この和解の重さは、支払った金額よりも、責任の書かれ方にあっただろう。高島屋の和解条項は、その逃げ道を正面から塞いだ。判例としては残らなかったものの、実質的には原告側の主張がほぼ通った決着であり、経営トップの無責任な体質に対する警鐘として受け止められた。
株主総会の公開を会社が約束した点も、当時としては前例のない対応だった。総会屋との関係は、総会を閉じた場に保つことで成り立ってきた側面がある。外部の目を入れると決めたことは、その前提そのものを崩す選択であり、費用の返還よりも構造に手を入れる措置だったといえる。もっとも、制度を作ることと、それが実際に機能し続けることは別の問題である。この和解が本当に企業経営を変えたのかどうかは、その後の日本企業の不祥事史のなかで問われ続けている。