物言う株主の要求を退けて独立を守った事例として読むと、この攻防の性格を取り違える。パルコが差し出したのは資本でも事業でもなく、社長の職であった。平野秀一社長は自らの退任を対価に、経営陣の総入れ替えと子会社化を封じ、会社の形をひとまず保っている。提案が総会前に取り下げられたのは、社長ひとりを替えれば矛を収めるという線を森トラストが受け入れたからであった。トップの首が交換材料になりうることを、この決着は示している。
もっとも、守られたものは長くは続かなかった。2011年5月に確保した独立は1年あまりで終わり、2012年8月にJ.フロント リテイリングが親会社となった。イオンを退けた判断そのものが誤りだったとまでは言えないにせよ、この攻防で得られたのは独立ではなく、組む相手を選ぶ余地であったとみられる。