1717年〜 京都伏見の大文字屋から四都に店を構える豪商へ
- 1717年下村彦右衛門正啓が京都伏見に呉服店「大文字屋」を開業
- 1726年大阪・心斎橋筋に出店
大丸の業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
享保二年の大文字屋と、四都への出店
大丸の始まりは享保2年(1717年)、下村彦右衛門正啓氏が京都伏見に開いた呉服店「大文字屋」にさかのぼる。9年後の享保11年には大阪の心斎橋筋へ進出し、続いて名古屋・京都・江戸大伝馬町に店を構えた。名古屋店では屋号を大丸屋と称し、以後は「大マル」の商標のもとで家業を継いだ。ひとつの家が四つの都市に店を持つ構えは、江戸期の呉服商としては大きな部類にあたる。上方で仕入れて江戸で売るという当時の商いの流れを、大丸は自前の店だけでつないだ。明治維新の後、大丸はこの個人経営を会社組織へ改める。 [1][2]
- [1]享保2年(1717年)に下村彦右衛門正啓が京都伏見で呉服店を開業。享保11年に大阪心斎橋筋へ進出し、次いで名古屋・京都・江戸大伝馬町に店舗を開設した
- [2]名古屋店では「大丸屋」と称し、以後「大マル」の商標のもとに家業を継承した。明治維新後は個人経営から会社組織へ改めた
同業の顔ぶれと並べると、大丸の創業年は江戸期のなかほどにあたる。松坂屋の前身である「いとう呉服店」が慶長16年(1611年)、白木屋が寛文2年(1662年)、三越の前身の越後屋が延宝元年(1673年)、そして高島屋が天保2年(1831年)である。後年の百貨店の主要各社は、いずれも呉服店を前身に持つ。『会社銀行八十年史』はこれを「わが国の百貨店の大きな特徴」と書いた。大丸が特異だったのではなく、この業種の全体が江戸の呉服商から立ち上がっている。百貨店の歴史を語るとき、創業の古さそのものは各社の差にならない。差がつくのは、呉服店から百貨店へ移る速さと、その移り方だった。 [3][4]
- [3]呉服店起源の系譜は松坂屋の前身いとう呉服店=1611年、白木屋=1662年、三越の前身越後屋=1673年、大丸=1717年、高島屋=1831年
- [4]「松屋、伊勢丹等著名百貨店の大半が呉服店から転身したということは、わが国の百貨店の大きな特徴をなしている」
- [1]享保2年(1717年)に下村彦右衛門正啓が京都伏見で呉服店を開業。享保11年に大阪心斎橋筋へ進出し、次いで名古屋・京都・江戸大伝馬町に店舗を開設した
- [2]名古屋店では「大丸屋」と称し、以後「大マル」の商標のもとに家業を継承した。明治維新後は個人経営から会社組織へ改めた
- [3]呉服店起源の系譜は松坂屋の前身いとう呉服店=1611年、白木屋=1662年、三越の前身越後屋=1673年、大丸=1717年、高島屋=1831年
- [4]「松屋、伊勢丹等著名百貨店の大半が呉服店から転身したということは、わが国の百貨店の大きな特徴をなしている」
掛売りを廃し全商品に正札を付けた売り方
下村彦右衛門正啓氏は、それまでの掛売りをやめて全商品に正札を付けた。掛売りは客の信用を見て値を決める売り方で、客ごとに価格が違う。正札販売はその余地を消す。『会社銀行八十年史』は「当時としては画期的な改正であり義商として知られた」と記している。値決めを店員の裁量から外すこの一手は、後に百貨店が不特定多数の客をさばく前提にあたる。四つの都市に広げた店のすべてで値を揃えるには、店ごとの判断を許さない仕組みが要る。正札は商いの倫理であると同時に、離れた店を束ねる技術でもあった。同書が大丸を「義商」と呼んだのは、この二面のうち前者を見たからである。 [5]
- [5]「この間正啓氏は従来の掛売りを廃し、全商品の正札販売を行つた。これは当時としては画期的な改正であり義商として知られた」
ただし、この時期の大丸について手元の資料が語ることは多くない。1717年から明治維新までのおよそ150年について、『会社銀行八十年史』の大丸項が書いているのは四都への出店と正札販売の2点だけである。江戸期の大元方制度や長崎での糸割符、両替商の兼営といった論点は、自社が編んだ『大丸二百五拾年史』(1967年)の目次に章として立っているものの、本文は未入手にとどまる。この区間の記述が薄いのは資料が無いためであって、出来事が無かったためではない。江戸期の大丸がどう資金を回し、どう離れた店を統べたかは、社史の本文を得てから書き足すべき部分として残る。 [6]
- [6]『大丸二百五拾年史』(1967年、大丸二百五十年史編集委員会編)の目次には「大元方制度と諸帳簿」「長崎本商人と糸割符」「両替商」「御用金と火難」の各章が立つが、本文は未取得
- [5]「この間正啓氏は従来の掛売りを廃し、全商品の正札販売を行つた。これは当時としては画期的な改正であり義商として知られた」
- [6]『大丸二百五拾年史』(1967年、大丸二百五十年史編集委員会編)の目次には「大元方制度と諸帳簿」「長崎本商人と糸割符」「両替商」「御用金と火難」の各章が立つが、本文は未取得