1968年4月、野田順弘氏が[1]大阪市西区阿波座南通に株式会社大阪ビジネスを設立した[2]。中古会計機を関西の中小企業へ売り歩く小さな商店からの出発で、メーカーから新品を仕入れる代理店業ではなく、中古品を捌く流通業の体裁を取った。野田順弘氏は同年、オリックスとリース提携を結ぶ。中小企業がコンピュータ・事務機を導入する際の初期投資負担を月額のリース料へ分散させる仕組みで、これにより月数万円のリース料を払える企業層まで顧客を広げた。リース方式の比重は時間とともに上がり、1979年には販売額の9割がリースに乗る形まで広がった。1969年5月に本店を大阪市東区常盤町へ移転[3]、1971年11月に東京支店を[4]、1973年12月に名古屋支店を開設して三大都市圏の販売網を整えた。
1974年1月、商号を株式会社オービックへ改め、本店[5]を大阪市南区塩町通へ移した。事務機・会計機販売から情報処理サービス・自前開発ソフトウェアへの業態転換も、1974年の社名変更に合わせて動き出した。1976年1月に東京・大阪の二本社制を採り[6]、福岡支店を開設、九州拠点まで網を伸ばした。1976年7月に株式会社オービックオフィスオートメーション[7]、1980年12月に株式会社オービックビジネスコンサルタント[8]、1981年9月に株式会社オービックビジネスソリューション[9]と、機能別子会社を相次いで設立してグループ網を広げた。オービックビジネスコンサルタント(OBC)は、23歳で公認会計士2次試験に合格した和田成史氏がオービックの出資を受けて興した会社で、野田順弘氏とは家族ぐるみの付き合いを保ちながらも経営には互いに口を出さない独立関係を築いた。OBCは中小企業向け会計ソフト『奉行シリーズ』の母体となり[10]、1995年のウィンドウズ95登場を追い風に95対応版をヒットさせて、1999年10月に株式を店頭公開し、後に独立して上場会社(4733)へ育つ別ブランド子会社となった。[11]1982〜1983年には大阪・東京・名古屋[12]にオービックシステムエンジニアリングを設立し、SE機能を地域別に分散配置した。
設立当初のオービックは6人程度の技術集団から出発し[13]、専門技術者の集団という性格を創業以来変えなかった。野田順弘氏は『現場主義』を会社設立当初からの理念と位置づけ、ユーザー[14]の現場に飛び込んで泥臭い悩みを失敗を重ねながら解決してこそ市場のニーズを捉えられると考えた。一般のディーラーがメーカーから供給されたハードをそのまま売るのに対し、オービックはメーカーから受け取ったハードにソフトウェアを載せ、ゴルフ場やホテルの予約システムのように業種ごとの業務そのものを商品として仕立てる売り方を取った。[15]ハードは材料に過ぎず、ソフトの付加価値で稼ぐという発想である。ソフト開発そのものが利益源となったことで、1981年時点の売上高は80億円超・経常利益は10億円程度[16]、グループ売上は100億円を超え、業界内で高い利益率を実現した。
1978年ごろに始めた社内のソフト資産共有システム『フレックス・ライブラリー』[17]で各技術者のノウハウを会社の共有財産として蓄積し、開発と教育の時間を短縮した。1980年には過去に販売したオフコン用ソフトを集大成した自社ブランド『OFFICE』を、翌1981年には日本語対応の『OFFICE 0』を投入[18]している。三菱電機のMELCOMシリーズを主力ハードに据え、1981年中[19]には受注累計5,000台の達成を見込むトップディーラーへ育った。グループとしては横浜・京都・北九州に地域密着型の独立法人を設け[20]、各地域の現場に密着したきめ細かな体制を築いた。
1973年、オービックは同業他社から営業部隊20名を中途で採用した。入社直後にこの20名がそろって独立、オービックの競合会社を立ち上げてしまい、野田順弘氏は中途人材への不信を強めた。事件を受けて新卒採用一本主義へ切り替え、創業者が自ら面接で選考し、入社後に時間をかけて社内で育てる人事へ転じた。採用と教育に最も力を入れ、1980年度は約3,200名の応募に対して70名近くを採用[21]、入社後も繰り返し教育を重ねて一人ひとりにノウハウを蓄積させる方針を取った。1979年の売上高は60億円、従業員数は310名、人員構成は営業50名・残り260名がシステム・技術部隊という極端な技術寄りで、ハードウェアでなくソフトウェアの利用価値で稼ぐ方針が人員配置に表れた。
1980年代前半は急成長中の消費者金融(サラ金)業界向けシステムで業績を伸ばしたが、1983年成立・1985年改正の貸金業法施行でサラ金業者が次々に経営難に陥り、消費者金融向けの売り先を失った。1985年5月以降、オービックは消費者金融向けで蓄えた業界別パッケージのノウハウを、自動車教習所向け講習予約・銀行向け不動産担保評価など他の特定業界へ横転用した。子会社を通じた内製にこだわり、品質と納期を社内で握る体制で業界別パッケージのシェアを取りに行く構造である。1988年10月には地方都市に営業所・支店を相次いで新設、営業とシステム開発の両輪をもつ会社へ自己定義を改めた。1997年4月、中堅企業向けERP『OBIC7シリーズ』の提供を開始し、生産・販売・会計・人事・給与の業務別パッケージをCD-R形式で配り、業界を問わない汎用業務へ商材を組み替えた。
https://the-shashi.com/api/companies.json https://the-shashi.com/api/4684/manifest.json https://the-shashi.com/api/4684/history.json https://the-shashi.com/api/4684/timeline.json https://the-shashi.com/api/4684/executives.json https://the-shashi.com/api/4684/shareholders.json https://the-shashi.com/api/4684/financials.json https://the-shashi.com/api/4684/financials-longterm.json https://the-shashi.com/api/4684/segments.json https://the-shashi.com/api/4684/regions.json https://the-shashi.com/api/4684/workforce.json | 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 1968〜1997年大阪の会計機販売から情報処理サービスへの業態転換 | 野田順弘 | 大阪ビジネスを設立 | ★ | |
| 野田順弘 | 東京支店開設 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービーシステム設立 | ★ | ||
| 野田順弘 | 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換 1974年1月、中古会計機と事務機器を売る株式会社大阪ビジネスが商号を株式会社オービックへ改め、本店を大阪市南区塩町通へ移した。同じ時期から、メーカーのハードを渡す代理店の商売を、業種ごとの業務システムを自社で作って売る情報処理サービスへ組み替えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 野田順弘 | 東京・大阪の2本社制実施、福岡支店開設 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックオフィスオートメーション設立 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックビジネスコンサルタント設立 | ★★ | ||
| 野田順弘 | オービックビジネスソリューション設立 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックシステムエンジニアリングを設立 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックシステムエンジニアリング(東京)設立 | ★ | ||
| 野田順弘 | 横浜支店開設 | ★ | ||
| 野田順弘 | 本店を移転 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックオフィスオートメーション・中部が同名母体を吸収合併 | ★ | ||
| 野田順弘 | 本社を移転 | ★ | ||
| 1998〜2012年上場と直販モデルの確立、大企業向けERP失敗と創業者の社長復帰 | 野田順弘 | 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1998年12月、創業から30年目のオービックが東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。2000年1月に600,000株の有償一般募集を行い、同年3月に市場第一部へ指定された。資本市場から資金を受け取ったのは、この公募増資の一度に限られている。 詳細を読む | ★★★ | |
| 野田順弘 | オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開 | ★★ | ||
| 野田順弘 | 東京証券取引所市場第一部に指定 | ★ | ||
| 野田順弘 | SE子会社3社を合併しオービックシステムエンジニアリングに統合 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックビジネスコンサルタントの株式を東京証券取引所市場第一部に上場 | ★ | ||
| 野田順弘 | 東京新本社ビル竣工により本店を移転 | ★ | ||
| 野田順弘 | 大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰 2006年2月、2003年4月に会長へ退いていた創業者の野田順弘氏が代表取締役会長兼社長に就き、社長職へ戻った。年商1,000億円前後の大企業向けERPへ売り先を広げ、四半期の数字で社員を評価する体制を敷いた3年を、直販・内製・新卒育成という創業以来の型へ引き戻す判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 野田順弘 | オービックシステムエンジニアリングを吸収合併 | ★ | ||
| 野田順弘 | オービックビジネスソリューションを吸収合併 | ★ | ||
| 2013年〜クラウド転換と時価総額1兆円、創業家ガバナンスへの株主の問い(2013〜現在) | 橘昇一 | オービッククラウドサービスで「SOC1 Type2報告書」を受領 | ★ | |
| 橘昇一 | 大阪新本社ビル竣工により大阪本社を移転 | ★ | ||
| 橘昇一 | プライム市場へ移行 | ★ | ||
| 橘昇一 | オービーシステムの株式を東京証券取引所スタンダード市場に上場 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(オービック)