消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換
商品を仕入れて売る百貨店型から、家賃収入を軸とするショッピングセンター型へ——丸井は店舗の稼ぎ方をどう作り替えたか
更新:
- 概要
- 2015年3月期から2019年3月期にかけて、丸井グループは青井浩社長のもとで、商品を仕入れて売る消化仕入れ中心の百貨店型から、定期借家契約で家賃収入を得るショッピングセンター型へ小売事業を作り替えた。
- 背景
- バブル崩壊後の小売低迷と若者のファッション消費の縮小で、商品を売って粗利を取る従来型は伸びを欠いていた。消費者の関心がモノの所有から体験へ移り、店頭で在庫を抱えて売る前提そのものが揺らいだ。
- 内容
- 取引先との契約を消化仕入れから定期借家へ切り替え、テナントから受け取る家賃を小売収益の柱に据えた。フリマアプリやD2Cなど商品を売らないテナントを積極的に招き、店舗を集客と体験の場に変えた。
- 含意
- 5年で定借と消化仕入れの比率が逆転し、店舗収益は売上高の変動に左右されにくいものへ変わった。エポスカードの金融収益と並ぶ、収益基盤の一本足からの脱却を小売の側で支える柱となった。
売る場から、人が集まる場へ
この転換の核心は、商品を売って粗利を稼ぐという小売の当たり前を手放し、店舗を人が集まる場として貸し出す側へ回った点にある。丸井は都心の一等地に自前の店舗を構える強みを、商品の販売力ではなく集客力そのものとして値づけし直した。2003年の組織改革をトップダウンで断行して社員の信頼を損なった経験を踏まえ、青井浩社長は同じ轍を避け、現場との対話を重ねながら5年をかけて契約形態を入れ替えた。急がず、しかし後戻りせず作り替えた点に、対話型経営を掲げた経営者の一貫性がうかがえる。
定期借家の家賃とエポスカードの金融収益を組み合わせることで、丸井は特定の収益源が景気や規制で反転するもろさから距離を取った。かつてキャッシングの高収益に依存し、改正貸金業法の施行後に15年にわたる損失処理を重ねた記憶が、収益基盤を分散させる判断の底流にある。もっとも、商品を売らない店が人を集め続けられるかは、テナントの顔ぶれと体験の質に左右され続ける。店舗を持つ小売が、モノを売らずに何を提供して稼ぐのか——丸井の転換は、その問いに一つの答えを示しつつ、答え続けることを求める選択でもあった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
売って粗利を取る百貨店型の行き詰まり
丸井の小売は、商品を仕入れて店頭で売り、その粗利を稼ぐ百貨店型を長く続けてきた。しかし1993年にバブル崩壊の影響で26期連続増収増益の記録が途絶えると、小売事業は長期の低迷に入る。若者の高額ファッション消費が縮み、無印良品やユニクロに代表される低価格・高品質の業態が台頭するなかで、DCブランドと分割払いを組み合わせた従来型は伸びを欠いた。都心型百貨店としての競争力は年々弱まっていた[1]。
消費者の関心も、モノを所有することから、店で過ごす時間や体験へ移っていた。ネット通販が日用品や定番品の販売を取り込み、店頭に在庫を抱えて売る前提は揺らぐ。青井浩社長は、店舗を商品の売り場から人が集まり体験する場へ変えなければ都心店は生き残れないと考え、販売収入だけを前提とする事業のかたちを自ら変える必要があると判断した。売上高の増減に業績が直結する消化仕入れの構造から抜け出すことが、小売再建の条件になっていた[2]。
決断
消化仕入れから定期借家への切り替え
2005年に社長へ就いた青井浩氏は、2003年の組織改革の挫折を踏まえ、トップダウンの制度変更ではなく現場との対話を経営の中心に据えた。その青井浩社長が小売再建の柱に選んだのが、仕入れ販売方式から賃貸型への転換であった。丸井は2015年3月期から、取引先との契約を消化仕入れから定期借家契約へ切り替え、テナントから受け取る家賃を小売収益の柱に据える方針を明確にした[3][4]。
消化仕入れでは、丸井が取引先の商品を店頭に預かって売り、売れた分だけ仕入れを立てる。売上高は店頭の販売額を映すため、景気や流行で振れやすい。定期借家では、丸井はテナントに区画を貸して家賃を受け取り、売上高には商品の販売額ではなく家賃が立つ。契約に基づく家賃は景気の波に左右されにくく、青井浩社長は固定費を抑えつつ安定した収入を得る形へ、小売の稼ぎ方そのものを変えた[5]。
結果
5年で逆転した定借比率と「売らない店」
転換は2015年3月期から5年かけて進み、2019年3月期にほぼ完了した。2014年3月期には売り場の約7割が消化仕入れで、定期借家は1割にとどまっていたが、2019年3月期には定期借家が8割、消化仕入れが2割へと比率が逆転する。契約を家賃収入を軸とする定期借家へ切り替えたことで、丸井の店舗収益は数年分の家賃で下支えされ、商品の売れ行きに直結しないものへ変わった。連結の売上高は2015年3月期の4049億円から翌期に縮むが、これは店頭の販売額に代わって家賃が売上高に立つ会計上の変化を映していた[6]。
空いた売り場に、丸井は商品を売らないテナントを積極的に招いた。フリマアプリのメルカリやネットショップ作成のBASE、ネット発のD2Cブランドが実店舗を構える場として区画を貸し、飲食や体験型の店も増やす。来店客はその場で商品を持ち帰るより、試着や相談で品定めをし、購入はオンラインで済ませることが増えた。丸井の店舗は商品を売る場から、体験と接点を提供して家賃とエポスカードの利用を生む場へ変わった[7]。
- 丸井グループ 有価証券報告書【沿革】
- 日経クロストレンド(2021年7月12日)「異形の小売り『丸井グループ』の全貌 『売らない店』で勝てる理由」
- 日経ESG(2025年11月2日)「丸井グループ、『売らない店』で稼ぐ」
- 丸井グループ 有価証券報告書(2015年3月期・連結)