西武ホールディングスの源流は、1912年5月設立の武蔵野鉄道株式会社と、1920年3月設立の箱根土地株式会社という別系統の2社にある。武蔵野鉄道は飯能〜所沢〜池袋を結ぶ郊外電鉄として、後の西武鉄道の鉄道事業基盤を構成する系譜にあたる。箱根土地は青年実業家・創業者の堤康次郎氏が軽井沢の別荘地分譲で得た収益を元手に設立した不動産・観光開発会社で、後の国土計画→コクド→西武HDへつながる持株会社系譜の起点となる。創業当初の2社には資本関係も人的つながりもなく、後に堤康次郎氏が武蔵野鉄道の経営を掌握することで初めて結びつく。 [1][2][3][4]
箱根土地の創業に先立ち、堤康次郎氏は1915年から軽井沢地区の60万坪を買収し、別荘地として分譲する事業を展開していた。第一次世界大戦中の好景気で軽井沢開発は成功を収め、堤氏は1924年から東京・国立の都市開発に着手した。1924年1月22日の読売新聞朝刊で堤氏は『郊外の土地でも、東京都内への交通の便が悪い隔絶した土地では、金利を払うだけで報われないから、東京都内に近い土地、もしくは、土地会社の手で開発された土地選ぶべきである』[引用元](読売新聞 1924/1/22)と述べ、東京西郊への宅地開発投資を呼びかけた。1923年の関東大震災で東京の人口が西側に流出した動きを捉え、箱根土地は大泉学園の開発に着手する。土地買収から沿線開発まで自社で完結させる事業モデルが、創業期の段階で形を整えた。 [5][6][7]
1932年、堤康次郎氏は大泉学園開発を通じて接点のできた武蔵野鉄道について、経営掌握の方針を決断した。武蔵野鉄道は当時、隠れ債務を多額に抱える経営不振企業で、株価は暴落していた。堤氏は暴落した株式を買い集めて経営権を取得し、強引な和議に持ち込むことで再建の道筋をつけた。鉄道事業に進出した狙いは収益そのものではなく、武蔵野鉄道沿線に箱根土地が保有していた約100万坪の土地の含み価値を、沿線開発と一体で引き上げる垂直統合にあった。郊外鉄道の延伸と土地開発を同じ経営主体が手がければ、開発利益と運賃収入を二重に取り込める。土地会社が鉄道を傘下に置く順序での統合は、東急が田園調布の宅地開発から鉄道事業に拡張した経緯と並んで、戦前期の私鉄経営の典型的な発展経路にあたる。 [8][9]
1941年に堤氏は所沢を通過するもう一つの主要路線・旧西武鉄道を買収して武蔵野鉄道と統合し、池袋〜所沢〜飯能を結ぶ池袋線と高田馬場〜所沢〜川越を結ぶ新宿線という主要2路線を獲得した。1945年9月には武蔵野鉄道が旧西武鉄道を合併して西武農業鉄道に商号変更、1946年11月に西武鉄道へ再変更し、現在の『西武鉄道』ブランドが確立した。1944年には箱根土地が商号を国土計画興業へ変更し、事業領域の拡大を社名にも反映させた。1949年5月、西武鉄道は東京証券取引所に株式上場を果たし、公開市場での資金調達手段を獲得する。創業者の堤康次郎氏は1924年に衆議院議員に当選した政治家でもあり、1952年には衆議院議長を務めるなど、事業経営と政治活動の二足のわらじで戦前から戦後にかけての成長期を主導した。 [10][11][12][13][14]
戦後の堤康次郎氏は、政治家の立場を活用して没落した皇族が所有する都内の一等地を格安で次々と買収した。終戦後の財産税負担で皇族が手放した品川・赤坂の土地を取得し、それらを『プリンスホテル』として開業する。1956年6月に株式会社プリンスホテルを設立し、ホテル事業を西武グループの第三の柱として確立した。すなわち土地(国土計画)・鉄道(西武鉄道)・ホテル(プリンスホテル)の三本柱が、創業者・堤康次郎氏の時代に整った。1954年に実業の世界は同社の保有土地について『総資産700億円也』と推計し、戦後インフレで土地の含み価値が急膨張する過程を世間に伝えた。創業期から続いた安価に買った土地を観光地・住宅地へ衣替えして含み益を獲得する事業モデルが、戦後復興期の地価上昇によって規模を一段引き上げた。 [15][16]
1956年に堤康次郎氏は『観光日本の確立』を事業経営の目標として宣言し、箱根を手始めに全国の観光開発を進めた。1962年12月の実業の世界記事は『土地の堤か、堤の土地か』[引用元]と形容し、堤氏が東京都心・近接地で約400万坪、軽井沢・箱根・伊豆方面で約1,700万坪、合計約2,000万坪の土地を保有していたと記録した(実業の世界 1962/12)。1961年には堤氏の子・堤義明氏(国土計画役員)が新潟県・苗場にスキー場を新設開業し、日本初の日帰り可能な本格スキー場として後年の冬季リゾート市場をけん引する事業基盤を整えた。1964年に創業者の堤康次郎氏が逝去し、鉄道・観光事業を堤義明氏が、百貨店事業を堤清二氏が継承する形でグループは分割相続された。創業期から半世紀をかけて積み上げた土地・鉄道・観光の三本柱は、堤義明氏体制で量的な到達点へ進む。 [17][18][19][20]
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|---|---|---|---|---|
| 1912〜1964年軽井沢の別荘地から「土地・鉄道・観光」三本柱へ ── 創業者・堤康次郎氏の地主帝国 | 武蔵野鉄道設立 | ★ | ||
| 箱根土地設立 | ★ | |||
| 国立開発に着手 | ★ | |||
| 多摩湖鉄道を合併 | ★ | |||
| 箱根土地が商号を国土計画興業に変更 | ★ | |||
| 武蔵野鉄道が旧西武鉄道を合併し西武農業鉄道に商号変更 | ★★ | |||
| 西武農業鉄道が商号を西武鉄道に変更 | ★ | |||
| 東京証券取引所に株式上場 | ★ | |||
| プリンスホテル設立 | ★★ | |||
| 1965〜2004年「時価総額12兆円」レジャー帝国の到達点と有報虚偽記載・上場廃止までの転落 | 国土計画興業が商号を国土計画に変更 | ★ | ||
| 国土計画がプリンスホテルを完全子会社化 | ★★ | |||
| 国土計画が商号をコクドに変更 | ★ | |||
| 池袋線・西武有楽町線が営団有楽町線との相互直通運転開始 | ★ | |||
| 西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止 2004年、西武鉄道の親会社コクドが約40年にわたり有価証券報告書に株主構成の虚偽記載を続けていたことが発覚し、東京証券取引所は同年12月に西武鉄道株式の上場廃止を決定した不祥事。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 2005〜2025年持株会社化・再上場とコロナ723億円赤字を経た「保有から運営へ」の構造転換 | 後藤高志 | コクド・西武鉄道グループの再建 ── サーベラス出資と後藤高志氏招聘による持株会社化 2004年12月の上場廃止で堤家経営が終焉した西武鉄道・コクドグループが、みずほ出身の後藤高志氏を経営トップに迎え、米サーベラスの出資を受け入れて持株会社方式によるグループ一体再生を進め、2006年2月に西武ホールディングスを設立した経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |
| 後藤高志 | プリンスホテルがコクドを吸収合併し新生プリンスホテル発足 | ★★ | ||
| 後藤高志 | 西武HDを設立 | ★★ | ||
| 後藤高志 | 池袋線・西武有楽町線が東京メトロ副都心線との相互直通運転開始 | ★ | ||
| 後藤高志 | 池袋線・西武有楽町線が東急東横線・みなとみらい線と相互直通運転を開始 | ★ | ||
| 後藤高志 | サーベラスのTOB阻止と東証一部再上場 2013年3月、西武ホールディングスの筆頭株主である米投資ファンド・サーベラスが持ち株比率引き上げを狙う公開買い付け(TOB)を仕掛けたが、後藤高志社長を中心とする経営陣がこれに反対を表明し、個人株主の多くも応募を見送った結果、応募は目標を大きく下回った。翌2014年4月、西武HDはサーベラスの持ち株比率を維持したまま東京証券取引所市場第一部への再上場を果たした。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 後藤高志 | 東京ガーデンテラス紀尾井町グランドオープン | ★ | ||
| 後藤高志 | 海外ホテル事業拡大のためステイウェル HDを設立 | ★ | ||
| 後藤高志 | 本社を埼玉県所沢市から東京都豊島区(ダイヤゲート池袋内)に移転 | ★ | ||
| 後藤高志 | としまえん閉園 | ★ | ||
| 後藤高志 | 西武建設株式の95%をグループ外へ譲渡 | ★★ | ||
| 後藤高志 | GIC Private Limitedへホテル・レジャー事業の一部資産を譲渡 | ★★ | ||
| 西山隆一郎 | 新型コロナ禍の純損失723億円を機とした社長交代と「保有と運営の分離」の始動 2021年3月期、西武ホールディングスは新型コロナウイルスの感染拡大で連結純損失723億円という創業以来最大の赤字を計上した。後藤高志社長は2023年3月に社長を退任して代表取締役会長兼CEOへ移り、第一勧業銀行出身で広報を中心に歩んだ西山隆一郎氏が同年4月、第2代社長として就任した。西山新社長は『保有と運営の分離』を構造改革の中核方針に据えた。 詳細を読む | ★★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(西武ホールディングス)