雪印乳業 の平均年収・従業員数の推移

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平均年収・従業員数 — 人員と処遇の長期推移 有価証券報告書ベースの連結/単体の年次変化と業界他社の平均給与比較

2,679前年比+35人
1,397前年比+21人
660万円前年比+35万円
40
従業員数(連結・単体)単位:
連結従業員数単体従業員数
平均年間給与(単体)単位:万円
平均年間給与
平均勤続年数(単体)単位:
平均勤続年数
平均年齢(単体)単位:
平均年齢

雪印乳業の人員削減と構造改革 発表された削減計画と、有価証券報告書で確認できる実績

雪印乳業の人員削減は、2000年の集団食中毒事件を境に会社の形そのものを変える規模になった。事件のあと全国8工場の閉鎖と従業員の15%にあたる1,000人の削減が決まり、2002年1月に子会社の雪印食品による牛肉偽装が発覚すると、同社の解散に続いて冷凍食品・育児品・アイスクリーム・市乳が次々に本体から切り離された。2003年1月の市乳分社では統合3社で1,000人が減らされている。連結売上高は2002年3月期の1兆1,647億円から2004年3月期には3,181億円へ縮み、乳製品専業として残った雪印乳業は2009年10月に日本ミルクコミュニティと経営統合して雪印メグミルクの傘下に入った。

発表された削減計画を並べたが、実績の従業員数は付していない。有価証券報告書から連結従業員数を遡れるのは2006年3月期の2,763名までで、削減と事業分離が集中した2000年から2003年はその範囲の外にある。残る2007年3月期から2009年3月期も2,644名から2,682名の間で動くだけで、対応する施策が無い。統合にともなう上場廃止で従業員数は2009年3月期までしか残っておらず、この社では計画と実績を突き合わせられない。

年月施策発表された計画
全国8工場の閉鎖と1,000人の削減

2000年6月、大阪工場製の低脂肪乳による集団食中毒の被害者は13,420人にのぼった。会見の失言が繰り返し放映されるなかで石川哲郎社長は7月6日に辞意を表明し、7月28日には9月就任予定だった西紘平氏が前倒しで登板した。西氏のもとで大阪工場をはじめとする全国8工場の閉鎖と人員削減が決まり、2000年度の連結最終赤字は475億円に達している。

週刊東洋経済 2001年8月11日号「[企業レポート]再生戦略 雪印乳業 信頼回復と安売り脱却 名門復活への“力走”」

全国8工場を閉鎖し従業員の15%にあたる1,000人を削減
冷凍食品事業の分社

事件後の再建のなかで最初に本体から離れた事業が冷凍食品だった。2001年10月、雪印乳業は冷凍食品事業を雪印冷凍食品へ切り出している。以降の事業分離はこの形を繰り返す。

雪印乳業 有価証券報告書【沿革】

冷凍食品事業を分離し雪印冷凍食品を設立
雪印食品の牛肉偽装発覚と解散

2002年1月23日、子会社の雪印食品がBSE対策の国産牛肉買い上げ制度を悪用し、安価な輸入牛肉を国産と偽って交付金を不正受給していたことが報道で明らかになった。食中毒事件から1年半で二度目、しかも法を犯した詐欺であり、消費者の反発は前回に増して激しかった。雪印食品は2002年4月末に解散し、従業員は雇用の場を失った。

雪印メグミルク公式サイト「『2つの事件』の概要と『雪印八雲工場食中毒事件』」

経営再建策によるグループの解体

西紘平社長は事件から10日後の2月5日に他社資本の受け入れを表明し、当初はネスレを筆頭株主に迎える構想を描いたが、外資の酪農参入を嫌う農林水産省と自民党の農林族議員が難色を示して退けられた。代わって浮上した全国農業協同組合連合会を筆頭株主に迎え、伊藤忠商事にも資本参加を求めて300億円の増資を要請する再建策を3月28日に発表している。西氏は業界3位に入らなければ適正な利益は確保できないと述べ、シェア5〜6位のアイスクリーム事業が50年にわたり赤字を出し続けてきたことを挙げた。

日経ビジネス 2002年4月22日号「敗軍の将、兵を語る 西紘平氏[雪印乳業社長]それでも雪印は復活する」

市乳・育児品・医薬品など多くの事業を本体から切り離し、雪印乳業は乳製品メーカーとして残す
育児品事業とアイスクリーム事業の切り出し

再建策が掲げた事業ごとの提携先探しは、育児品はネスレ、アイスクリームはロッテという組み合わせで実行された。2002年10月、育児品事業はビーンスターク・スノーへ承継され、アイスクリーム事業はロッテスノーへ営業譲渡されている。従業員は事業とともに移っており、雇用が失われたのではなく事業の担い手が変わったものである。

雪印乳業 有価証券報告書【沿革】

育児品事業をビーンスターク・スノーへ承継しアイスクリーム事業をロッテスノーへ営業譲渡
市乳事業の日本ミルクコミュニティへの承継と1,000人の削減

2003年1月、雪印乳業は市乳事業を全国農協直販・ジャパンミルクネットと統合し、会社分割で日本ミルクコミュニティへ承継させた。全農が4割を出資して筆頭株主となり、牛乳のシェアでは明治乳業を抜いて国内首位に立ち、赤いパッケージの「メグミルク」が4つ目のブランドとして打ち出された。市乳の従業員は新会社へ移り、本体に残ったのはチーズ・バターを軸とする乳製品事業である。

週刊東洋経済 2002年9月7日号「[時々刻々]乳業業界 雪印農協連合が誕生 新ブランドも迫力不足 問われる非牛乳事業の実力」

統合3社の従業員の3分の1にあたる1,000人を削減

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