モスフードサービス腸管出血性大腸菌O121による食中毒事故の公表と全店の衛生総点検
感染源が特定できないなかで、チェーン本部は何をどこまで公表するか
- 概要
- 2018年8月に関東・甲信地方のモスバーガー19店舗を利用した28人が腸管出血性大腸菌O121に感染した食中毒事故について、モスフードサービスが9月10日と9月14日に相次いで公表し、店舗の営業自粛と全店の衛生総点検、検査項目の追加に踏み切った対応。
- 背景
- 同社は生鮮野菜と店内調理を売り物に、食の安全を経営理念の中心へ据えてきた。2016年に創業家以外から初めて社長となった中村栄輔氏のもとで商品と価格の見直しが進み、2017年3月期には売上高709億円・営業利益47億円まで収益が戻っていた。
- 内容
- 加盟店が運営する「モスバーガー アリオ上田店」の営業自粛と3日間の営業停止処分を9月10日に公表し、9月14日にはチェーン全体で28人の感染が確認されたことと、本部から納入した食材が病因となった可能性が極めて高い状況であることを公表した。パティ・加工野菜・生鮮野菜の検査項目にO121を追加し、生鮮野菜の洗浄・除菌方法を選び直した。
- 含意
- 10月3日の続報でも感染源と感染経路の特定には至らず、外部専門家を加えた衛生管理安全対策プロジェクトを設けて対策を続けた。客足の落ち込みと加盟店への営業補償が重なり、2019年3月期は売上高663億円・営業利益5億円、9億円の最終赤字となった。
特定できない原因と、公表の重さ
この事案で本部が置かれた立場は、原因を特定してから説明するという順序を選べないものであった。関係自治体の調査で複数店舗の患者から同じ遺伝子型の菌が確認された段階で、会社は本部から納入した食材が病因となった可能性が極めて高いと記し、感染源そのものは未特定のまま対策を公表している。加盟店が運営する店の名前を本部が挙げ、供給側としての関与に触れる判断は、フランチャイズという形態のもとでは重い部類に入るとみることができる。
残されたものは、検査項目の追加や監査の仕組みといった、目に見える形の変更であった。それらは感染源が分からないなかで想定される経路を潰していく作業であり、原因究明の代わりにはならない。それでも、生鮮野菜を看板に掲げ、産地との関係づくりに20年を費やしてきたチェーンにとって、非加熱食材が疑われた事実は調達と店舗作業の両方を問い直す契機となったとみられる。安全は積み上げた実績で証明されるものではなく、そのつど確かめ直すほかない——この事案が示したのは、そうした地味な結論であったといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
食の安全を掲げてきたチェーン
モスフードサービスは、注文を受けてから調理する方式と生鮮野菜を商品の中心に据え、「おいしくて、安全で、健康によい商品」を提供することを経営理念に掲げてきた。1997年以降は国内の協力農家との体制を築き、2006年には農業生産法人への資本参加によって生産の現場にも関わってきた。店頭に生産者名を掲げる運営も含めて、食材の質と安全は価格競争と距離を置く戦略の土台であった[1][2]。
経営体制も転換の途上にあった。2016年6月、法務・総務畑を歩んだ中村栄輔氏が社長に就き、創業家ゆかりの人物が担ってきた社長職が初めて外へ移る。商品と価格の見直しが進み、2017年3月期には売上高709億円・営業利益47億円と高い収益水準を取り戻していた。長い調整期を抜け出し、業績が上向いてきた直後の出来事であった[3][4]。
2018年夏の発症と保健所の調査
事故は加盟店の1店から表面化した。長野県上田保健所は2018年9月4日、8月20日に「モスバーガー アリオ上田店」を利用した4人の客に腸管出血性大腸菌O121が原因の食中毒の症状がみられると指摘する。9月6日に保健所の店舗立ち入り検査が実施され、4人が共通して当該店舗で喫食していたことが判明したため、行政処分が確定した。会社の公表時点で、4人はいずれも快方に向かっていると記されている[5]。
調査が進むにつれ、事案は1店の問題にとどまらないことが分かってきた。8月10日から23日の間に関東・甲信地方のモスバーガー19店舗を利用した28人がO121に感染しており、対象は栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨・長野の8都県にまたがった。このうち検査が終了した13人(10店舗)から検出された病因物質の遺伝子が一致していることが、関係自治体の調査で判明する。同じ時期に、同じチェーンの複数の店で、同じ型の菌が確認された形であった[6][7]。
決断
営業自粛と、店名を挙げた最初の公表
アリオ上田店は9月8日から営業を自粛した。9月10日、上田保健所は食品衛生法第55条第1項の規定により、同店を運営する加盟企業に対して9月10日から12日までの3日間の営業停止処分を出す。同じ日、モスフードサービスは「食中毒事故に関するお詫びとお知らせ」を公表し、店舗名・処分の対象企業・所轄保健所・処分の内容と理由・病因物質を明記した。加盟店で起きた事故についてフランチャイズ本部が名前を挙げて公表する形をとっている[8][9]。
公表と同時に、対応は全国の店舗へ広げられた。会社はフランチャイズチェーン本部として事態を厳粛かつ重大に受け止めるとして発生原因の特定に取り組むと述べ、施設・設備・食器・調理器具の清掃、洗浄、消毒を全国の店舗で実施するとともに、調理マニュアルの再点検と従業員の健康状態確認の徹底を進めるとした。原因が判明していない段階で、想定される経路をひととおり点検し直す進め方であった[10]。
「本部から納入した食材」への言及と検査の追加
4日後の9月14日、会社はチェーン全体にかかわる公表に踏み込んだ。13人の病因物質の遺伝子が一致した事実を示したうえで、同時期にチェーン本部から納入した食材が病因となった可能性が極めて高い状況であると記している。あわせて、厚生労働省の説明として、8月に発生したO121のうち当チェーン店の利用歴がない患者7人からの病因物質については1人分が一致し、残り6人の遺伝子型は不一致であることも併記した。供給元としての自らの関与を、断定を避けた表現で示す形であった[11][12]。
同じ文書で再発防止策も示された。生鮮野菜については、より一層有効性の高い洗浄・除菌方法を選定して導入するとし、検査項目も広げた。パティ(肉)には腸管出血性大腸菌O121を追加し、加工野菜のカットオニオンには大腸菌とO121を、これまで官能検査と残留農薬検査にとどまっていた生鮮野菜にはサンプル品による微生物検査を加えている。想定される要因のすべてに対して対策を講じるという方針が、検査表の書き換えという具体の形で示された[13][14]。
結果
未特定のまま組まれた体制と、業績への影響
行政処分は2店舗に及んだ。長野県諏訪保健所は、発症した客から病因物質が検出された茅野沖田店に対しても3日間の営業停止処分を出している。会社は10月3日に事故の経過と再発防止対策を公表し、関係自治体と自社の調査を経ても感染源と感染経路の特定には至っていないと述べた。そのうえで、喫食時期や発症エリア、熱に弱いというO121の特性から非加熱の食材が疑われるとして、生産・検査から流通・保管、店舗の作業までを対象に対策を組み立てている[15][16]。
体制の面では、店舗のマニュアル周知の徹底、eラーニングの導入、衛生指導員による監査と指導が並び、外部の専門家を加えた衛生管理安全対策プロジェクトが設けられた。プロジェクトにはサプライチェーン強化チームと店舗オペレーション強化チームが置かれ、供給側と店舗側の双方から点検する構えをとっている。業績への影響は小さくなかった。客足の落ち込みに加盟店への営業補償が重なり、2019年3月期は売上高663億円、営業利益5億円、9億円の最終赤字となった。通期の最終赤字は2008年3月期以来11年ぶりであった[17][18]。
- モスフードサービス「食中毒事故に関するお詫びとお知らせ」(2018年9月10日)
- モスフードサービス「食中毒事故に関する再発防止の対策について」(2018年9月14日)
- 日本経済新聞(2018年9月14日)「「モス」8都県28人食中毒 本部納入の食材が原因か」
- 日本経済新聞(2018年9月16日)「「モス」食中毒で営業停止3日間 長野・茅野」
- 流通ニュース(2018年10月3日)「モスフード/食中毒の再発防止策を発表」
- 週刊東洋経済 2016年4月15日号「核心リポート06 モスバーガーの正念場 脱創業家は果たせるか」
- モスフードサービス 有価証券報告書(2019年3月期・連結)