1967年〜 公社が独占した通信網の上に築いた金融・官公庁システムと、公正競争を理由とする分離独立
- 1967年 日本電信電話公社にデータ通信本部を設置
- 1985年 日本電信電話が設立
- 1985年 データ通信本部からデータ通信事業本部へ改組
- 1988年 民営化直後のNTTからデータ通信事業本部を切り出し、資本金100億円で分社独立 公正競争の確保という制度側の要請を、蓄積のない新会社としてどう引き受けたか
- 1988年 日本電信電話から同社データ通信事業本部に属する営業を譲り受け、営業を開始
- 1989年 公共・金融・産業の各システム事業本部を設置
通信自由化前の公社だけが構築できた全国オンラインシステム
1967年10月、日本電信電話公社はデータ通信本部を設置した。当時の通信は自由化されておらず、全国の通信ネットワークを利用した情報システムを構築できるのは事実上、電電公社だけだった。この条件のもとで公社が組み上げたのが、銀行が顧客に対して行う入金通知や自動引き落とし通知を代行する「ANSER(自動照会通知システム)」であり、1980年に開始された銀行ANSERを皮切りに証券版・生保版が続いた。国内のカード決済で事実上の標準となる「CAFIS(共同利用型クレジットオンラインシステム)」も公社が構築したものにあたる。 [1][2][3][4]
- NTTデータグループ 有価証券報告書 第37期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1967年10月 日本電信電話公社にデータ通信本部を設置
- 週刊東洋経済 2001年9月29日号「[特集]NTT22万人のジレンマ異能子会社NTTデータ 知られざる“独占”競争と殿様商売の狭間」
- [2]通信が自由化されていない当時、全国の通信ネットワークを利用した情報システムを構築できるのは事実上、電電公社だけだった
- [3]1980年に銀行ANSER(自動照会通知システム)が開始され、証券版・生保版が続いた
- [4]国内のカード決済の事実上の標準はNTTデータが構築したCAFIS(共同利用型クレジットオンラインシステム)
官公庁向けの情報システムについても、公社時代には当然ながら独占的に受注してきた。郵便貯金、厚生年金といった中央官庁の大型システムを請け負い、地方自治体の戸籍管理システムや印鑑登録システムにも入り込んだ。社会保険庁のシステムに至っては、1950年代後半にコンピュータ化が始まり、1983年からオンライン化を担っている。1985年4月に日本電信電話株式会社が発足すると、同年11月にデータ通信本部はデータ通信事業本部へ改組される。民営化直後の1985年度のNTTの事業別売上高シェアは、固定電話を中心とする「音声」が83%を占めており、データ通信は通信会社のなかの傍流に置かれていた。 [5][6][7][8]
- 週刊東洋経済 2001年9月29日号「[特集]NTT22万人のジレンマ異能子会社NTTデータ 知られざる“独占”競争と殿様商売の狭間」
- [5]公社時代に官公庁向け情報システムを独占的に受注し、郵便貯金・厚生年金の大型システム、地方自治体の戸籍管理・印鑑登録システムに強い
- 週刊東洋経済 2008年5月31日号「TOP INTERVIEW NTTデータ社長 山下 徹 システムはからくり箱。そう見せたことに反省がある」
- [6]山下徹社長は「社保庁のシステムには長い歴史があります。1950年代後半にコンピュータ化が始まり、83年から私どもがオンライン化しました」と述べた
- NTTデータグループ 有価証券報告書 第37期(2025年3月期)【沿革】
- [7]1985年4月 日本電信電話㈱が設立、1985年11月 データ通信本部からデータ通信事業本部へ改組
- 週刊東洋経済 2025年10月25日号「【特集 新章NTT】 変わる巨艦の行方 大解剖 新章NTT 序章 グループ再結集 変わるグループ企業の序列 NTT再編の過去・現在・未来」
- [8]民営化直後の1985年度のNTT事業別売上高シェアは「音声」が83%
- NTTデータグループ 有価証券報告書 第37期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1967年10月 日本電信電話公社にデータ通信本部を設置
- [7]1985年4月 日本電信電話㈱が設立、1985年11月 データ通信本部からデータ通信事業本部へ改組
- 週刊東洋経済 2001年9月29日号「[特集]NTT22万人のジレンマ異能子会社NTTデータ 知られざる“独占”競争と殿様商売の狭間」
- [2]通信が自由化されていない当時、全国の通信ネットワークを利用した情報システムを構築できるのは事実上、電電公社だけだった
- [3]1980年に銀行ANSER(自動照会通知システム)が開始され、証券版・生保版が続いた
- [4]国内のカード決済の事実上の標準はNTTデータが構築したCAFIS(共同利用型クレジットオンラインシステム)
- [5]公社時代に官公庁向け情報システムを独占的に受注し、郵便貯金・厚生年金の大型システム、地方自治体の戸籍管理・印鑑登録システムに強い
- 週刊東洋経済 2008年5月31日号「TOP INTERVIEW NTTデータ社長 山下 徹 システムはからくり箱。そう見せたことに反省がある」
- [6]山下徹社長は「社保庁のシステムには長い歴史があります。1950年代後半にコンピュータ化が始まり、83年から私どもがオンライン化しました」と述べた
- 週刊東洋経済 2025年10月25日号「【特集 新章NTT】 変わる巨艦の行方 大解剖 新章NTT 序章 グループ再結集 変わるグループ企業の序列 NTT再編の過去・現在・未来」
- [8]民営化直後の1985年度のNTT事業別売上高シェアは「音声」が83%
資本金100億円で分離独立し、蓄積のない身から黒字を出す
1988年5月23日、資本金100億円により東京都港区にエヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社が設立された。分離独立の理由として有価証券報告書が挙げるのは、効率的な事業展開と公正競争の確保の二点である。同年6月に特別第二種電気通信事業者の登録を受け、7月1日、日本電信電話株式会社からデータ通信事業本部に属する営業を譲り受けて営業を開始した。同じ7月には建設業の建設大臣許可も取得している。翌1989年7月には事業部を改組し、公共・金融・産業の各システム事業本部を設置した。顧客の産業別に部隊を割る構えは、その後の事業区分の原型として残った。 [9][10][11][12][13]
- NTTデータグループ 有価証券報告書 第37期(2025年3月期)【沿革】
- [9]1988年5月 資本金100億円により東京都港区に設立(商号「エヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社」)
- [10]効率的な事業展開と公正競争の確保の観点からNTTより分離独立した
- [11]1988年6月 特別第二種電気通信事業者(第20号)の登録、1988年7月 日本電信電話㈱から同社データ通信事業本部に属する営業を譲り受け営業を開始、1988年7月 建設業 建設大臣許可((特一63)第13287号)
- [12]1989年7月 事業部を改組し、公共、金融及び産業の各システム事業本部を設置
- [13]有報【沿革】の「(当社設立経緯)」に「当社は、効率的な事業展開及び公正競争の確保の観点から、日本電信電話㈱より分離独立するために、1988年5月23日に設立され、同年7月1日に日本電信電話㈱データ通信事業本部に属する営業を譲り受け、営業を開始しました」とあり、設立日は日次まで1988年5月23日と確定(年表部分は「1988年5月」までだが、同じ【沿革】の設立経緯本文に日次の記載がある)
初代社長には、NTTのデータ通信事業本部長から藤田史郎氏が就いた。1929年栃木県生まれ、1953年に茨城大学工学部を卒業して日本電信電話公社に入り、1985年のNTT民営化とともに取締役、1986年に常務を務めた人物である。事業本部長時代から通算7年にわたり日本最大のソフト開発会社を率い、独立前は赤字が続いていたデータ通信事業をいち早く黒字に転じさせた。設立から6年を経た1994年、藤田史郎氏(社長)は「設立当初は、いかにして黒字を出すかが問題だった」と振り返り、受注生産に偏った事業構造を改めるべく同年7月にパッケージインテグレーション事業部を設けている。 [14][15][16][17]
- 日経ビジネス 1994年8月22日号「編集長インタビュー 藤田史郎氏[NTTデータ通信社長] 規制だけではない情報化の壁 日本はますます後進国になる」
- [14]藤田史郎氏は1929年7月栃木県生まれ、1953年3月茨城大学工学部卒業・同年日本電信電話公社入社、1985年4月NTT民営化とともに取締役就任、1986年常務、1988年5月NTTデータ通信設立に伴い社長就任
- [15]藤田史郎氏はNTTのデータ通信事業本部長時代から通算7年、日本最大のソフト開発会社を率い、独立前は赤字続きだったNTTデータをいち早く黒字化した
- [16]藤田史郎社長は1994年に「設立当初は、いかにして黒字を出すかが問題だった。6年たって、私が理解したことは産業は社会のためにある、ということです」と発言
- [17]藤田社長は「わが社は7月にパッケージインテグレーション事業部を作りました。パッケージソフトは、米国の情報分野の成長の核なんです。しかし、これが日本にはない」「NTTデータ通信のビジネスは、オーダーメードが中心だったんでしょう」「ですから、パッケージインテグレーションを高めていきたい」と述べた(1994年7月時点の設置)
- NTTデータグループ 有価証券報告書 第37期(2025年3月期)【沿革】
- [9]1988年5月 資本金100億円により東京都港区に設立(商号「エヌ・ティ・ティ・データ通信株式会社」)
- [10]効率的な事業展開と公正競争の確保の観点からNTTより分離独立した
- [11]1988年6月 特別第二種電気通信事業者(第20号)の登録、1988年7月 日本電信電話㈱から同社データ通信事業本部に属する営業を譲り受け営業を開始、1988年7月 建設業 建設大臣許可((特一63)第13287号)
- [12]1989年7月 事業部を改組し、公共、金融及び産業の各システム事業本部を設置
- [13]有報【沿革】の「(当社設立経緯)」に「当社は、効率的な事業展開及び公正競争の確保の観点から、日本電信電話㈱より分離独立するために、1988年5月23日に設立され、同年7月1日に日本電信電話㈱データ通信事業本部に属する営業を譲り受け、営業を開始しました」とあり、設立日は日次まで1988年5月23日と確定(年表部分は「1988年5月」までだが、同じ【沿革】の設立経緯本文に日次の記載がある)
- 日経ビジネス 1994年8月22日号「編集長インタビュー 藤田史郎氏[NTTデータ通信社長] 規制だけではない情報化の壁 日本はますます後進国になる」
- [14]藤田史郎氏は1929年7月栃木県生まれ、1953年3月茨城大学工学部卒業・同年日本電信電話公社入社、1985年4月NTT民営化とともに取締役就任、1986年常務、1988年5月NTTデータ通信設立に伴い社長就任
- [15]藤田史郎氏はNTTのデータ通信事業本部長時代から通算7年、日本最大のソフト開発会社を率い、独立前は赤字続きだったNTTデータをいち早く黒字化した
- [16]藤田史郎社長は1994年に「設立当初は、いかにして黒字を出すかが問題だった。6年たって、私が理解したことは産業は社会のためにある、ということです」と発言
- [17]藤田社長は「わが社は7月にパッケージインテグレーション事業部を作りました。パッケージソフトは、米国の情報分野の成長の核なんです。しかし、これが日本にはない」「NTTデータ通信のビジネスは、オーダーメードが中心だったんでしょう」「ですから、パッケージインテグレーションを高めていきたい」と述べた(1994年7月時点の設置)