モスフードサービス農業生産法人サングレイスへの資本参加による産地合弁への参入
生野菜を看板に掲げるチェーンが、調達をどこまで自社側へ引き寄せるか
- 概要
- 2006年2月、モスフードサービスが農業生産法人・野菜くらぶなどと共同で農業生産法人サングレイスを設立し、資本参加によってトマトの生産そのものへ関与した経営判断。以後、産地ごとの合弁を各地に設ける形へ広げた。
- 背景
- 同社は1997年以降、国内の協力農家約2000軒との体制を築いて「生産者の顔が見える野菜」を売り物にしてきた。一方で天候に左右される生鮮野菜の安定調達は難しく、とくに優良なトマトは夏場以降の欠品が毎年のように続いていた。
- 内容
- 静岡県菊川市に本店を置くサングレイスへ6000万円を出資し、約61%の株式を持つ筆頭株主となった。農地法の制約から議決権は10分の1にとどめ、経営は生産者側が担う形とした。全天候型の耐候性ハウスで年約600トンのトマトを生産する計画であった。
- 含意
- 産地合弁は熊本・北海道・静岡・千葉などへ広がり、2020年に設立した広島までで10拠点となった。自社農場の生産は使用する野菜の約1割にとどまり、2024年時点では新規設立を休止して協力農家からの調達を増やす方針へ改めている。
抱えるか、支えるか
この決断の性格は、垂直統合という言葉から連想されるものとは少し違っていた。資本の過半を出しながら議決権を10分の1に抑え、経営は生産者団体の側に委ねる設計は、農地法の制約に沿ったものであると同時に、産地を支配せずに支えるという立ち位置の表明でもあった。欠品するトマトを自ら作るという直接的な動機と、産地の活性化という掲げた目的の間には距離があり、その距離が国庫補助事業への指定という評価にもつながったとみることができる。
もっとも、支える側に回った企業が抱える難しさも残った。自社農場の生産は使用量の1割前後で頭打ちとなり、収益面の負担から新規の設立は止まっている。それでも、契約農家との関係を厚くする取り組みは続き、生野菜を看板に掲げる商品戦略そのものは揺らいでいない。調達の安定を、資本で抱え込むか、関係の質で確保するか——外食企業が食材の川上へ手を伸ばすときに繰り返し問われる論点を、この判断は早い時期に実地で試したといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
生野菜を売り物にしたチェーンの弱点
モスバーガーは創業以来、新鮮なトマトやレタスをふんだんに使う商品づくりを差別化の柱に据えてきた。櫻田慧氏は1985年の講演で、原価率が高くなる代わりに野菜を多く入れることで見た目と味を高めたと説明している。1997年からは生野菜を有機野菜などへ切り替え、国内の協力農家との体制づくりに着手した。店頭の黒板にその日の野菜の生産者名を記す「生産者の顔が見える野菜」は、価格ではなく質で選ばれるチェーンの象徴となった[1][2]。
ただし、質を売る商売は調達の不安定さと表裏であった。天候に左右される生鮮野菜の安定調達はこの数年難しくなっており、とくに優良なトマトは夏場以降の欠品が毎年のように続き、協力農家からの集荷が不足した分は一般流通品で代用していた。看板に掲げた野菜が、繁忙期にかぎって思うように揃わない。産地との協力体制を広げるだけでは埋まらない穴が、商品戦略の足元に残っていた[3]。
低価格競争と距離を置いた立て直しの途上
この時期のモスフードサービスは、業績の底で商品戦略を組み直している最中であった。1998年に社長へ就いた櫻田厚氏は加盟店を厳選して店舗網を作り直し、2003年には注文を受けてから作る強みを生かした高価格帯の「ニッポンのバーガー匠味」を投入する。低価格競争に加わらず、素材と調理で違いを示す路線であり、経済誌にもファストフードに逆行してブランド力を強化する事例として取り上げられた[4][5]。
もっとも財務の余裕は乏しかった。連結売上高は2002年3月期の721億円から2004年3月期には587億円まで下がり、2005年3月期には減損会計の早期適用で112億円の減損損失を計上して73億円の最終赤字に沈む。不良資産の処理を先に済ませた結果、2006年3月期は売上高582億円・経常利益32億円・純利益11億円と黒字へ復した。資本参加の判断は、この処理を終えて身軽になった直後に置かれている[6][7]。
決断
出資はするが、経営は生産者に委ねる
2006年2月、モスフードサービスは農業生産法人・株式会社野菜くらぶや個々の生産者などとの共同出資で、静岡県菊川市に農業生産法人サングレイスを設立した。資本金は4950万円で、モスフードサービスは6000万円を出資し約61%の株式を持つ筆頭株主となる。ただし保有株式の大半は無議決権優先配当株式であり、議決権ベースでは10分の1にとどめた。農地法が農業関係者以外の構成員の議決権を総議決権の10分の1以下と定めていたためであった[8][9]。
資本の過半を握りながら経営の主導権は生産者側に置くという形は、制度上の制約への対応であると同時に、同社の選んだ関わり方でもあった。会社は当時、構造改革特区を使って自ら農業へ参入する外食企業もあるとしたうえで、本来的に農業生産地の活性化をめざすには企業が協働して体質を強化する共同出資方式が必要と判断したと説明している。生産の現場を担うのは農家であり、本部は資金と販路を持ち込む——役割の線引きが最初から引かれていた[10][11]。
欠品するトマトを自前で作る
新会社が最初に取り組んだのは、欠品の目立つトマトであった。静岡県菊川市の1.8ヘクタール、群馬県昭和村の1.8ヘクタール、群馬県沼田市の0.2ヘクタールの計3農場に、台風など天候による被害を受けない全天候型の耐候性ハウスを建設し、農地と土を接触させない隔離土耕などの技術を導入する。年間の収穫総量は約600トンを見込み、このうちチェーンで使用できる大きさのL型優良トマトは約180トンと計算されていた。作付けは2006年2月から始まり、本格的な稼働は2007年2月であった[12][13]。
この形は、外食企業の私的な調達策にとどまらないものとして扱われた。産地との連携手法が評価され、農林水産省の広域連携等産地競争力強化支援事業に国庫補助事業として指定を受け、補助金は約3億円にのぼる。規制緩和と生産者擁護の議論が平行線をたどるなかで、会社はこの事業を一般企業と産地との連携の形だと位置づけた。以後、モスファーム熊本を2013年4月、モス・サンファームむかわを2014年3月、モスファームすずなりを2014年4月に設立し、産地ごとの合弁を各地へ広げている[14][15]。
結果
10拠点まで広げ、そこで止まった自社農場
産地合弁は2010年代に入って数を増やした。2014年初めの誌面では、モスの契約農家は全国に約3000軒あり、モスバーガーで使う生野菜のほぼ全量を契約農家から調達していると伝えられている。自社系農場によるトマトの生産比率は当時1割未満で、将来は3割超まで高め、2017年度末をめどに全国10生産法人まで広げる目標が掲げられた。資金力の不足する農家を出資で支え、その代わりにモスへの出荷を優先してもらうという説明が、担当者からなされている[16][17]。
十数年を経た到達点は、当初の構想より控えめであった。産地合弁は2020年6月に設立した広島県の法人を最後に新規の設立が止まり、2024年末の時点で全国10拠点が営業を続けている。自社農場が生産するのはモスバーガーで使う野菜の約1割にとどまり、会社は自社ファームの収益が厳しいと明かしている。今後は外部の協力農家からの調達を増やす方針が示されており、生産そのものを抱える度合いを広げる路線からは距離が置かれた[18][19]。
- モスフードサービス ニュースリリース 2007年1月16日「農業生産法人サングレイスを設立 「食と農の連携」新しい農業の形」
- 週刊東洋経済 2014年1月31日号「【特集 強い農業】 PART2 企業が農業を変える モスフード 農家に任せる」
- 週刊東洋経済 2005年4月2日号「マーケティングの達人に会いたい 第73回 モスフードサービス ニッポンのバーガー匠味」
- 日経ビジネス電子版(2024年12月5日)「モスフード、自社農場の新規展開を休止 甘くない農業事業」
- 証券アナリストジャーナル 1986年「株式会社モスフードサービス」(日本証券アナリスト協会企業分析部会 1985年12月2日講演要旨)
- モスフードサービス 有価証券報告書(2006年3月期・連結)
- モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】