上場企業の経営論点>資本市場・株主
資金調達
資金調達の課題は、集める先を選ぶことから、余った資本を誰に返すかの説明へ移った。戦後の設備投資は銀行が支えた。日本長期信用銀行は電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の5割を振り向け、川崎製鉄は千葉製鉄所を建てて銑鋼一貫メーカーへ転じている。借入に依存した拡大の代償は、バブル崩壊後に一括処理として表面化する。住友銀行は8,000億円の不良債権を償却し、伊藤忠商事は丹羽宇一郎氏のもとで約3,950億円を特別損失に落とした。損失が資本を食い破ると、りそなHDは預金保険法102条の初適用で約1兆9,600億円を受け入れる。株式市場が主役になるのは同じ時期で、NTTはドコモの上場で稼ぎ頭を資金化し、ANAHDはコロナ禍で公募増資に踏み切った。そして資本は返す対象になり、リクルートHDは自己株式取得の枠を6,000億円へ広げている。
財務諸表のどこを見るか
キャッシュ・フロー計算書の財務活動による区分を、長期借入れ・社債の発行・株式の発行・自己株式の取得・配当金の支払に分けて年次で並べる。どの年に外から入れ、どの年から外へ出す側へ回ったかが一目で分かる。次に有利子負債と自己資本比率、附属明細表の社債の償還予定額と平均利率で、調達の値段と期限を確かめる。転換社債型新株予約権付社債を出していれば、潜在株式調整後1株当たり当期純利益との差が希薄化の幅を示す。
2020年代
村上ファンド系による株式取得 突きつけられた増配と自己株取得の要求への対応の決断 アポロ出資で非公開化 1650億円の出資受け入れと、株式併合による上場からの退出 エリオットの大株主入り 「FUSION30」の資本政策転換 デジタルガレージへ出資 約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 エリオットの自社株買い要請 3,000億円規模の要請を受けた、累進配当・総還元性向40%への転換 襟川恵子氏の資産運用 本業と並ぶ収益源に育った運用益による開発の当たり外れの吸収 「VISION2030」策定 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画の始動 ヤマハ発動機株1,800万株を売却 政策保有株式の縮減と自己株式の取得・消却 ギャランツ圧力下で防衛策廃止 自己株式取得・増配による株主還元への切り替え GC2027で10兆円目標 時価総額目標を掲げた中期経営戦略の始動と、大本新体制の発足 今井斗志光の資本政策転換 新中期経営計画のもとでの、時価総額向上という経営課題の設定 OpenAIへの巨額出資 AIインフラ「スターゲート」 山下通郎氏が生え抜き社長就任 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 長期ビジョン2030へ資産振替 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え ベネフィット・ワン売却 保険会社への譲り渡しによる中核子会社の手放し ダルトンの株主提案を拒否 全面拒否を貫いた第119回総会と、離れていった安定株主の一部 シルチェスター下で株主還元 政策保有株の持ち合い解消と、株主への利益配分を優先する経営への転換 東芝非公開化連合へ出資 最大3000億円の拠出と引き換えに賭けたパワー半導体の協業 日本KFCとローソンの売却 保有事業の選別と資産の組み替えを本格化させる方針への転換 丸石化学品など連続買収 自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み 大和証券と資本業務提携 証券大手を引受先とする519億円の第三者割当増資による資本の受け入れ 丸紅の出資受け入れ 第三者割当増資による20%の資本参加と、総合商社の持分法適用関連会社化 村上ファンド系の株式取得 不動産の含み益をめぐって強まる株主圧力への対応と資本政策の見直し オリエンタルランド株を売却 保有株の一部を手放すことによる資本配分の見直しへの着手 エリオットの株式取得 5%の株式取得を背景に突きつけられた不動産売却要求への対応 みずほ等3行から借入 無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成 NRI Group Vision 2030策定 自己株式の取得・消却と資本効率を軸とする株主還元への転換 アイペットHDの譲渡 全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 商船三井と業務提携 14.86%の株式を持たせて結んだオフショア事業での連携 E-Plan2025策定 対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の切り分け 日本郵政の第2次売出しと自己株取得 1,500億円の自己株式取得で親会社の持分を約89%から61%へ下げ、新規業務の認可規制が外れる要件へ近づいた選択 エリオット保有下の自己株式取得 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得 フォーティチュード投資損計上 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期 メイテックグループHDへ改称 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 全固定資産の一括減損 業績不振によらない帳簿の一掃と、開発費を全額その期の費用とする方式への切り替え 自己株式取得を6,000億円へ 上限1,500億円から3年で拡大した株主還元と、消却による発行済株式の削減 PDハウス展開へ上場 パーキンソン病専門住宅の全国展開に向けた東証グロース市場への株式公開 中村崇則の投資先行転換 減益を織り込んだ5か年売上高CAGR目標の引き上げ ウットラムの完全子会社化 1.3兆円の第三者割当増資と引き換えに進めたアジア合弁の完全子会社化 双日との資本業務提携 主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強 長谷川一明の公募増資 JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 LINEからの第三者割当増資 未来Fund有限責任事業組合も加えた総額300億円の資本の受け入れ 大衆薬をブラックストーンへ売却 創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ手放す選択 コロナ禍の公募増資で再建 過去最大級の資本調達と事業構造改革による自力再建の選択 エヌビディアへのアーム売却 米——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール
2010年代
事業再生ADRの申請 560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 みずほとの資本業務提携 メガバンクの持分法適用関連会社化と、それに伴う商号変更 株式運用への傾斜 本業で積み上げたストック利益の、上場株の長期保有への振り向け 米カルゴン・カーボン取得 環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え 三菱商事と資本業務提携 総合商社を筆頭株主に迎える資本の受け入れと、TOYO TIREへの改称 富士通エレクトロニクス買収 約205億円を投じた、売上5,000億円級グループへの規模拡大 ソフトバンクグループの株式売出 通信子会社の東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達 中国平安保険との資本提携 第三者割当による外資の筆頭株主化と、業務面まで含めた協業関係の構築 マザーズへ株式上場 創業家が過半を持ち続けたままの株式公開と、支配権を手放さない資金調達 ビジョン・ファンドの組成 巨大ファンドによる投資会社への転身 東証・NYSE同時上場 韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 経営安定基金の取崩しと上場 鉄道資産の一括減損を先に済ませ、自立を前提に踏み切った東証一部への株式公開 地場住宅会社を連続買収 東証2部への上場と1年での1部指定、調達資金を同業の取り込みに振り向けた全国展開 三井住友FGとの資本提携 約80億円の第三者割当増資による大手金融グループの資本受け入れ KDDIと資本業務提携 インターネット直販一本からの脱却と、多チャネル化への転換 資本再構成プラン完済 公的資金の分割返済と、期限を待たない一括での前倒し完済 モンストへ資源集中 単一タイトルに社運を託した1本足経営と65億円の公募増資 加瀬豊の有利子負債圧縮 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 東証一部へ異例昇格 マザーズへの新規上場から間を置かない最上位市場への移行 峰岸真澄体制で株式公開 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 1兆円超で米ビーム買収 自前で育てれば30年かかる時間を、資金で一気に買い取る選択 東証一部へ市場変更 ジャスダックから最上位区分まで、6年半をかけた段階的な格上げ 飲料子会社の単独上場 親会社を非公開に保ったまま、傘下の事業会社だけを東証一部へ送り出す形 名刺管理サービスでCM放映 黒字経営から赤字を許す先行投資への転換と、市場そのものの創出 独グローエを買収 米アメリカンスタンダード北米事業の取得に続く欧州大手の取り込み 日本医療データセンター等買収 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て シンガポール証券取引所上場 メインボードへのセカンダリー上場による、東証との同時上場 半導体・パネルに集約 純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革 東証一部へ新規上場 公募増資による資金調達と、公開市場での値付けを受け入れる立場への移行 ソニーとの資本業務提携 大手からの資本の受け入れと、医療分野での合弁の立ち上げ 米スプリントの買収 イー・アクセスの取り込みと並走した「世界作戦」の展開 原子力損害賠償支援機構が出資 1兆円の公的資金の受け入れと、議決権の過半の政府への移転 中国・富通集団と資本提携 第三者割当増資による筆頭株主の交代と、業務面まで踏み込んだ協業 PEファンドOEPと資本提携 JPモルガン系ファンドを筆頭株主に迎えた、約103億円の資本業務提携 山東如意科技集団への増資 第三者割当増資の引き受けによる、中国資本の傘下への移行 日本政策投資銀行へCB発行 森トラストの増資提案の見送りと、150億円の資金調達先の選び直し
2000年代
社会イノベーション事業への集中 製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、事業を絞り込んだ再建 日本政策投資銀行の出資受入 改正産業活力再生特別措置法にもとづく優先株300億円という公的資金の導入 本田技研とブルーエナジー設立 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 英ルーサイトを買収 買収によって一気に引き寄せた、MMA市場での世界首位の座 双日への第三者割当増資 商社を引受先に迎えて資本を入れ直すことによる債務超過の解消 坂本精志体制での株式公開 創業61年目にしての株式公開と、二つの市場への同時上場 優先株式の東証上場 議決権を持たない第1種株式を市場で売買させる資本政策 東証マザーズへ上場 時価総額2,221億円という評価を得た資本市場デビュー 逸見愛親の増配方針 配当性向目標の30%から40%への引き上げ 東証一部に上場 独立した不動産持株会社としての船出と、株式公開による資本市場入り クリスタルグループ買収 請負最大手を投資ファンド経由で取り込む一方でのデューデリジェンスの省略 英ピルキントンの完全子会社化 総額6160億円の資金投入 ゴールドマンら3,000億円増資 転換可能優先株式3,000億円の第三者割当増資と、議決権のほぼ半分の譲り渡し ボーダフォン日本法人買収 1兆6,935億円を投じたLBOによる携帯電話事業への参入 SUMCOへ商号統一 旧社名を捨てた商号の一本化と、東証一部上場による資本市場入り 寺井秀蔵のMBO非公開化 業績が伸びているさなかでの市場からの退出と短期株主の目からの離脱 ニッポン放送株を大量取得 時間外取引という抜け道を使った買い集めと、フジテレビジョンへの売却 横浜など4店を閉鎖 大阪・枚方・倉敷を含む不採算店の整理と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 航空機ファイナンス損失処理 総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み 株式100分割の実施 投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上 東証一部上場で資金調達 東証一部上場で集めた資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 ダイムラー撤退後の自主再建 三菱グループ各社の支援を軸とした自主再建体制への移行 東証一部上場で完全民営化 52年ぶりに国の後ろ盾を手放し、市場の評価に身を置く体制への移行 石油公団株の売り出しで上場 東証一部上場の実現と、開発会社統合構想からの離脱 ニチメンと日商岩井が統合 株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 NTTグループからの増資受入れ クロスウェイブの破綻を受けた資本増強と経営基盤の立て直し 新日鉄と資本提携 神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め 東証一部へ株式上場 非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行 公的資金1.96兆円受入 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 東証二部上場 設立から34年を経ての株式公開と、市場からの資金調達への道筋づくり OA機器販売への転換 社債償還危機下の有利子負債圧縮と収益源の入れ替え ナスダック・ジャパン上場 システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保 KDDI傘下入りへの株主変遷 デジタルガレージ・CCC・電通と移り変わった資本の受け皿の変遷 JASDAQへの登録上場 登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行 河原春郎氏の再建 債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換 ハネウエルとの資本解消 保有株1,099万株の自己株式取得による、49年続いた提携の終幕 勝俣宣夫の不良資産処理 業績不振からの再建をめざした財務基盤の立て直しと不良資産の処理 株式売却で完全民営化 三段に分けた株式売却と、JR会社法からの離脱 扇千景案の受諾と完全民営化 完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱 ギル&ダファスの損失処理 本社ビル証券化による穴埋め 樋口武男が無借金経営へ転換 「有利子負債ゼロ」への転換 東証2部へ上場 創業から69年を経て踏み切った株式公開と資本市場からの調達 コムスン1208カ所を同時開設 公的介護保険の開始に合わせた全国一斉のケアセンター展開と、2か月半後の4割統廃合 電通・米GE合弁の上場 二社の親会社を抱えたまま踏み切った東証一部への株式公開 東映子会社のまま上場 親会社の傘下にとどまったままの店頭公開と、自前の資金調達手段の獲得 ムーディーズ格下げと増資 三十七年ぶりの外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場 丹羽宇一郎の3,950億円一括処理 特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期 ソフトバンク連合へ譲渡 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 ディレクTVの救済統合 ライバル 東証マザーズ上場 資産圧縮と日債銀買収 ネットバブル崩壊下の資産圧縮と銀行取得
1990年代
EVA・ROIC経営への転換 20年かけて取り換えた事業評価の物差しと資本効率の重視 JASDAQへの店頭公開 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 野田順弘の東証二部上場 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 米国買収を避け株主還元 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 三井物産・トヨタへ増資要請 三井グループ各社への総額約 高輪物件のSPC第1号登録 SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 NTTドコモの株式上場 稼ぎ頭を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 メキシコ子会社の清算 米国持株会社株式の評価減による最終赤字 自己株式の取得消却 邦銀で初めて踏み切った資本の払い戻しと、発行済み株数の圧縮 拡大路線への懸念 相次ぐ買収による急膨張と、それに向けられた市場の視線 合田耕平の1850億円一括処理 「毎年赤字より一回ドカンと出す」──1,850億円を一度に落とし、含み損を後年へ残さない決着 東京ディズニーシーの建設決定 既存パークの増設ではなく、第2パークとホテル・モノレールの同時建設で滞在型リゾートへ移る選択 東証二部に上場 店頭登録から2年後の一部指定へ進む資本市場での歩みと香港子会社の設立 マレーシア第3工場建設 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金による海外第3工場への増産投資 8000億円の不良債権償却 1995年3月期での一括処理に踏み切った結果としての、都市銀行初の経常赤字の計上 ベトナムで原油探鉱に進出 南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換 静岡と中国へ二正面の拡大投資 国内外の600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債 野村證券グループの支援 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 東誠ビルディングをMBOで取得 倒産した父の会社ではなく、別法人のした第二創業 「大戦略」で顧客情報一元化 支店ごとに分かれていた情報の集約を軸とする経営刷新構想の策定 水島廣雄の借入依存多店舗化 地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国 エクイティファイナンス見送り バブル期の不動産投資に乗らず、手元現金を積み増した守りの選択 1993年満期ワラント債2億ドル発行 設備資金の名目で集めた546億円を有価証券で運用した選択 東洋信金事件の焦げ付き 架空の預金証書を担保とした料亭経営者への2400億円融資 東海道新幹線施設を譲受 借り受けから自社保有への切り替えによる経営自主権の確立 ダイワロイヤルホテルズ拡大 ホテル事業の急拡大と、定まらないまま残されたブランド戦略 金川千尋氏が社長就任 「フル生産、全量販売」を旗印に据えた全社運営の切り替え 米アリステック・ケミカル買収 日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化
1980年代
寺町博による株式店頭公開 公開市場からの資金調達に踏み切り、世界市場を狙う体制づくり 英ポリーペックへ株式譲渡 株式51%の引き渡しによる経営権の移転と、外資傘下入り 釧路工場の子会社譲渡 主力拠点の売却代金1,198億円の借入金返済への充当 大村進体制で東証二部上場 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更 経営安定基金3877億円で発足 国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計 フォトレジスト事業で上場 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 東証二部への株式上場 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 植村光雄の長期案件回避 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底 沖電気の資金で会計ソフト設立 公認会計士業からの転身と、得た1億円の製品開発への全額投入 トヨタ自動車工業へ支援要請 巨額赤字を背景にした第三者割当増資による資本関係の深化
1970年代
1960年代
1950年代
京都セラミックとして設立 設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を握るま 佐藤和雄の更生法再建 法的整理による立て直しと、無借金・手元流動性を守る体質の定着 津上退助氏が社長復帰 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替え 長期信用銀行へ移行 興銀法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期資金供給への特化 川崎製鉄・トヨタへ融資 電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の5割を振り向ける配分と、後発企業への肩入れ 千葉製鉄所を建設 製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 昭和食料工業の設立と減資 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 藤山愛一郎出資で第二会社発足 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 ビニロンの企業化 国産技術の合成繊維をポバールから一貫して作る体制の立ち上げ