上場企業の経営論点>資本市場・株主

株式上場

日本企業の株式公開は、資金を集めるより先に、持ち主を入れ替える手続として使われてきた。集中排除法が旧財閥の事業を切り離した戦後、三井鉱山から分かれた神岡鉱業は独立と同時に東証へ上場した。高度成長期の後、公開は親会社が子会社の価値を現金化する手段になる。イトーヨーカ堂はセブン-イレブン・ジャパンを過半支配のまま東証二部へ出し、NTTはドコモを上場させて資金を得ながら支配を残した。2010年代には投資ファンドの出口が加わり、すかいらーくがベイン傘下で東証へ戻った。資金需要のない会社まで市場へ出た。電通は創業100年で東証一部へ、出光興産は個人商店を理想としてきた末に公開へ踏み切った。民営化も同じ手続を借り、日本郵政はゆうちょ・かんぽと3社同時に上場した。東証は資金の集散地であると同時に、株主名簿を書き換える場として働いてきた。

財務諸表のどこを見るか

発行済株式総数と資本金等の推移から入る。公募増資であれば資本金と資本準備金が同額ずつ増え、売出しだけなら双方とも動かない。前者は会社へ金が入り、後者は既存株主の持分が現金化される。所有者別状況で外国法人等と個人の比率を追い、大株主の状況で親会社やファンドの持分がどこまで薄まったかを見る。親会社を持つ会社には親会社等に関する事項と関連当事者取引の注記があり、取引条件の決め方まで書かれている。調達額そのものは連結キャッシュ・フロー計算書の財務活動区分、株式の発行による収入で確かめられる。

2020年代

2026年 ムニノバHD 持株会社ムニノバへ移行 44年続いた「アイフル」上場銘柄の終焉と、純粋持株会社体制への移行 2025年 TOPPAN(凸版印刷) テクセンドの東証上場 半導体フォトマスク事業の分社化と、プライム市場への切り出し上場 2024年 キオクシアHD 東証プライムへ上場 一度中止した募集の4年越しの組み直しと、公開価格1,455円での株式公開 2023年 ゆうちょ銀行 日本郵政の第2次売出しと自己株取得 1,500億円の自己株式取得で親会社の持分を約89%から61%へ下げ、新規業務の認可規制が外れる要件へ近づいた選択 2022年 日本オラクル スタンダード市場へ移行 東証再編を機としたプライム市場の見送りという上場区分の選択 2022年 ソシオネクスト プライム上場と資本独立 富士通・パナソニック・日本政策投資銀行という親会社株主からの離脱 2022年 サンウェルズ PDハウス展開へ上場 パーキンソン病専門住宅の全国展開に向けた東証グロース市場への株式公開 2021年 リガクHD カーライルとの共同出資 ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す形での資本再編 2021年 ビジョナル 持株会社化とマザーズ上場 新設した持株会社の下への事業会社の再配置と株式公開 2021年 三井海洋開発 三井E&Sの持株一部売却 発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配

2010年代

2018年 ワールド 上山健二の東証一部再上場 MBOで市場を去ってから13年、非公開経営を終えての公開市場への復帰 2017年 ジャパンエレベーターサービスHD マザーズへ株式上場 創業家が過半を持ち続けたままの株式公開と、支配権を手放さない資金調達 2017年 SGHD 東証一部への上場 創業60周年に果たした、2017年最大規模となる株式公開 2016年 LINE 東証・NYSE同時上場 韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 2016年 ベイカレント 東証マザーズへ上場 PEファンドの出口として設計された、投資回収のための株式公開 2016年 カチタス リプライスの完全子会社化 同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保 2016年 九州旅客鉄道 経営安定基金の取崩しと上場 鉄道資産の一括減損を先に済ませ、自立を前提に踏み切った東証一部への株式公開 2015年 ケイアイスター不動産 地場住宅会社を連続買収 東証2部への上場と1年での1部指定、調達資金を同業の取り込みに振り向けた全国展開 2015年 デクセリアルズ ユニゾン・キャピタルが投資回収 東証一部への再上場と、PEファンドによる保有株式の売却 2015年 日本郵政 ゆうちょ・かんぽ同時上場 親子3社を一度に市場へ出す最後の大型民営化 2014年 すかいらーくHD ベインキャピタル傘下で再上場 投資ファンド傘下で進めた経営再建と、八年ぶりの東証復帰 2014年 リクルートHD 峰岸真澄体制で株式公開 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 2014年 西武HD サーベラスのTOB阻止 TOB阻止と東証一部への再上場 2013年 オープンアップG 東証一部へ市場変更 ジャスダックから最上位区分まで、6年半をかけた段階的な格上げ 2013年 サントリービバレッジ&フード 飲料子会社の単独上場 親会社を非公開に保ったまま、傘下の事業会社だけを東証一部へ送り出す形 2013年 東急不動産HD 東急リバブル等三社を非公開化 持株会社体制への移行と、東急コミュニティーを含む三社の一斉上場廃止 2013年 ペプチドリーム マザーズ上場 創業7年での公開と、製薬大手への技術提供を収益源に据える体制 2013年 めぶきFG 預金保険機構による民営化 足利銀行全株式の取得と、東証一部への直接上場による再出発 2013年 トーセイ シンガポール証券取引所上場 メインボードへのセカンダリー上場による、東証との同時上場 2012年 全国保証 東証一部へ新規上場 公募増資による資金調達と、公開市場での値付けを受け入れる立場への移行 2011年 ネクソン 東京証券取引所への上場 韓国発祥のオンラインゲーム会社としての資金調達基盤の獲得 2010年 大塚HD 持株会社化と東証上場 公募・売出約2200億円を集めた、同業に大きく遅れての株式公開 2010年 第一ライフG 東証一部へ上場 108年続いた相互会社の解体と、株式会社への組織変更

2000年代

2009年 カルビー カーライル・ペプシコとの資本提携 外部資本を迎え入れた業務提携と、東証一部への上場 2009年 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティと統合 分かれていた乳業二社を一つにした雪印メグミルクの発足 2008年 ヒューリック 日本橋興業から改称し上場 東証一部の市場に立つ会社となった、ヒューリックとしての再出発 2008年 ウエルシアHD グローウェルホールディングス設立 ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転による持株会社の発足と東証二部上場 2008年 ホシザキ 坂本精志体制での株式公開 創業61年目にしての株式公開と、二つの市場への同時上場 2008年 セブン銀行 ジャスダックへ上場 新興企業向け証券取引所への上場と、株式公開企業への移行 2006年 MIXI 東証マザーズへ上場 時価総額2,221億円という評価を得た資本市場デビュー 2006年 神戸物産 沼田昭二の無借金株式公開 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2006年 MonotaRO 東証マザーズへ上場 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と、それに伴う株式公開 2006年 野村不動産HD 東証一部に上場 独立した不動産持株会社としての船出と、株式公開による資本市場入り 2006年 シップヘルスケアHD セントラルユニを買収 東証二部上場と、買収を通じた院内設備事業の新たな取り込み 2006年 ポーラ・オルビスHD 鈴木郷史の持株会社化 事業会社の上に器を置いたままの、東証一部への直接上場 2006年 出光興産 東証一部へ上場 個人商店を理想としてきた会社の、公開市場への踏み出し 2006年 そごう セブン&アイ傘下入り 株式上場の断念と評価額2000億円 2005年 SUMCO SUMCOへ商号統一 旧社名を捨てた商号の一本化と、東証一部上場による資本市場入り 2004年 エバラ食品工業 ジャスダックへ上場 店頭登録を経て取引所市場へ移った株式公開 2004年 GMOペイメントゲートウェイ GMOグループ傘下入り 資本の傘を得たうえで進めた同業の決済代行2社の連続取得 2004年 アルバック 東証一部上場で資金調達 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 2003年 石油資源開発 石油公団株の売り出しで上場 東証一部上場の実現と、開発会社統合構想からの離脱 2003年 安藤・間 会社分割で間組設立 建設事業の切り出しと承継会社への移管という組織再編 2003年 ディップ ヤフー依存からの脱却 提携解消の通告を受けた上場の辞退と、一本足の集客からの離脱 2003年 博報堂DYHD 大広・読売広告社と経営統合 三社を一つの共同持株会社の下に置く、博報堂DYホールディングスの設立 2003年 セイコーエプソン 東証一部へ株式上場 非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行 2003年 あおぞら銀行 米サーベラス筆頭株主化 ソフトバンク保有株の売却を経た普通銀行への転換と再上場 2003年 東京センチュリー 東証二部上場 設立から34年を経ての株式公開と、市場からの資金調達への道筋づくり 2003年 YKK 非上場と社員持株の継続 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2002年 システナ ナスダック・ジャパン上場 システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保 2002年 エディオン デオデオ・エイデンの株式移転 共同持株会社エディオンの設立と、三市場一部への上場 2002年 竹内製作所 JASDAQへの登録上場 登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行 2002年 ユナイテッドアローズ 自主企画レーベルで東証上場 複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年 パイロットコーポレーション 髙橋清の持株会社設立 3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2001年 パソナG ナスダック・ジャパンへ上場 新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開 2001年 日鉄ソリューションズ 新日本製鐵の事業譲受 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場 2001年 電通G 東証一部への上場 創業から100年を経ての株式公開——資金需要のないまま選んだ資本市場入り 2000年 はごろもフーズ 東証2部へ上場 創業から69年を経て踏み切った株式公開と資本市場からの調達 2000年 サイバーエージェント マザーズ上場後に株価暴落 ITバブルの頂点で公開に踏み切ったことによる時価の急落 2000年 電通総研 電通・米GE合弁の上場 二社の親会社を抱えたまま踏み切った東証一部への株式公開 2000年 東映アニメーション 東映子会社のまま上場 親会社の傘下にとどまったままの店頭公開と、自前の資金調達手段の獲得 2000年 壱番屋 浜島俊哉への社長承継 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 2000年 スカパーJSAT ディレクTVの救済統合 ライバル 東証マザーズ上場 2000年 GMOインターネットG まぐクリックの上場 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立

1990年代

1999年 日本オラクル 完全子会社のまま日本上場 米本社の傘下にとどまったままの単独株式公開という異例の選択 1999年 AREHD 株式店頭公開 貴金属リサイクル専業の姿のままでの、外部資本への門戸開放 1999年 GMOインターネットG JASDAQへの店頭公開 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 1998年 電通G 組織改革と上場布石 3つの構造変化に直面した営業局の組み替えと、株式公開・海外展開への備え 1998年 オービック 野田順弘の東証二部上場 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1998年 トレンドマイクロ 米国買収を避け株主還元 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1998年 オリックス NYSEへ上場 外部の市場規律を経営に取り込むことを目的とした海外市場での株式公開 1998年 NTT NTTドコモの株式上場 稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 1997年 ダイワボウHD ダイワボウ情報システム上場 子会社の東証2部上場と、そこから生じた親子上場のねじれ 1996年 ユニオンツール 東証二部に上場 店頭登録から2年後の一部指定へ進む資本市場での歩みと香港子会社の設立 1995年 MARUWA マレーシア第3工場建設 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金による海外第3工場への増産投資 1994年 IDOM 羽鳥兼市の買取専業創業 中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場 1992年 ジャパンエナジー 日鉱金属を分離設立 金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場 1991年 SANKYO 商号をSANKYOに変更 三共産業を存続会社とする吸収合併にともなう社名の一新

1980年代

1970年代

1950年代

1940年代

資本市場・株主のほかの問い

問いの一覧へ戻る