パルコの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

自ら商品を持たないと決めたことが、以後の判断をすべて規定している。1969年6月に店を閉じ、11月の池袋パルコ開店で商品を仕入れて販売する立場からテナントに場所を貸す立場へ移った。1973年6月には駅から900メートル離れた坂の上に渋谷パルコを開設し、公園通りの整備と広告で坂を上る行為そのものに値をつけた。広告宣伝費はテナント売上高合計の3%と定め、パルコとテナントで2対1に分担する。核となる百貨店を置かない専門店の集合体では、広告そのものが集客の機能を担ったからである。仕入をやめた代わりにテナントから預かった保証金は112億円へ達し、固定負債の70%強を占める無利息の資金が出店の速度を支えた。

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