業から撤退し、同年4月にはプリンスホテルが西武プロパティーズを吸収合併したうえで西武リアルティソリューションズへ商号を変更、ホテル運営会社は西武・プリンスホテルズワールドワイドとして機能を分離した。2023年3月には、保有していたホテル・スキー場など70数事業所のうち26事業所をシンガポール政府投資公社GICへ譲渡し、残る資産は西武リアルティソリューションズへ集約した[12][13]。
オペレーター専業となったプリンスホテルは、資産保有を伴わない運営受託モデルへ転換したことで、景気変動の影響を受けにくいビジネスとしてホテル数の拡大を目指す方針に転じた。2023年12月には海外展開の一歩としてザ・プリンス キタノニューヨークを開業し、西山社長は今後およそ10年でホテル数を国内外合わせて250程度(2023年12月時点で86)に増やすイメージを語った[14]。
業績の回復と2025年3月期の最高益
業績は西山体制の発足後、数年をかけて持ち直した。2022年3月期の連結営業利益はなお132億円の赤字であったが、2023年3月期には222億円、2024年3月期には477億円と黒字幅を広げ、コロナ禍で毀損した収益力は回復軌道に乗った[15]。
そして2025年3月期には、旗艦物件である東京ガーデンテラス紀尾井町の売却益を主因に、連結営業利益2,927億円・当期純利益2,581億円という創業以来最高水準の業績を記録した。もっともこの飛躍は同物件の売却という単発の取引に負うところが大きく、その経緯と評価は別稿に譲る[16]。
- 週刊東洋経済 2020年7月25日号「スペシャルインタビュー 西武ホールディングス社長 後藤高志『埼玉はどこよりも安心安全 沿線の価値が見直される』」
- 週刊東洋経済 2021年2月27日号「【第2特集 鉄道異変】コロナに揺れる鉄道経営」
- 週刊東洋経済 2021年8月28日号「トップに直撃 西武ホールディングス社長 後藤高志『西武園をリニューアル資産身軽にして再生する』」
- 週刊東洋経済 2024年1月20日号「トップに直撃 西武ホールディングス社長 西山隆一郎『不動産事業の比重を高め これからの成長の主軸に』」
- JBpress(2023年12月14日)「コロナ禍のどん底から立ち直る西武ホールディングス、新社長が挑む変革の肝」
- 財界オンライン(2023年3月9日)「『若返り』と『専門性の強化』が決め手 【西武HD】の新社長に西山隆一郎氏」
- 西武ホールディングス 有価証券報告書(2021年3月期・連結)
- 西武ホールディングス 有価証券報告書(2022年3月期・2023年3月期・2024年3月期・2025年3月期、いずれも連結)
- 西武ホールディングス 有価証券報告書【沿革】