スカパーJSATライバル ディレクTVの救済統合と東証マザーズ上場

累損を抱えたまま市場に出るか——第三極を引き受けながら資金を取りにいった選択

時期 2000年3月
意思決定者(推定) スカイパーフェクト・コミュニケーションズ 取締役会 株式公開の指揮は中馬啓介 財務担当常務
論点 資本政策と競争構造
概要
2000年3月2日、日本デジタル放送サービス(スカイパーフェクTV)はライバルのディレクTVを統合すると発表し、同年10月20日に東証マザーズへ上場した。デジタルCS放送のプラットフォームは事実上一本化された。
背景
1998年の合併でスカイパーフェクTVが発足したあと、ディレクTVとの加入者差は開く一方であった。筆頭株主の米ヒューズ・エレクトロニクスは2000年初めに日本からの撤退を決め、第三極の受け皿が要る状況が生まれていた。
内容
統合を受け入れる見返りに、ヒューズは日本法人を通じて6.8%を出資し、救済される側でありながら株式公開の含み益を手にする位置に回る。スカイパーフェクトは加入者200万人という損益分岐点を前に、赤字のまま新興市場での上場に踏み切った。
含意
競争相手は消えたが、はしごを外された三菱商事や日本テレビは次期CS放送で対抗軸づくりに動いた。上場で得た資金は先行投資に回り、累積損失の一掃は2003年6月の無償減資まで待つことになる。
筆者の見解

独占の値段

この決断は、競争相手を引き受けることと、資本市場に出ることを同じ年に重ねた点に特徴がある。ディレクTVの統合は勝者による吸収というより、外資が退場するにあたっての受け皿づくりであり、条件面ではむしろ退く側が得をした。それでもプラットフォームが一つになれば、販売奨励金の競り上げは止まり、加入者1人あたりの採算を立て直す前提が整う。損益分岐点の手前で上場を急いだのも、その立て直しに要する資金を、黒字化を待たずに取りにいく判断だったとみることができる。

もっとも、独占には値段がついた。追い出されたかたちの三菱商事と日本テレビは次期CSで対抗軸をつくろうと動き、業界の主導権争いは場所を変えて続く。加入者を集める費用も、市場に競争相手がいなくなったからといってすぐには下がらず、累積損失の一掃は無償減資という手段を用いた2003年6月まで持ち越された。競争を減らせば採算が戻るという読みは、半分だけ当たったといえる。残りの半分——加入者を増やす以外の稼ぎ方をどこに求めるか——は、七年後の衛星会社との経営統合まで答えが出ないまま残った。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

決着したはずの競争に残った第三極

1998年5月にスカイパーフェクTVが発足したあと、デジタルCS放送の勝敗は加入者の数字にはっきり出た。同年8月末の加入はスカイパーフェクTVが83万4000件、ディレクTVが16万7000件である。9月にはディレクTVの増田宗昭社長が代表権のない副会長へ退き、事実上の解任となった。後任はヒューズ主導で探されたが、加入者1000万件のBS放送が1999年からデジタル化されれば専門放送のCSは影が薄くなるという見立てもあり、CSは一つでよいという指摘が業界に出ていた[1][2]

引き金を引いたのは外資の側であった。米ヒューズ・エレクトロニクスは契約者集めの難航から2000年初めに日本撤退を決める。ディレクTVに参画していた三菱商事は突然はしごを外され、四商社が支えるスカイパーフェクト・コミュニケーションズの軍門に下った。日本国内で二つめのプラットフォームを維持する意思を持つ資本は、この時点で残っていない。統合は、事業の優劣というより出資者の退場によって現実になった[3]

損益分岐点の手前で膨らんだ欠損

統合を受け入れる側の財務も、余裕のあるものではなかった。前身の日本デジタル放送サービスが1996年10月に本格サービスを始めて以来、受信機の価格を引き下げる販売奨励金などの先行投資が嵩み、ほぼ毎期100億円単位の最終赤字が続いていた。2000年10月の時点で欠損金は800億円近くに達し、契約者は約230万である。それでも同社は次期CS放送の事業資金160億円を含む計約1000億円の調達を狙って、拡大路線を続けた[4][5]

上場の可否を左右したのは、市場の側の変化であった。同社の損益分岐点とされた加入者200万人の突破が確実なのは2001年3月期で、上場基準の対象となる期はまだ赤字である。ところが1999年に開設された東証マザーズは、赤字企業の上場を認めていた。2000年6月にはナスダック・ジャパンも開設が予定され、株式時価総額50億円以上という基準で赤字企業を受け入れる。累損を抱えたまま市場から資金を取る道が、この時期に限って開いていた[6]

決断

救済される側が含み益を持ち帰る統合条件

2000年3月2日、日本デジタル放送サービスはライバルのディレクTVを統合すると発表した。米ヒューズ・エレクトロニクスは3月中に日本法人を通じてスカイパーフェクトへ6.8%を出資する。撤退する側が統合先の株主に回るこの組み立てにより、ヒューズは救済される立場でありながら、株式公開の含み益を受け取る位置へ移った。加入者を引き取るスカイパーフェクト側は、事業の一本化と引き換えに、外資の出口を用意したかたちになる[7][8]

誌面はその損得を具体的に見積もっている。ヒューズの新規出資分は約60億円で、ディレクTVへの累積投資額と合わせると900億円弱にあたる。上場後のスカイパーフェクトの時価総額を2兆円と仮定すれば、含み益は1360億円、投資のリターンは50%近い。加入者1人当たりの時価総額を8000ドル前後とみる当時の算定方式を、加入者250万人という前提に当てはめた計算である。IT関連株の評価が高かった時期の数字ではあるが、統合の条件がどちら側にとって有利であったかを示している[9][10]

赤字のまま新興市場へ

統合の発表と並行して、株式公開の準備が進んだ。主幹事は野村証券に決まり、上場市場は東証マザーズ、時期は同年秋と定まる。公開を指揮したのはソフトバンク出身の中馬啓介財務担当常務であった。米メリルリンチ証券の手配で、米国・ドイツ・英国・フランスの4カ国を回る海外プレロードショウも行われる。国内の加入者を積み上げる事業でありながら、資金の出し手は海外の機関投資家にも求められた[11]

2000年10月20日、スカイパーフェクト・コミュニケーションズは東証マザーズに上場した。公募価格は32万円である。2000年9月末のサービス視聴者は法人・仮登録を含めて236万人に達しており、損益分岐点とされた200万人はすでに超えていた。ただし2001年3月期は売上高458億円に対して営業損失202億円、当期損失249億7000万円という会社予想であり、黒字化はなお先である。10月27日の終値は23万1000円と公募価格を下回っており、市場の評価は発表時の見積もりほど高くなかった[12][13]

結果

独占が呼び込んだ対抗軸

プラットフォームの一本化は、はしごを外された側の反発を招いた。上場と同じ2000年10月、三菱商事と日本テレビ放送網が次期CSデジタル放送のプラットフォーム事業へ参入するため、新会社の設立に動く。フジテレビジョンが絡むスカイパーフェクトが次期CSまで独占するのを座視できないという判断であった。次期CS放送はBSデジタルとの共用受信機が予定されており、約1500万世帯のBSアナログ視聴者が潜在的な視聴者となる。契約者約230万のスカイパーフェクトとは桁の違う市場が見込まれていた[14][15]

株主構成の複雑さも、上場後にかたちを変えて表に出た。2001年5月24日に発表された内定役員人事は、三田宏也会長と卯木肇社長の退任予定を記すのみで、後任社長候補を示さなかった。四商社系のパーフェクTVと、ソニー・フジテレビジョン・豪ニューズの組んだジェイ・スカイ・ビーが合併した寄り合い所帯であり、後任も同じソニー出身とあって憶測を呼んでいる。当時のスカイパーフェクトは936億円の連結欠損を抱えており、経営責任の所在は株主にとって軽い問題ではなかった[16][17]

販売奨励金の抑制と累損の一掃

収益を圧迫していたのは、量販店に払う販売奨励金であった。新規顧客を1人獲得する費用は2002年度で3万677円、これに対して委託放送事業者から受け取る業務手数料は月1474円で、回収に20カ月以上かかる計算になる。奨励金を抑えた結果、2003年度4〜6月期の獲得費用は2万4560円まで下がり、回収期間は16カ月余りに縮んだ。2002年6月のサッカーW杯の放映権料など巨額の負担が消えたこともあり、2003年度の最終損益は前期の189億円の赤字から44億円の黒字へ転じている[18][19]

上場から三年近くを経て、財務の後始末にも手が入った。2003年3月期末の単独ベースの累積損失は1237億円強に達していたが、同年6月、資本準備金740億612万円のうち615億612万円を取り崩し、さらに資本金1394億6160万円のうち894億6160万円を発行済み株式数を変えないまま無償減資して、累損を一掃した。2003年3月末の累計総登録者数は342万件、うち個人加入者は299万件である。ソニー出身の細田泰社長は会長へ移り、フジテレビジョン出身の重村一副社長が6月27日付で社長に就いた。統合と上場で得た時間は、こうしてようやく黒字の会社という体裁に結び付いた[20][21]

出典・参考

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