さくらインターネットの始まりは、1996年12月23日、京都府の舞鶴工業高等専門学校に在学していた田中邦裕氏が立ち上げたレンタルサーバサービスにさかのぼる。[1]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したところ評判を呼び[2]、学外からも利用希望が相次いだことが事業化のきっかけだった。インターネットが家庭に広がり始めた時期にあたり、ウェブサイトを持ちたい個人や中小事業者にサーバの一部を安価に貸し出すホスティングは、まだ担い手の少ない分野だった。田中氏は共用レンタルサーバ『さくらウェブ』の提供を始め[3]、法人化までの3年近くを個人の事業として運営した。
1999年8月、レンタルサーバサービスと専用サーバサービスの提供を目的として、大阪市中央区に資本金1,000万円でさくらインターネット株式会社が設立[4]され、個人事業として始まったサービスは会社経営へ移行した。2000年4月には同社を存続会社としてエス・アール・エス株式会社と有限会社インフォレストの2社を吸収合併し、商号を『エスアールエス・さくらインターネット株式会社』へ変更[5]、あわせて顧客の機器を預かるハウジングとインターネット接続サービスの提供を始めた。サーバ貸しを核にしながら、回線からデータセンターまでを扱うインターネットの裏方企業としての骨格が、この時期に固まった。
2004年7月、商号を『さくらインターネット株式会社』[6]へ戻し、同年12月には大阪市中央区南本町に本社を移転した。翌2005年10月、東京証券取引所マザーズへ株式を上場[7]する。当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮氏だった。2005年3月期の売上高は19億3,000万円、経常利益は1億3,200万円と、規模は小さいながら黒字を確保していた。ブロードバンドの普及で個人サイトやネット通販が増え、レンタルサーバの需要が伸びていた時期であり、さくらインターネットは上場で得た信用力と資金を土台に拡大路線へ進んだ。
上場直後から企業買収と新会社設立が相次いだ。2005年12月に株式会社イクスフェイズ、2006[8]年1月に株式会社カイロスを子会社化し、2006年にはウェブ制作のさくらクリエイティブ株式会社と米国法人SAKURA Internet (USA), Inc.を設立、さらにオンラインゲームの運営にも進出した。[9]売上高は2007年3月期に47億円と2年で2.4倍に膨らんだものの、急拡大は収益を伴わず、同期は経常損失3億4,600万円、最終損失4億9,400万円の赤字に転落する。買収と多角化で売上を積み上げる戦略は、早くも行き詰まりを見せ始めた。
2007年9月中間期、オンラインゲーム『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』の専用実施権などについて3億9,100万円の減損損失を計上し、中間純損失は5億7,500万円に達して、さくらインターネットは債務超過に転落した。[10]2008年3月期の通期でも最終損失6億3,300万円を計上している。ゲームのライセンス料や運営費が会員数の伸びに見合わず、本業のホスティングで稼いだ利益を吸い込む構造になっていた。2005年10月のマザーズ上場から債務超過までわずか2年、上場で得た資金は拡大の過程で失われていた。
2007年11月、業績不振の責任を取って笹田亮社長が同月末付で辞任し、[11]取締役最高執行責任者だった創業者の田中邦裕氏が社長に就任した。[12]田中邦裕社長は不採算事業の整理を急ぎ、2007年7月に譲渡していたイクスフェイズに続いて、2008年1月にカイロス、同年3月にさくらクリエイティブと米国法人SAKURA Internet (USA)の株式を相次いで手放した。[13]上場後に買収・設立した会社を切り離し、レンタルサーバとデータセンターの運営という創業以来の本業へ回帰する。いずれも取得・設立から2年前後での売却である。
財務の立て直しには外部資本が必要だった。2007年12月、さくらインターネットは総合商社の双日と資本提携で合意し[14]、2008年2月に第三者割当増資を実施、双日は発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった。[15]増資により債務超過は解消され、倒産の危機はひとまず遠のいた。本業回帰の効果も早く、2009年3月期は売上高71億円、純利益3億7,400万円と黒字へ戻る。営業キャッシュフローは2010年3月期に20億円へ拡大し、多角化で失った投資余力を、ホスティング専業の収益で取り戻した。
双日との関係はさらに深まる。2011年3月、双日は公開買付けと[16]、田中邦裕社長の資産管理会社である株式会社田中邦裕事務所との株主間合意を通じて、さくらインターネットの親会社となった。並行して社内では老朽化したデータセンターの統廃合が進む。2010年8月に本町データセンターを閉鎖し、池袋[17]データセンターも閉鎖を決めて減損損失を計上、都市部に分散した小規模拠点を整理した。サービス開発から運用・保守までを自社で完結[18]させる垂直統合型の運営をデータセンター事業の戦略の柱に据え、体制を絞り込んだ数年間である。
転機となったのは北海道への進出である。2000年代のデータセンターは都市圏近郊への立地が主流だったが、地価の高い東京や大阪の周辺では商社や不動産会社が資本力で施設を整備し、田中邦裕社長は『都市型では勝てなくなっていった』[引用元]と振り返る。そこでクラウドの普及を見据え、広大な土地を安く確保できる北海道石狩市に郊外型の大規模データセンターを建設[19]する決断を下した。土地の余白を残して少しずつ投資を積み増し、最終的に施設規模を大きくできる立地を重視した判断だった。
石狩の開設にあわせて、仮想サーバをオンラインで貸し出す『さくらのクラウド』の提供も始まった[20]。新設経費の先行負担で2012年3月期は経常減益となったものの、稼働率の上昇とともに収益は持ち直し、2号棟が稼働した2014年3月期には売上高が100億円を超えた。[21]2015年11月には東証マザーズから市場第一部へ市場変更[22]を果たす。この時点で双日は発行済株式の40.29%を保有する筆頭株主であり、商社の信用力に財務を支えられながら、さくらインターネットはレンタルサーバ会社からクラウドとデータセンターのインフラ企業へと姿を変えつつあった。
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|---|---|---|---|---|
| 1996〜2007年舞鶴高専の学生起業からマザーズ上場へ──拡大の蹉跌と債務超過 | さくらインターネットを設立 | ★ | ||
| レンタルサーバ・専用サーバサービスの提供を開始 | ★ | |||
| エス・アール・エスとインフォレストを吸収合併 | ★★ | |||
| エスアールエス・さくらインターネットに商号変更 | ★ | |||
| ハウジングとインターネット接続サービスの提供を開始 | ★ | |||
| 笹田亮 | 商号を「さくらインターネット」に変更 | ★ | ||
| 笹田亮 | 東京証券取引所マザーズに株式を上場 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 2007年11月27日、さくらインターネットは笹田亮社長兼CEOが同月30日付で辞任し、取締役最高執行責任者で創業者の田中邦裕氏が社長兼CEOに就くと発表した。2007年9月中間期の債務超過転落を受けた引責交代であり、田中邦裕社長は就任と同時に、上場後に取得・設立した子会社の売却とデータセンター運営への回帰を打ち出した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 田中邦裕 | 創業者の田中邦裕氏が社長兼CEOに就任 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 不採算子会社の整理と本業回帰を表明 | ★★ | ||
| 2008〜2015年双日傘下での再建と石狩データセンター──郊外型立地への大規模投資 | 田中邦裕 | 双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消 2007年12月27日、さくらインターネットは双日と戦略的資本提携の基本合意書を締結し、2008年1月25日に条件で合意、2月13日に双日を引受先とする第三者割当増資を実施した。双日は普通株式12,718株を1株78,628円、総額9億9,999万円で引き受け、28.3%を保有する筆頭株主となった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 田中邦裕 | 公開買付けと田中邦裕事務所との株主間合意により双日が親会社に | ★★ | ||
| 田中邦裕 | 都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる 2010年6月21日、さくらインターネットは北海道石狩市に敷地面積51,448平方メートルの郊外型大規模データセンターを建設すると発表した。1棟あたり最大500ラックの分棟式で最大8棟・4,000ラックまで増築でき、北海道の低温外気を100%活用する外気冷房を全面導入する計画で、2011年11月15日に開所した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 田中邦裕 | 株式取得によりJoe'sクラウドコンピューティングを子会社化 | ★ | ||
| 2016〜2022年高火力とIoTへの先行投資──売上拡大と薄利が併存したクラウドシフト | 田中邦裕 | 株式取得によりゲヒルンを子会社化 | ★ | |
| 田中邦裕 | 子会社 櫻花移動電信有限公司を設立 | ★ | ||
| 田中邦裕 | エヌシーアイを子会社化 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 公募増資と双日による売出しにより双日がその他の関係会社に | ★★ | ||
| 田中邦裕 | ビットスターを子会社化 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 子会社プラナスソリューションズを設立 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 株式取得によりIzumoBASEを子会社化 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 本社を移転 | ★ | ||
| 田中邦裕 | 政府衛星データプラットフォーム事業の企画準備会社として、子会社 Tellusを設立 | ★★ | ||
| 田中邦裕 | プライム市場に移行 | ★ | ||
| 2023〜2026年生成AIとガバメントクラウド──経産省助成のGPU投資と国内勢初の採択 | 田中邦裕 | 本社を移転 | ★ | |
| 田中邦裕 | 双日が株式の一部売却によりその他の関係会社から離脱 | ★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(さくらインターネット)