飯田新一
高島屋・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
1934年3月に早稲田大学専門部を卒業し、1941年3月に高島屋へ入社した。1948年10月に理事、1952年8月に大阪支店長、同年9月に取締役へ進み、1954年10月に常務取締役、1956年10月に代表取締役専務取締役となった。大阪支店長に就任した翌月に取締役へ上がっており、入社から取締役まで11年、社長就任まで19年だった。社長在任中は横浜高島屋の取締役社長も兼ねている。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1960年10月、飯田慶三氏の後任として社長に就任した。飯田慶三氏は1926年に慶應義塾大学法学部を出て同年6月に入社し、1943年9月に代表取締役専務、1952年2月に社長を務めたのち、同じ1960年10月に取締役会長へ回っている。同じ役員欄に並ぶ北岡源太郎氏は入社から取締役まで26年、太田鐐二氏は32年、山谷一雄氏は38年を要したのに対し、飯田新一氏は11年、飯田鐵太郎氏は12年で取締役に就任した。創業家の飯田姓を持つ2人が役員任用で先行していたとみられる。
在任中の主な施策
施策
就任から3年後の1963年12月、商業施設の開発運営を担う東神開発を設立した。1969年11月に開いた玉川店では核店舗の周囲に商業施設を併設し、賃料を受け取る形を採っている。単体の売上高は1963年2月期の544億円から、1970年2月期に1,296億円、1975年2月期に2,657億円、1981年2月期には4,146億円へ伸びた。経常利益は1975年2月期の60億円から1981年2月期に106億円となった。
新宿へ旗艦店出店総会屋利益供与訴訟が和解JR東海と名古屋出店在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1941〜1960年
在任中の業績 FY59→FY01
就任前-
退任時(FY01)12,059億円
変化-
就任前-
退任時-
変化-