高島屋の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

店を出すのに要る土地と内装と信用を、外部へ委ねず子会社に抱えた。売場の集客は地代と手数料を生むため、開発業者や金融機関へ渡せば利ざやは社外へ流れる。1963年12月に設立した東神開発は、1969年11月開設の玉川店で核店舗の周囲に商業施設を併設し、賃料を受け取った。内装工事は1961年10月に大阪証券取引所第2部へ上場した髙島屋工作所が引き受け、1986年8月設立の髙島屋クレジットが買い物客への信用供与を担った。この並びから外れたのが二つの旗艦店で、1991年11月に新宿店の出店を公表したが、敷地は千駄ケ谷の借地だった。1997年7月にはJR東海との共同出資で名古屋駅へ出店すると決まったが、高島屋の負担は資本参加とロゴの提供にとどまった。外部へ払うはずだった地代と工事代と手数料が社内に残り、百貨店以外の収益源を生んだ。

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