ゼロの歴史
沿革
1961年に設立された日産陸送が起源。
2001年にMBOで日産自動車から独立して現社名となり、自動車輸送の協力会社や人材会社の買収を進めた。完成車の陸送を主力とする自動車物流の会社で、中国の陸友物流など海外にも拠点を持つ。
創業期
1961年〜日産陸送の設立とプリンス輸送の吸収合併
- 日産陸送を設立[1]
- 弘和陸送に資本参加[1]
- 日産自動車と国内向け全車種の一括輸送契約を締結[2]
- 日産自動車鶴見工場内へ移転[2]
- 日本初の自動車専用船「東朝丸」が就航[2]
- 横浜市鶴見区の「丸市ビル」に本社を移転[2]
- プリンス輸送を吸収合併[2]
- 中古車輸送・マイカー輸送市場に参入[2]
- 横浜市鶴見区に本社社屋が竣工し本社を移転[2]
- BMWと一括輸送契約を締結[2]
- ニチリクカーセレクションを開始[2]
- 座間PDIセンターを開設し輸入車の新車整備事業を本格化[2]
売上高
- 売上高
ゼロ売上高—
転換期
2001年〜MBOによる日産自動車からの独立と東証二部上場
- MBOにより日産自動車から独立[2]
- ゼロに商号変更[1]
- ゼロ弘和を吸収合併[2]
- 合弁で陸友物流を設立[2]
- 苅田港海陸運送を完全子会社化[2]
- ティービーエムを完全子会社化[2]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
売上高
- 売上高
ゼロ売上高—
安定成長期
2006年〜フルキャストドライブ設立と高栄運輸などの子会社化
- フルキャストとの合弁でフルキャストドライブを設立[2]
- 九倉を買収し子会社化[2]
- 川崎市幸区のソリッドスクエア西館に本社を移転[2]
- ドライバースタッフとジャパン・リリーフを完全子会社化[2]
- 日産静岡ワークネットを完全子会社化[2]
- 車両輸送基地と配送倉庫の複合施設が竣工[1]
- エヌ・ピー・エフ・サービスを買収し子会社化[2]
- 大阪安全陸送の事業を譲受[2]
- フルキャストドライブを完全子会社化[2]
- 合弁で八菱を設立[1]
- ゼロドライブスタッフをジャパン・リリーフに吸収合併[2]
- オートキャリーを完全子会社化[2]
- ワールドウインドウズを完全子会社化[1]
- ドライバースタッフをジャパン・リリーフが吸収合併[2]
- タンチョンインターナショナルと資本業務提携[2]
- 公開買付けによりタンチョンインターナショナルのグループ入り[2]
- 新和陸送を買収し子会社化[2]
- 高栄運輸を完全子会社化[2]
安定成長期
2017年〜輸送協力会社6社の事業譲受と整備事業の吸収分割
- ゼロ・プラス西日本を設立[2]
- 輸送協力会社6社から事業を譲受[1]
- 日産静岡ワークネットをゼロ・プラス中部に商号変更[2]
- HIZロジスティクスを完全子会社化[2]
- 陸友物流(北京)を子会社化[3]
- スタンダード市場に移行[1]
- IKEDAを完全子会社化[1]
- ソウイングを完全子会社化[2]
- 髙橋俊博氏が代表取締役社長に就任[4]
- ゼロ・プラス・メンテナンスを完全子会社化[2]
- ゼロ・プラス・メンテナンスへ整備事業を吸収分割[4]
- 北村竹朗氏が代表取締役会長を退任[4]