1971年4月、株式会社東洋情報システムが三和銀行を中心とするグループ企業60社の出資により資本金6億円で設立された。1970年前後、汎用機(メインフレーム)コンピューターは1台あたりの導入費用が数億円から十数億円に上る高額の投資で、単独企業が自前で保有するよりも複数企業による共同利用が経済合理性を持っていた。三和銀行はこの共同利用センターを系列企業に提供する位置に立ち、東洋情報システムは三和グループ向けの計算受託サービスから事業を始めた。系列内の取引銀行であった三和銀行のクレジットカード会社JCBとは初期からの取引関係が生まれ、後年のTISのクレジットカード・信販系システムの強みの源流となった。三和系の系列出資という出自は、銀行・カード・信販という金融系の顧客基盤を初日から付与する効果を持った。
1975年10月、東洋情報システムは東洋コンピュータサービスを合併[1]した。シンクタンク事業(調査業務)を主軸としていた設立期は、1973年の石油ショックによる経費削減で需要が縮小し、景気変動に左右されにくい事務計算サービスを軸に置く必要に迫られた。事務計算サービスを提供していた東洋コンピュータサービスとの合併は、調査業務から計算受託への事業重心の切り替えにあたる。同月には東京支社を新設し、関西の三和グループ系から首都圏顧客へ事業範囲を広げる体制も整えた。1984年12月には東京第一センターを新設し、首都圏の計算受託需要を捉える拠点を整えた。
1987年11月、東洋情報システムは大阪証券取引所第2部に株式を上場し、設立から16年で上場企業となった。1990年2月には東京証券取引所市場第2部に上場し、1991年9月には東証・大証[2]の市場第1部へ指定替えとなって、大証上場から4年足らずで1部企業の地位に到達した。1980年代後半は日本企業の汎用機需要が拡大し、ホストコンピューター向けの計算受託・システム開発の市場が成長していた。東洋情報システムの売上高は1980年3月期の62億円から1989年3月期の472億円へ約10年で7.5倍に拡大し、ホストコンピューター市場の成長を取り込んだ。1990年3月期には売上高560億円に到達し、創業以来の急成長の到達点を打った。
1993年3月期、東洋情報システムは減収決算を計上し、急成長に終止符を打った。1990年代前半は大企業向けシステムが自社内製化からSAP等のERPパッケージへ移行する転換期で、内製化支援を主力としていた同社は市場縮小の影響を直接受けた。1990年代後半まで業績低迷が続き、ERPのカスタマイズに活路を見出すまでの数年間は事業の方向転換に時間を要した。2000年4月には小松製作所の子会社・コマツソフト[3](現 クオリカ)を買収し、製造業系の顧客基盤を取り込む布石を打った。
2001年1月には商号を『TIS株式会社』に変更し、東洋情報システムから略称ベースの商号への切り替えで企業ブランドを再定義した。商号変更は1990年代の業績低迷からの脱却を社外へ示す節目にあたる。
2004年、TISはJCBから基幹システム刷新プロジェクトを受注した。10年前に開発した基幹システムの入れ替えで、ハードウェアは日本IBMの『IBM System z』、開発言語はJava(オンライン)と一部COBOL(バッチ)を採用、新基幹システム『JENIUS』として稼働を目指した。
2005年4月には旭化成情報システムを買収し、製造業系の顧客基盤を拡張した。JCB案件はTIS社内でも史上最多の人員(数千名規模)を動員した案件で、年間売上高200〜300億円規模の重要顧客向けプロジェクトとなった。
JCB向けJENIUSプロジェクトでは想定を超える長期の開発遅延が発生し、当初想定した稼働開始に間に合わずに炎上した。FY06からFY07にかけてTIS連結業績への影響が表面化し、FY06(2007年3月期)には受注損失引当金51億円を貸借対照表に計上、最終損益は8.1億円の赤字に転落した。JCB案件の収束には3年余を要し、2008年11月にようやくサービスインに至った。1990年代の業績低迷を乗り越えた直後の2000年代半ばに、TISは100億円超規模の受注で発生する品質管理リスクという別の課題に直面し、独立系SIerが単独で複数百億円規模の案件を受注するリスクを業界全体に示した。この経験は2008年のインテックHD経営統合の動機の1つとなった。
2007年12月、TIS株式会社と株式会社インテックホールディングスは経営統合の基本合意を発表し、株式移転による共同持株会社設立を決議[4]した。2008年4月、両社の共同株式移転により『ITホールディングス株式会社(ITHD)』[引用元]を設立し、東京証券取引所市場第一部に上場した。独立系SIer2社の経営統合で、システムの案件規模が増大するなかで2社が協力して受注拡大と重複業務の効率化を狙う構造だった。
1964年設立のインテックは富山県富山市に本社を置く独立系SIerで[5]、製造業・流通業を中心とする顧客基盤を持ち、三和銀行系のTISが強い金融・カード分野とは異なる補完関係にあった。両社統合の背景には、金融系と製造・流通系という異なる顧客基盤を組み合わせる経済合理性があった。
2008年10月、TISが保有する子会社9社(ユーフィット[6]、アグレックス、クオリカ、AJS、エス・イー・ラボ等)の全株式をITHDが承継する吸収分割を実施し、これら9社をITHD直下の子会社に再編した。2009年6月にはエス・イー・ラボを完全子会社化[7]、7月にエス・イー・ラボとTISソリューションビジネス[8]を統合してネオアクシスを設立、10月にはインテックがインテックホールディングスを吸収合併した[9]。12月にはソラン株式会社の子会社化のため公開買付[10]け(TOB)を実施し、議決権所有割合91.5%を取得した。2010年4月にはソランの完全子会社化を完了し[11]、ITホールディングスの傘下にTIS・インテック・ソランを並列に置く3社体制を整えた。グループ内のシステム子会社群の整理は2008年から2010年にかけて集中的に実行され、ITHDをハブとする多重構造のグループ経営を確立した。
2011年2月、TISは株式会社ユーフィットを完全子会社化した[12]。同年4月、TIS株式会社はソラン株式会社とユーフィット株式会社を吸収合併し、3社合併によるTIS[13]の規模拡大を実行した。同月、桑野徹氏が代表取締役社長に就任した。桑野徹氏は1976年に東洋情報システムに入社した生え抜きの経営者で、信販会社向けシステム構築の再建経験、JCB向けJENIUSプロジェクトでの担当役員経験を持つ人物だった。2008年4月には専務として金融・カード事業を管掌しており、JCBプロジェクトのキーマンとして業績回復の責任を担う立場にあった。2011年4月の3社合併と社長交代は、ITHD発足後3年でTIS本体の組織再編とトップ交代を同時に実行する経営判断だった。
3社合併に伴う構造改革で、TISは旧TISの人員削減(400名規模)を決定し、オフィス移転と特別転身プログラムによりFY11(2012年3月期)に特別損失78.5億円を計上した。2012年2月には東京本社を新宿区西新宿に移転し[14]、TIS本体を含むグループ会社計9社の東京地区拠点を1カ所に集約した。グループ各社で重複していた本社機能・バックオフィス機能の統合は、ITHD発足以来の課題で、西新宿集約はその物理的な解決策となった。FY11の連結売上高は3,274億円で、営業利益は構造改革費用を吸収しながらも黒字を維持し、FY12(2013年3月期)以降は増益基調に転じた。2014年4月にはTISリース株式会社がリース事業撤退の方針に基づきリース資産売却の上で解散[15]、6月にはグループのコーポレートロゴマークを統一しブランドメッセージ『Go Beyond』を制定した[16]。
2014年12月、ITホールディングスは連結子会社の株式会社アグレックスについてTOBを実施し、議決権所有割合を50.6%から93.3%に引き上げた[17]。アグレックスは上場子会社のBPO(業務処理受託)事業者で、TIS社内のBPO業務を集約する役割を担っていた。2015年3月にアグレックスの完全子会社化を完了し[18]、上場子会社のスクイーズアウトでグループのBPO機能をTISの直接管理下に置く体制を整えた。FY14(2015年3月期)の連結売上高は3,610億円、営業利益211億円、当期純利益102億円となり、3社合併後の本格的な業績回復期に入った。
2017年5月、TISは2026年に目指す企業像[19]を『Create Exciting Future』と定めた新たな『グループビジョン2026』を策定した。10年スパンの長期ビジョンで、フィンテック・決済領域での出資・協業の加速を主軸に据えた。同年5月には凸版印刷との業務提携を発表し、モバイルWalletサービスを先行投入した。FY16(2017年3月期)の連結売上高は3,933億円、営業利益270億円、ROE 8.8%で第3次中期経営計画の目標ROE 8%を上回り、計画を1年前倒しで過達した。営業利益300億円を最終年度目標として再設定し、総還元性向35%を株主還元方針として明示した。2008年のITHD発足から2017年のグループビジョン2026策定までの約10年は、JCB案件の負の遺産を清算しつつグループ各社の重複を整理して収益体質を強化する構造改革の時代にあたる。
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|---|---|---|---|---|
| 1971〜2007年三和銀行系の東洋情報システム設立とJCB案件炎上による最終赤字転落 | 東洋コンピュータサービス合併による受託計算主軸への転換 1975年10月、三和グループ60社の共同出資で設立された東洋情報システムが、事務計算サービスを担う東洋コンピュータサービスと合併し、同じ月に東京支社を開設した。関西の系列企業向け調査・計算受託から、首都圏を含む計算受託を主軸とする会社へ事業の構成を組み替えた判断にあたる。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 東京支社を開設 | ★ | |||
| コマツソフト取得による金融偏重の顧客基盤の是正 2000年4月、東洋情報システム(2001年1月にTISへ商号変更)が建設機械メーカーのコマツから情報子会社コマツソフトの株式を取得した。金融・カードに偏っていた顧客基盤へ製造業を加え、同時にコマツという大口ユーザーを得ることを狙った買収であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 岡本晋 | インテックホールディングスとの共同株式移転によるITホールディングス設立 2007年12月13日、TISと富山市に本社を置くインテックホールディングスが経営統合を発表し、2008年4月1日、共同株式移転により持株会社『ITホールディングス株式会社』を設立して東京証券取引所市場第一部に上場した。両社は同社の完全子会社となり、それぞれ上場を廃止した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2008〜2017年ITホールディングス発足・3社合併・グループビジョン2026策定 | 岡本晋 | 共同株式移転によりITHDを設立・東京証券取引所一部に上場 | ★★ | |
| 岡本晋 | インテックがインテックHDを吸収合併 | ★ | ||
| 岡本晋 | ソランへの公開買付で子会社化(議決権91.5%) | ★★ | ||
| 岡本晋 | ソラン完全子会社化完了。インテックの子会社2社を持株会社の直接子会社に再編 | ★ | ||
| 岡本晋 | TISがソラン・ユーフィットを吸収合併 | ★★ | ||
| 前西規夫 | グループのコーポレートロゴマークを統一しブランドメッセージ「Go Beyond」を制定 | ★ | ||
| 前西規夫 | アグレックスへの公開買付で議決権93.3%を取得 | ★ | ||
| 桑野徹 | 2026年に目指す企業像「Create Exciting Future」を定めた新グループビジョンを策定 | ★ | ||
| 2018〜2025年中期経営計画3次連続実行と岡本安史社長によるグループビジョン2032策定 | 岡本安史 | MFEC Public Company Limitedを公開買付により子会社化 | ★★ | |
| 岡本安史 | CIロゴとブランドメッセージを刷新し新メッセージ「ITで、社会の願い叶えよう。」に | ★ | ||
| 岡本安史 | 日本ICSを完全子会社化 | ★ | ||
| 岡本安史 | 長期経営方針「グループビジョン2032」を策定 | ★ |
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事実根拠:出所(TIS)