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事業の分社化
日本の分社は、事業を捨てる手続ではなく新しい産業を興す手続として始まった。豊田自動織機の自動車部はトヨタ自動車として独立し、大日本セルロイドの写真フィルム部門は富士フイルムとなった。富士電機は通信機部門を富士通信機製造として切り出し、その富士通の制御部門がファナックとして分かれている。三菱重工業も自動車部門を三菱自動車工業として設立した。1990年代に意味が反転する。円高と過当競争で本体が抱えきれなくなった事業に、分社は退出路を用意した。NECは主力の半導体をNECエレクトロニクスへ移し、東芝は稼ぎ頭の半導体メモリを手放した。現在の分社は資本の入れ替えを伴い、ENEOSはJX金属を分離上場させた。事業を育てるために分けていた会社が、株主に返す価値を計るために分けるようになった。
財務諸表のどこを見るか
セグメント情報を年をまたいで並べ、区分が消えた年を特定する。分社であれば区分は残って連結の内側へ移り、売却なら区分ごと落ちる。会社分割は企業結合等関係の注記に載り、承継させた資産・負債の内訳と移転損益の有無、対価が株式か現金かが書かれている。連結の範囲の変更には子会社の異動として社名が並び、持分を一部だけ残した場合は非支配株主持分か持分法投資損益へ切り替わる。手取り額は投資活動の連結の範囲の変更を伴う子会社株式の売却による収入で押さえる。
2020年代
襟川恵子氏の資産運用 本業と並ぶ収益源に育った運用益による開発の当たり外れの吸収 JX金属の分離上場 石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し ソニーFGをスピンオフ 株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し テクセンドの東証上場 半導体フォトマスク事業の分社化と、プライム市場への切り出し上場 鴻海からの出資受け入れ検討 自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放 ベイカレントに商号変更 持株会社体制への移行とテクノロジー事業会社の分離 オートモーティブシステムズ譲渡 全株式を手放しつつ持株会社に2割を残す形での車載事業の切り出し 凸版印刷からフォトマスク事業承継 無対価での事業承継と、投資ファンドによる49.9%取得 会社分割案の株主総会否決 2分割で自力再建を図る構想の提示と、支持を得られぬまま迎えた2022年の破談 日鋼MECへ吸収分割 素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併 パワーグリッドとミライズへ分社 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 東北電力ネットワークへ分社 発送電の法的分離を受けた送配電部門の切り出しと別会社化
2010年代
鉄道事業を東急電鉄に分社 商号の変更と、鉄軌道業を切り出した持株会社体制への移行 ベイン連合が東芝メモリ取得 親会社からのメモリ事業の切り出しと、キオクシアとしての独立 東芝メモリ(現キオクシア)分離 稼ぎ頭であった半導体メモリ事業の切り出しと売却 日立から分離しKKR買収 親会社からの分離と非公開化、会社分割による成膜事業の承継 BANDAI SPIRITS集約 ハイターゲット事業を一つの会社へ束ね直すグループ内の事業再編 コンテナ船事業をONEに統合 邦船3社による共同出資会社の設立と、定期船事業の自社運営からの離脱 ルクサをKDDIへ売却 EC事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理 アミューズメント施設撤退 事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し 飲料子会社の単独上場 親会社を非公開に保ったまま、傘下の事業会社だけを東証一部へ送り出す形 ソニーから分離独立 ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管 ハウスコムの単独上場 賃貸仲介子会社の単独上場と、14年後の親子上場の解消 シュクレイによる首都圏ギフト展開 別会社を立てて東京駅・空港の手土産市場を取りにいくプチ・ギフト戦略 川崎・大江山を吸収合併 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 三菱商事・日揮の資本参加 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社
2000年代
フジテレビジョン新設分割 認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足 ジャスダックへ上場 新興企業向け証券取引所への上場と、株式公開企業への移行 郵政民営化でのゆうちょ銀行開業 国営の郵便貯金事業を条件付きの銀行免許で民間銀行へ移した選択 ソフトバンクからの資本独立 資本の切り離しとSBIブランドの確立 日立古河建機を譲渡 建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編 持株会社制への移行 事業6社への会社分割 ピタットハウス等4社へ分社 会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社 阪急ホールディングスへ移行 会社分割による全事業の新設会社への移管と、純粋持株会社体制への移行 マクニカネットワークス設立 ネットワーク事業の分社化による独立した運営体制の確立 会社分割で間組設立 建設事業の切り出しと承継会社への移管という組織再編 ヤマトスチールを設立 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 タカラバイオ分社 持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割 NECエレクトロニクス設立 主力事業だった半導体の分社化と、本体からの切り離し ユニバーサル造船へ譲渡 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 IHIマリンユナイテッド設立 造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行 新日本製鐵の事業譲受 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 芝浦自販機へ事業移管 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 セイコーウオッチの設立 持株会社体制への移行と、祖業であるウオッチ事業の切り出し 東映子会社のまま上場 親会社の傘下にとどまったままの店頭公開と、自前の資金調達手段の獲得 まぐクリックの上場 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立
1990年代
NTTコミュニケーションズ設立 再編で生まれた新会社を足がかりとする国際通信への進出 タマホーム創業 創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 野田順弘の東証二部上場 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 ダイワボウ情報システム上場 子会社の東証2部上場と、そこから生じた親子上場のねじれ ニップン冷食を設立 冷凍食品製造部門の切り出しによる専業体制の構築 瀬谷博道の疑似分社制導入 意思決定の遅さからの脱却を狙った事業単位への権限移譲 美川英二の解雇なきリストラ 人員整理に頼らずに進めた収益構造の立て直しと、雇用を守る経営路線の選択 日鉱金属を分離設立 金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場 多角化路線の見直し 2期連続の減益を受けた事業の絞り込みと、減量経営への転換
1980年代
1970年代
イトーヨーカ堂傘下で上場 親会社が過半を保有したままの東証二部上場、いわゆる親子上場の選択 ショーボンド化学へ分社 製造・研究を切り離しての補修専業への集中 三井ホームなど2社を設立 住宅の企画と販売を担う機能別子会社の分離による、土地依存からの転換 石炭部門を池島炭鉱へ譲渡 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ コトブキ設立による分散立地 地域別子会社による分散立地——観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ稼ぎ方の原型 富士通「3C構想」から分社 親会社の制御部門を切り出して立てたNC専業メーカーの創業 野村證券から不動産部門分離 不動産部門を二社に分けた末の、野村住宅産業(現・野村不動産)の設立 三菱自動車工業を分離設立 自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発 クライスラーとの提携 自動車部門の分離独立と、米大手を迎え入れての船出 常磐湯本温泉観光を吸収合併 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更
1960年代
1950年代
1940年代
1930年代
トヨタ自動車工業を分離 織機会社の内部で興した自動車事業の分離独立 三井物産造船部から分離 商社の一部門からの独立と、造船専業会社としての新たな出発 豊田自動織機からの独立 織機メーカーの自動車部を母体とした国産量産車の事業化 日本碍子から分離独立 点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門を引き継いだ独立会社の発足 市村清への経営一任 感光紙部門の分離独立と、一人の男に全てを預けた経営の委託 富士通信機製造の設立 通信機部門の本体からの切り離しと、独立した会社としての船出 大日本セルロイドから分社 国策助成金を得ての写真フィルム専業会社としての出発 久留米の足袋商から創業 家業の商いを土台に踏み出した国産自動車タイヤメーカーへの転身 輪西製鉄を分離設立 製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中