TISインテックホールディングスとの共同株式移転によるITホールディングス設立

独立系のまま規模を取るか、系列に入るか——2社が選んだ持株会社という統合の形

時期 2007年12月
意思決定者(推定) 岡本晋・中尾哲雄 TIS 社長・インテックホールディングス 会長兼社長
論点 業界再編と規模の確保
概要
2007年12月13日、TISと富山市に本社を置くインテックホールディングスが経営統合を発表し、2008年4月1日、共同株式移転により持株会社「ITホールディングス株式会社」を設立して東京証券取引所市場第一部に上場した。両社は同社の完全子会社となり、それぞれ上場を廃止した。
背景
開発案件の大規模化と複雑化、海外オフショア開発の拡大、技術者の不足が重なり、システムが巨大化するなかで業界大手でなければ好採算の大型案件を取りにくい状態が強まっていた。TIS自身、JCB向け基幹システムの遅延で2007年3月期に最終赤字へ転落したばかりであった。
内容
株式移転比率はTIS1に対しインテックホールディングス0.79。本店はインテックホールディングスの本社がある富山県富山市に置き、会長に中尾哲雄氏、社長に岡本晋氏が就いた。従業員はTIS約9,000人とインテックホールディングス約6,000人を合わせて1万5,000人規模となった。
含意
TISはクレジットカード・製造・化学、インテックホールディングスは銀行・保険に強く、顧客と得意分野がほとんど重ならなかった。2007年度見込みで単純合算3,250億円・営業利益180億円だった両社は、2010年度に売上高4,000億円・営業利益400億円を目標に掲げた。統合後はソランの子会社化と3社合併が続き、2016年7月には持株会社が事業会社を吸収してTIS株式会社となる。
筆者の見解

対等であることに、いくら払ったか

この統合で目を引くのは、規模を取りにいきながら、どちらも相手の子会社にならない形を選んだ点にある。持株会社を新設して両社をその下に並べる方式は、買収に比べて手続きが重く、統合後も二重の階層が残る。実際、中間持株会社の解消、子会社9社の付け替え、事業会社どうしの合併と、設立後も組み替えが続き、ひとつの事業会社になるまでに8年を要した。岡本晋社長が語った「独立系のプライド」は、その手間と時間の対価であったとみることができる。

一方で、規模を確保する動機の側には、直前の苦い経験が横たわっていた。一件の大型案件の遅延が決算を反転させる会社の体格では、案件が大きくなるほど賭けの度合いが上がる。統合とJCB案件は関係がないという当時の説明を額面どおりに受け取っても、案件の大型化に耐える体を作るという課題そのものは残る。規模は失敗の影響を薄めるが、失敗を減らすわけではない——2008年の選択が答えた問いと、答えなかった問いは、その後の中期経営計画のたびに立ち返られていくことになる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

大型案件を取れる規模でなければ残れない

2007年のIT業界は、銀行の情報投資の拡大などで活況にあった。同時に、システムそのものの巨大化が進み、業界大手でなければ好採算の大型案件を獲得できない状態が強まる。中堅以下の各社ではM&Aによる規模拡大の機運が高まっており、独立系の準大手であるTISもその流れの内側にいた。成長する市場のなかで、取れる案件の種類が企業規模で仕分けされていく状況であった[1]

発表会見で示された統合の背景は、需要側と供給側の双方にまたがっていた。ユーザー企業の開発案件が大規模化・複雑化し、海外オフショアの活用が広がり、国内では技術者が枯渇しつつある。インテックホールディングスの中尾哲雄会長兼社長は「SI業界にも再編の波が来ている」と述べ、国内のシステム開発が抱える取引の多層構造にも触れて、両社の統合が業界の構造を変える可能性があると語った[2]

一件の遅延が決算を反転させた直後

TIS自身、大型案件のリスクを決算で受けたばかりであった。クレジットカード大手JCBの基幹システム刷新で開発の遅延が生じ、2007年3月期の連結当期純損益は8億円の赤字へ転落する。前期まで50億円台から70億円台の最終利益を計上していた会社が、一件の案件で赤字に沈んだ。TISによる開発の追加コストは80億円と報じられている[3][4]

統合の発表後、この件との関係を問われた岡本晋社長は、JCB案件と経営統合は「全く関係がない[5]」と否定している。一方で同じ時期、統合を急いだ理由については「再編が起こる可能性もあり統合を急いだ」と明言した。案件一件の失敗が決算を反転させる事業構造そのものは、規模を広げれば和らぐ性質を持つ。二つの発言は、直接の因果を認めないまま、規模を確保する動機の切実さを示している[6]

決断

買収ではなく、共同株式移転を選ぶ

2007年12月13日、両社は株式移転によって共同の持株会社「ITホールディングス」を2008年4月に設立すると発表した。株式移転比率はTIS1に対してインテックホールディングス0.79。TISは東京証券取引所と大阪証券取引所から、インテックホールディングスは東京証券取引所からそれぞれ上場を廃止し、新設の持株会社が東証に上場する。本店はインテックホールディングスの本社がある富山県富山市に置き、会長に中尾氏、社長に岡本氏が就いた[7][8]

手続きは短い期間で進んだ。2007年12月に各取締役会で決議して基本合意し、2008年1月に最終契約書を締結して株式移転計画を作成、同年2月には両社の臨時株主総会で共同株式移転が承認される。4月1日に持株会社が設立され、同日、東京証券取引所市場第一部に上場した。基本合意の公表から設立まで4カ月足らずであった[9]

重ならない顧客と、独立系であることの意味

統合が選ばれた理由の一つは、両社の顧客が重ならない点にあった。TISはクレジットカード・製造・化学の各業界を得意とし、インテックホールディングスは銀行・保険業界に強い。従業員はTISの約9,000人とインテックホールディングスの約6,000人を合わせて1万5,000人規模となる。岡本社長は、両社の顧客と得意分野がほとんど重ならないため相乗効果が見込めるとし、クレジットカード業界と保険業界で予測される大型案件から「100億円程度の増収効果が期待できる」と述べた[10][11]

もう一つの理由は、相手が親会社を持たない会社であったことにある。岡本社長は独立系同士で統合した理由を「他社は親会社がいる。独立独歩でやってきたわれわれのポジションをわざわざ子会社におとしめる必要はない。社員は独立系のTIS、インテックホールディングスに入ったというプライドがある」と説明した。メーカー系列に入れば規模も資本も手に入るが、受注の自由度と社員の帰属意識は失われる。持株会社という対等の枠組みは、その両立をはかる選択であった[12]

結果

掲げた目標と、初年度の実績

両社が示した目標は具体的であった。2007年度見込みで単純合算した売上高は3,250億円、営業利益180億円、営業利益率5.5%。これを2010年度に売上高4,000億円、営業利益400億円、営業利益率10%へ引き上げるという。岡本社長は早期に売上高5,000億円・営業利益500億円を達成し、NTTデータや富士通・日立製作所・NECに次ぐ2位グループに入りたいとも語った。営業利益率をほぼ倍にする計画であった[13][14]

統合初年度にあたる2009年3月期、ITホールディングスの連結売上高は3,383億円、営業利益238億円、経常利益236億円、当期純利益94億円となった。連結の従業員は15,259人。売上は合算の想定に沿った水準に届いたが、営業利益率は7.0%で、目標の10%には距離があった。以後の数年は、掲げた利益率をどう埋めるかが課題として残る[15]

持株会社の下で続いた再編

統合の実務は、持株会社の設立で終わらなかった。2008年10月、TISが保有していた子会社9社の全株式を吸収分割でITホールディングスへ移し、9社を持株会社の直接子会社とする。2009年10月にはインテックがインテックホールディングスを吸収合併して中間持株会社を解消した。同年12月にはソランへの公開買付で議決権所有割合91.5%を取得し、2010年4月に完全子会社化を終える。買収で増えた会社を持株会社の下へ並べ替える作業が続いた[16][17]

2011年4月にはTISがソランとユーフィットを吸収合併し、事業会社の側でも3社が1社に集まった。持株会社と事業会社が二重に並ぶ構造は、2016年7月にITホールディングスがTISを吸収合併し、社名をTIS株式会社へ変更したことで解消される。共同株式移転から8年をかけて、2社の統合はひとつの事業会社の形へ落ち着いた[18]

出典・参考

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