松坂屋の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

危機のたびに、店ではなく当主のほうを外して生き延びてきた。1941年に名古屋店が価格統制令違反に問われると、検事局が社長辞任を条件に会社の罪を問わないと決めたため、16代伊藤次郎左衛門祐茲氏は社長を退任して専務の北沢平蔵氏へ譲った。1947年7月には財閥解体を避ける代償として伊藤家の持株会社である伊藤産業合名を吸収合併し、同年12月に株式を公開する。1985年には創業家が経営から外れ、1997年10月には総会屋への利益供与事件で経営陣が退任した。当主の座と所有を順に譲ったことが、店と屋号を2007年まで残した。

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