この事案の芯にあるのは、上場企業として市場の規律に服する立場と、電力という社会基盤を担う立場が、一つの会社のなかで衝突した点であった。民営化は国の後ろ盾を外して自律経営を促す選択であったが、外国人株主に開かれた資本構成は、同時に増配や資本効率の徹底を迫る圧力も呼び込んだ。その圧力を、政府は外為法という規制で押し戻した。市場開放の帰結を、開放を主導したはずの国が制度で制御し直したという、ねじれを含む場面であったと思われる。
外為法の対内直接投資規制が外国投資家に発動された初の例として、この判断は制度史に位置を占めた。以後、重要インフラや技術をめぐる対内投資の審査は運用が強まり、経済安全保障を掲げた制度整備へとつながっていく流れが生じた。ただ、どこまでを"公の秩序"の名で外資に閉ざすかは、資本を広く呼び込む方針と絶えず緊張をはらむ。開かれた市場と守るべき基盤の線引きは、この一件を経てなお問われ続けているのだろう。