太平洋セメント石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回、セメント1トン3000円値上げへの切り替えと収益重視への価格政策転換

シェアを守るか、採算を取るか——13年ぶりの赤字が迫った値決めのやり直し

時期 2022年6月
意思決定者(推定) 不死原正文田浦良文 社長
論点 価格政策と国内セメント事業の採算
概要
石炭価格の急騰で13年ぶりの赤字に沈んだ太平洋セメントが、2022年から国内セメントの値決めを作り直した経営判断。石炭価格に連動するサーチャージ制度の導入をいったん表明したのち撤回し、1トン3000円の値上げと1年固定を選べる形に改めた。2024年の26中期経営計画では「シェア重視から収益重視への転換」を明記した。
背景
国内のセメント価格は供給過剰によるシェア争いで1980年度から長く下落し、2015年時点でも太平洋セメントは4年前に掲げた1トン1000円の値上げを「道半ば」としていた。そこへ2022年、ロシアのウクライナ侵攻とG7のロシア産石炭禁輸が重なり、石炭市況は1年強前の約4倍に跳ね上がった。
内容
2022年6月10日、石炭が1トン200ドルを超えた分のコストの9割を自動転嫁し、2カ月ごとに価格を見直すサーチャージ制度を9月から導入すると表明。しかし8月9日に全面導入を撤回し、価格改定を10月へずらしたうえで、1トン3000円値上げして1年間固定する選択肢を生コンメーカー側に用意した。
含意
2023年度は国内販売数量が減ったにもかかわらず国内セメントの営業損失が369億円から14億円へ縮み、連結営業利益は565億円へ回復した。2024年度には国内セメントが148億円の黒字に転じている。ただし石炭のC&F調達価格も340ドルから150ドルへ下がり続けており、値上げの効果だけを取り出すことは難しい。
筆者の見解

撤回された制度が示したもの

いちばん語るのは、2カ月で引っ込めたほうの案である。石炭が1トン200ドルを超えた分の9割を自動転嫁し、2カ月ごとに値段を見直す——太平洋セメントが最初に出したのは、交渉そのものを仕組みに置き換える案であった。それが生コンメーカーの「2カ月で価格が変わると困る」という一言で撤回され、代わりに出てきたのが1トン3000円・1年固定という、交渉の結果としての値段だった。国内シェア約39%を握る会社でも、取引先の商習慣までは動かせなかったとみることができる。

もっとも、採算が戻ったことと値決めが変わったことは同じではない。国内輸入石炭の調達価格は340ドルから210ドル、150ドルへ下がり続け、営業損失の縮小はその追い風と重なっている。販売数量は1313万トン、1295万トン、1233万トンと落ち続けており、価格を通した分だけ数量が減る関係も残ったままである。26中計が掲げた営業利益率10%以上に届くかどうかは、石炭が再び上がったときに同じ値段を保てるかにかかっている、といえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

通らなかった値上げの40年

国内のセメント価格は、長く下がる側にあった。供給過剰によるシェア争いが続き、1980年度から下落傾向をたどって2002年度にようやく下げ止まる。転機は2008年度で、中国の需要拡大により主燃料の石炭が7割超も高騰した。住友大阪セメントを筆頭に各社が出荷停止も辞さない構えで生コンクリート業者と交渉し、足並みをそろえて1トン1000円程度の値上げを取っている[1]

それでも値上げは通り切らなかった。2011年8月には東日本大震災の復興需要を追い風に2年ぶりの値上げに踏み切ったが、2015年4月の時点で太平洋セメントは「4年前に掲げた1トン当たり1000円の値上げは道半ば」と説明している。生コン業者は骨材の値上げを先に受け入れざるをえず、セメントの値上げ余地は限られる、というのが当時の見立てであった[2][3]

2022年、コストが4倍になる

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、日本を含むG7は4月からロシア産石炭に段階的な禁輸措置をかけた。需給が逼迫して石炭市況は急騰し、1年強前の約4倍に達する。セメント各社は2021年12月から2022年2月の出荷分に1トン当たり2000〜2400円の値上げを打ち出していたが、普通セメントの市中価格の上昇は前年比1000円ほどにとどまっていた[4]

数字はそのまま悪化した。2022年4〜6月期の国内セメント事業は64億円の営業赤字となり、2023年3月期には国内輸入石炭等の調達価格がC&Fで1トン340ドルまで上がる。国内セメントの営業損失は369億円、連結営業利益はわずか45億円、親会社株主に帰属する当期純損失は332億円となった。純損失は2010年3月期以来13年ぶりで、売上高営業利益率は0.6%、ROEはマイナス6.6%へ沈んだ[5][6]

決断

サーチャージ制度と、その撤回

2022年6月10日、太平洋セメントは9月からサーチャージ制度を導入すると表明した。石炭価格が1トン200ドルを超えた場合、そのコストの9割を販売価格へ自動的に転嫁し、価格の見直しを2カ月ごとに行うという内容である。地区別の協同組合との交渉では数百円上げるのも大変だと言われる商売で、交渉そのものを仕組みに置き換えようとした案であった[7]

ところが8月9日、会社は全面導入を撤回する。価格改定を10月へずらしたうえで、セメント1トン当たり3000円値上げした価格で1年間固定する選択肢も用意し、生コンメーカー側がサーチャージ制度とどちらを取るか選べる形にした。不死原正文社長は「生コンメーカーから、2カ月で価格が変わると困ると言われた」と説明している。生コンとゼネコンの間には、着工から完工まで価格を固定する商習慣があった[8][9]

シェア重視から収益重視へ

個別の値上げは、やがて計画の言葉に格上げされた。2024年5月14日に公表した26中期経営計画は、国内事業の再生の筆頭に「価格政策の抜本的見直し」を置き、「シェア重視から収益重視への転換」と営業利益率10%以上を明記した。需要減少による採算性悪化に対し、収益性重視の販売政策、コスト転嫁サイクルの短縮、カーボンニュートラル社会を見据えた中長期の価格水準の認識共有を挙げている[10]

前の中計の総括が、この転換を促していた。23中期経営計画は3年目の売上高営業利益率11%以上、ROE10%以上を掲げていたが、実績は6.4%と8.2%にとどまり、課題として「国内事業の収益力強化」が挙がった。26中計は2026年度に売上高1兆円以上、営業利益1000億円以上、営業利益率10%以上を置いている。あわせて2023年4月にはデンカのセメント販売事業を譲り受けた[11][12]

結果

数量は減り、採算は戻った

2023年度、国内の販売数量は1295万トンと前年度の1313万トンから減った。それでも国内セメントの売上高は2557億円から2952億円へ増え、営業損失は369億円から14億円へ縮んでいる。数量が落ちながら増収になったところに、価格が通った跡が残る。連結では営業利益565億円、親会社株主に帰属する当期純利益433億円となり、ROEはマイナス6.6%から8.2%へ戻った[13][14]

2024年度も同じ形が続いた。国内の販売数量は1233万トンへさらに減ったが、値上げと原価改善により国内セメントは148億円の営業黒字に転じている。連結営業利益は778億円、当期純利益574億円、売上高営業利益率は8.7%となった。輸出は255万トンから303万トンへ増えており、国内で減った分を混合セメントの輸出で補う組み立ても働いている[15][16]

追い風と実力の切り分け

ただし、同じ期間に石炭も下がった。国内輸入石炭等の調達価格はC&Fで2022年度の1トン340ドルから2023年度210ドル、2024年度150ドルへ下がり続けている。会社自身も2024年度の見通しについて「国内セメント事業は、輸入石炭等価格改善で営業利益増の見込み」と説明しており、採算改善のどこまでが値決めの成果かを数字だけで切り分けることは難しい[17][18]

需要の側は戻っていない。国内需要は2004年度の5908万トンから2023年度の3457万トンへ4割減り、26中計が掲げた営業利益率10%以上との差はなお残る。会社は価格政策とあわせて、輸出向け混合セメントに特化するキルンアロケーションや廃棄物処理の最大化、老朽化設備の更新を国内事業の再生の柱に並べており、値決めだけで採算を保つ構えではない[19][20]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2011年8月27日号「NEWS TOP4 03 セメント 2年ぶり値上げを断行 復興で強気のメーカー」
  • 週刊東洋経済 2015年4月24日号「価格を読む セメント 値上げ要請を継続でも顧客の生コン側は難色」
  • 週刊東洋経済 2022年10月1日号「ニュース最前線 03 石炭高騰でセメント苦境 柔軟な値上げを阻む商習慣」
  • 太平洋セメント 2023年度決算説明資料(2024年5月14日)
  • 太平洋セメント 2024年度決算説明資料
  • 太平洋セメント 26中期経営計画(2024年度〜2026年度)(2024年5月14日)
  • 太平洋セメント 有価証券報告書【沿革】
  • 太平洋セメント 有価証券報告書(連結)

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