北海道の酪農家が四半世紀をかけて築いた、原料乳の集荷から製造までを貫く一体の事業は、占領下の集中排除政策によって、その外形だけを理由に解体された。市場を支配するための独占ではなく、酪農民が自らの乳を持ち寄って支えた協同の組織であったことを思えば、この分割には拭いがたい不条理の影がつきまとうと思われる。それでも黒澤氏は、道理はいつか通じると信じ、近道となる裏金を最後まで拒んで正攻法を貫いた。敗れてなお筋を曲げなかった黒澤氏には、一個の経営者としての矜持がうかがえる。
もっとも、歴史はこの分割に別の含意を残している。強制的な解体のなかから生まれた雪印乳業は、戦後の乳業界を代表する企業へと成長した。その同じ会社が、半世紀を経たのちに、自らの手で食の信用を大きく損ない、ふたたび解体に近い再編の道をたどることになる。外から不条理に引き裂かれた出発と、内から信を失って崩れていった後年の姿——この対照を重ねてみると、企業の存立が制度にも自律にも支えられていることを、静かに問い返す来歴であったと推察される。