さくらインターネット双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消

独立系ホスティング事業者が総合商社を筆頭株主に迎えるとき、何を差し出したか

時期 2007年12月
意思決定者(推定) 田中邦裕 さくらインターネット 社長
論点 財務再建と資本構成
概要
2007年12月27日、さくらインターネットは双日と戦略的資本提携の基本合意書を締結し、2008年1月25日に条件で合意、2月13日に双日を引受先とする第三者割当増資を実施した。双日は普通株式12,718株を1株78,628円、総額9億9,999万円で引き受け、28.3%を保有する筆頭株主となった。
背景
2007年9月中間期にオンラインゲームの減損で債務超過へ転落し、上場維持と顧客の信用が同時に揺らいでいた。同年11月に就任した田中邦裕社長は、解消策として事業の一部売却と資本増強の二つを掲げ、増資の引受先を数社に絞って交渉していると公表していた。
内容
増資によりさくらインターネットは双日の持分法適用会社となり、双日は役員1名を派遣して経営に参画した。双日側は総合商社の顧客網をデータセンター事業の販路に充て、ASPやSaaSなどのITサービスを展開する方針を示し、自らはデータセンター運営事業への進出と位置づけた。
含意
資本金は8億9,505万円へ増え、債務超過は解消された。本業へ絞った収益と商社の信用を組み合わせた財務は、2009年3月期の黒字転換を経て、2011年11月の石狩データセンター建設を支える土台になる。双日はその後2011年に親会社となり、2017年にその他の関係会社へ、2026年には持分の一部売却でその立場からも外れた。
筆者の見解

28.3%で入った商社が降りるまで

この増資で動いたのは、9億9,999万円という金額ではなく、その後の資本構成を誰が決めるかであった。1株78,628円と1円単位まで刻んで総額を10億円の手前に収める一方、比率は基本合意で示された幅の下限寄りにあたる28.3%で落ち着いている。過半には遠いが、さくらインターネットは双日の持分法適用会社となり、役員1名を受け入れた。双日が持ち込んだのは資金だけでなく、総合商社の顧客網とASP・SaaSの販路でもある。埋めてもらった穴の分だけ、何を伸ばすかを説明する相手が一社増えたとみることができる。

もっとも、比率が上がった時期は同社が最も伸びた時期でもあった。2011年3月の公開買付けと株主間合意で双日は親会社となり、2016年3月期末には40.29%を握る。この間に石狩データセンターが開所して2号棟・3号棟が積み増され、2015年11月には東証マザーズから市場第一部へ移った。外から資本で埋めた穴は、資本でしか埋め戻せない。28.3%で入った商社が資本の関係から降りるまでに18年かかり、そのあいだ田中邦裕社長は社長の座を離れていない。急場をしのぐために誰を株主へ迎えるかという判断は、事業が立ち直った後の資本構成まで長く縛るといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

自力では埋められない穴

2007年9月中間期、さくらインターネットはオンラインゲームの専用実施権などで3億9,100万円の減損損失を計上し、中間純損失5億7,500万円を出して債務超過に陥った。11月27日に笹田亮社長兼CEOの引責辞任が発表され、30日付で創業者の田中邦裕氏が社長兼CEOに就く。就任の挨拶で田中社長が示した解消策は、事業の一部売却と資本増強の二本立てであった。前者は上場後に取得した子会社の処分で進めていたが、それだけで債務超過を埋めるには足りなかった[1][2]

債務超過が長引けば上場の維持そのものが危うくなる。加えてホスティングは、顧客がデータと業務を預ける事業であり、財務不安は解約の理由になりうる。田中社長がサービスは従来どおり利用できると告知したのも、この点への手当てであった。12月27日、同社は双日との資本提携に向けて具体的な協議を進めることで基本合意したと発表する。増資の規模は、発行後の総株式数の4分の1から3分の1の範囲内をめどとすると説明された[3]

商社の側から見たデータセンター

双日にとってこの出資は、救済であると同時に新規事業への入口であった。同社はこの案件を「データセンター運営事業に進出」と題して公表し、業界大手に出資して筆頭株主となると説明している。総合商社の幅広いネットワークをさくらインターネットのデータセンター事業の販路拡大に充て、付加価値の高いサービス開発を進める方針であった。具体策として、顧客の流し込みと、ASPやSaaSといったITサービスの展開が挙げられた[4]

さくらインターネットの側から見れば、渡す相手として商社を選ぶ意味はここにあった。純粋な資金の出し手であれば財務の穴は埋まるが、事業は自力で立て直すほかない。双日は資本と同時に顧客と海外の技術を持ち込むと表明しており、財務体質の強化とデータセンター事業の継続的発展を並べて目的に掲げていた。減損を出した会社が、本業だけで再び伸びるための取引先を資本ごと迎えた形になる[5]

決断

12,718株を1株78,628円で

2008年1月25日、両社は資本提携を行うことで合意した。双日はさくらインターネットが新規に発行する普通株式12,718株を1株78,628円、総額9億9,999万円で引き受け、払込は2月13日に実施される。増資後の総株数は44,988株となり、双日の持株比率は28.3%で筆頭株主となった。有価証券報告書は同月の異動として、双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主になったと記している。1株の価格を1円単位まで刻んで総額を10億円弱に収めた設計であった[6][7]

この比率が持つ意味は資金額より重い。さくらインターネットは双日の持分法適用会社となり、双日は役員1名を派遣して経営に参画すると明記された。創業者が社長へ戻った直後の会社が、経営に商社を迎え入れたことになる。基本合意の時点で示されていた4分の1から3分の1という幅の下限寄りに落ち着いており、独立性と資本の厚みの折り合いをつけた水準であった[8]

増資と本業回帰は一組であった

資本増強は単独では成立しなかった。田中社長は就任時に、原点であるデータセンター運営事業へ回帰して経営資源を集中し、不採算の事業や子会社は採算性を精査して事業構造改革を進めると表明していた。増資の払込と前後して、2008年1月にカイロス、3月にさくらクリエイティブと米国法人SAKURA Internet (USA), Inc.の株式が譲渡されている。出資を受ける会社の輪郭を、上場後に広げた版図ごと整えたうえで払込を迎えた順序であった[9][10]

双日が引き受けたのも、多角化した会社ではなくデータセンターとホスティングに絞り込まれた会社であった。プレスリリースが繰り返し名指ししたのは大容量バックボーン回線とデータセンター運営ノウハウであり、ウェブ制作や海外拠点やオンラインゲームには一言も触れていない。何を残すかについて、出資する側と受ける側の見立ては一致していた[11]

結果

債務超過の解消から石狩へ

2008年2月の払込により資本金は8億9,505万円へ増え、債務超過は解消された。同期の2008年3月期は売上高65億円に対して最終損失6億3,300万円を計上したものの、翌2009年3月期には売上高71億円、純利益3億7,400万円と黒字へ戻る。営業キャッシュフローは2010年3月期に20億円へ広がり、ホスティング専業の収益が投資余力を回復させた。増資で止めた出血の上に、本業の現金が積み上がっていった[12][13]

双日との距離はその後さらに縮まる。2011年3月、双日は公開買付けと田中社長の資産管理会社である株式会社田中邦裕事務所との株主間合意を通じて親会社となった。同年11月に石狩データセンターが運用を開始しており、長期借入で建設資金を賄う大型投資は、商社を親会社に持つ財務のうえで実行されている。2017年3月には公募増資と双日の売出し、株主間合意の終了によって親会社ではなくなり、その他の関係会社となった[14][15]

18年で戻した資本の独立

親会社となった期間、双日の持株比率は増資時の28.3%を大きく上回っていた。2016年3月期末の時点で発行済株式の40.29%を握り、さくらインターネットはその筆頭株主のもとで石狩データセンターの2号棟・3号棟を積み増し、2015年11月には東証マザーズから市場第一部へ移っている。商社の信用力に財務を支えられながら、レンタルサーバ会社からクラウドとデータセンターのインフラ企業へ姿を変えた時期にあたる[16][17]

資本関係は2020年代に入って細り始める。2024年3月には双日とクラウド事業拡大のための業務提携契約を結び、双日グループのデジタル・AI領域での協力やGPUクラウドサービスでの協業が打ち出されている。そして2026年3月、双日は株式の一部売却によってその他の関係会社からも外れた。2008年に28.3%の筆頭株主として入った商社は、資本の紐帯をほどきつつ取引の関係を残す位置へ移った[18][19]

出典・参考

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