この統合は、合併という言葉が想起する"二つを一つにする"作業とは性格が違っていた。事業の重複がない二社を持株会社の下に並べ、片方の稼ぎでもう片方の投資をまかなう構えである。発表当時に業界の大半が合併の利点は見えないと受け止めたのも無理はなく、放送の側からは衛星への依存を減らしたいという言い分があり、衛星の側からは放送という大口顧客を確保するだけに見えた。それでも、加入者を積み増して手数料を得る事業が2004年から純減に転じていた事実を前に置くと、収益源をもう一本用意する以外の道は乏しかったとみられる。
1985年に生まれた衛星会社にとって、多チャンネル放送はもともと空いた中継器を埋めるための需要創出策であった。その放送が頭打ちになり、需要をつくるために持っていたはずの設備が、40年を経てグループの主役に回っている。2026年に持株会社体制を畳んで事業会社の名に戻した判断も、放送と衛星を並べて置く必要が薄れたことの表れといえる。もっとも、いま利益を支えているのは防衛・安全保障の需要であり、民需の立ち上がりはこれからである。設備を持つ側に回るという2007年の選択が、次の需要変化にも耐えるかどうかは、まだ答えの出ていない問いとして残っている。