さくらインターネット の歴史

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創業 1996年
創業者 田中邦裕
創業地 京都府
創業
1996年12月、舞鶴工業高等専門学校の学生だった田中邦裕氏が、校内でレンタルサーバの提供を始めた。1999年8月、大阪市中央区に資本金1,000万円でさくらインターネットを設立し、レンタルサーバと専用サーバの提供を本業に据えた。翌2000年4月にエス・アール・エスと有限会社インフォレストを吸収合併してエスアールエス・さくらインターネットへ商号を変更し、2004年7月に現在の商号へ戻している。2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場した。ただし上場後に重ねた子会社の設立と買収は利益を伴わず、本業で得た利益を吸い込む側に回った。
決断
上場後に広げた事業を2年で手放し、資本を外から入れて債務超過を抜けた。2007年9月中間期にオンラインゲーム関連で3億9,100万円の減損損失を計上し、さくらインターネットは債務超過へ転落する。同年11月に創業者の田中邦裕氏が社長に就任して子会社を一斉に整理し、翌12月には双日を引受先とする第三者割当増資を決め、2008年2月に双日が発行済株式の28.26%を持つ筆頭株主となった。田中邦裕社長は上場後に買収・設立した会社を2年前後で相次いで売却し、創業以来のレンタルサーバとデータセンターへ戻している。多角化の範囲を本業の隣まで狭めた結果、資本は石狩以降の設備投資へ向かった。
現況
売上を拡大させたのはGPUを貸す事業で、利益はその設備投資に消えている。2026年3月期の連結売上高は353億円で前期比12.4%増だが、営業損益は4億400万円の損失へ転じた。前期の2025年3月期は売上高314億1,200万円・営業利益41億4,500万円といずれも過去最高で、GPUクラウド「高火力」の売上高は63億4,400万円だった。2010年に都市圏ではなく北海道を選んだ石狩の敷地には、4カ月程度で設置できるコンテナ型のデータセンターと液冷方式のGPU棟が並ぶ。設備を先に建てる商売である以上、売上の伸びと利益の薄さは同じ期に並ぶ。
競合
政府が先に選んだのは外資4社で、国内勢は一社だけ後から入った。2022年10月、デジタル庁のガバメントクラウドにはアマゾン・グーグル・マイクロソフト・オラクルが採択された。国内で米国製品を売る日本オラクルのような外資系子会社も含め、供給側は長く米国企業の製品で占められている。さくらインターネットは2023年11月に国内企業として初めて条件付きで採択され、2026年3月に正式採択となった。ただし設備の量では米系の事業者に及ばず、田中邦裕社長は大型データセンターの自前新設に慎重である。2024年10月には米エクイニクスとの協業を発表し、施設を外部から借りる考えを示した。石狩で土地を持つことを競争優位にした会社が、GPUの置き場では借りる側へ移った。
さくらインターネット:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2005年3月期2026年3月期

創業ストーリー 舞鶴高専の学生起業からマザーズ上場へ──拡大の蹉跌と債務超過 (1996年〜)

高専の寮で生まれたレンタルサーバサービス

さくらインターネットの始まりは、1996年12月23日、京都府の舞鶴工業高等専門学校に在学していた田中邦裕氏が立ち上げたレンタルサーバサービスにさかのぼる。[1]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したところ評判を呼び[2]、学外からも利用希望が相次いだことが事業化のきっかけだった。インターネットが家庭に広がり始めた時期にあたり、ウェブサイトを持ちたい個人や中小事業者にサーバの一部を安価に貸し出すホスティングは、まだ担い手の少ない分野だった。田中氏は共用レンタルサーバ『さくらウェブ』の提供を始め[3]、法人化までの3年近くを個人の事業として運営した。

  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
    • [1]創業は1996年12月23日
  • OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
    • [2]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
  • さくらインターネット公式サイト「沿革」(2026年7月閲覧)
    • [3]創業時の共用レンタルサーバサービスの名称は「さくらウェブ」

1999年8月、レンタルサーバサービスと専用サーバサービスの提供を目的として、大阪市中央区に資本金1,000万円でさくらインターネット株式会社が設立[4]され、個人事業として始まったサービスは会社経営へ移行した。2000年4月には同社を存続会社としてエス・アール・エス株式会社と有限会社インフォレストの2社を吸収合併し、商号を『エスアールエス・さくらインターネット株式会社』へ変更[5]、あわせて顧客の機器を預かるハウジングとインターネット接続サービスの提供を始めた。サーバ貸しを核にしながら、回線からデータセンターまでを扱うインターネットの裏方企業としての骨格が、この時期に固まった。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
    • [5]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始
  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
    • [1]創業は1996年12月23日
  • OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
    • [2]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
  • さくらインターネット公式サイト「沿革」(2026年7月閲覧)
    • [3]創業時の共用レンタルサーバサービスの名称は「さくらウェブ」
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
    • [5]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始

2004年の商号復帰と東証マザーズ上場

2004年7月、商号を『さくらインターネット株式会社』[6]へ戻し、同年12月には大阪市中央区南本町に本社を移転した。翌2005年10月、東京証券取引所マザーズへ株式を上場[7]する。当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮氏だった。2005年3月期の売上高は19億3,000万円、経常利益は1億3,200万円と、規模は小さいながら黒字を確保していた。ブロードバンドの普及で個人サイトやネット通販が増え、レンタルサーバの需要が伸びていた時期であり、さくらインターネットは上場で得た信用力と資金を土台に拡大路線へ進んだ。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
    • [7]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場

上場直後から企業買収と新会社設立が相次いだ。2005年12月に株式会社イクスフェイズ、2006[8]年1月に株式会社カイロスを子会社化し、2006年にはウェブ制作のさくらクリエイティブ株式会社と米国法人SAKURA Internet (USA), Inc.を設立、さらにオンラインゲームの運営にも進出した。[9]売上高は2007年3月期に47億円と2年で2.4倍に膨らんだものの、急拡大は収益を伴わず、同期は経常損失3億4,600万円、最終損失4億9,400万円の赤字に転落する。買収と多角化で売上を積み上げる戦略は、早くも行き詰まりを見せ始めた。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [8]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
    • [9]2000年代半ばにオンラインゲーム事業へ進出していた
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [6]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
    • [7]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場
    • [8]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
    • [9]2000年代半ばにオンラインゲーム事業へ進出していた

オンラインゲームの減損と債務超過への転落

2007年9月中間期、オンラインゲーム『ロード・オブ・ザ・リングス オンライン』の専用実施権などについて3億9,100万円の減損損失を計上し、中間純損失は5億7,500万円に達して、さくらインターネットは債務超過に転落した。[10]2008年3月期の通期でも最終損失6億3,300万円を計上している。ゲームのライセンス料や運営費が会員数の伸びに見合わず、本業のホスティングで稼いだ利益を吸い込む構造になっていた。2005年10月のマザーズ上場から債務超過までわずか2年、上場で得た資金は拡大の過程で失われていた。

  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
    • [10]2007年9月中間期にオンラインゲームの専用実施権等で391百万円の減損損失を計上し、中間純損失575百万円で債務超過に転落

2007年11月、業績不振の責任を取って笹田亮社長が同月末付で辞任し、[11]取締役最高執行責任者だった創業者の田中邦裕氏が社長に就任した。[12]田中邦裕社長は不採算事業の整理を急ぎ、2007年7月に譲渡していたイクスフェイズに続いて、2008年1月にカイロス、同年3月にさくらクリエイティブと米国法人SAKURA Internet (USA)の株式を相次いで手放した。[13]上場後に買収・設立した会社を切り離し、レンタルサーバとデータセンターの運営という創業以来の本業へ回帰する。いずれも取得・設立から2年前後での売却である。

  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
    • [11]2007年11月に笹田亮社長が業績不振の責任を取って辞任した
  • 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
    • [12]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [13]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡
  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
    • [10]2007年9月中間期にオンラインゲームの専用実施権等で391百万円の減損損失を計上し、中間純損失575百万円で債務超過に転落
    • [11]2007年11月に笹田亮社長が業績不振の責任を取って辞任した
  • 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
    • [12]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [13]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡

双日の資本参加と本業回帰による黒字転換

財務の立て直しには外部資本が必要だった。2007年12月、さくらインターネットは総合商社の双日と資本提携で合意し[14]、2008年2月に第三者割当増資を実施、双日は発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった。[15]増資により債務超過は解消され、倒産の危機はひとまず遠のいた。本業回帰の効果も早く、2009年3月期は売上高71億円、純利益3億7,400万円と黒字へ戻る。営業キャッシュフローは2010年3月期に20億円へ拡大し、多角化で失った投資余力を、ホスティング専業の収益で取り戻した。

  • ITmedia NEWS 2007年12月27日
    • [14]2007年12月に双日と資本提携で合意
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2008年2月の第三者割当増資により双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった

双日との関係はさらに深まる。2011年3月、双日は公開買付けと[16]田中邦裕社長の資産管理会社である株式会社田中邦裕事務所との株主間合意を通じて、さくらインターネットの親会社となった。並行して社内では老朽化したデータセンターの統廃合が進む。2010年8月に本町データセンターを閉鎖し、池袋[17]データセンターも閉鎖を決めて減損損失を計上、都市部に分散した小規模拠点を整理した。サービス開発から運用・保守までを自社で完結[18]させる垂直統合型の運営をデータセンター事業の戦略の柱に据え、体制を絞り込んだ数年間である。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [16]2011年3月に公開買付けと田中邦裕事務所との株主間合意により双日が親会社となった
  • さくらインターネット 2011年3月期決算説明会資料(2011年5月10日)
    • [17]2010年8月に本町データセンターを閉鎖し、池袋データセンターの閉鎖決定で減損損失を計上
  • さくらインターネット 2010年3月期決算説明会資料(2010年5月14日)
    • [18]サービス開発から運用・保守まで自社で完結する垂直統合をデータセンター事業の戦略の柱としていた
  • ITmedia NEWS 2007年12月27日
    • [14]2007年12月に双日と資本提携で合意
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [15]2008年2月の第三者割当増資により双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった
    • [16]2011年3月に公開買付けと田中邦裕事務所との株主間合意により双日が親会社となった
  • さくらインターネット 2011年3月期決算説明会資料(2011年5月10日)
    • [17]2010年8月に本町データセンターを閉鎖し、池袋データセンターの閉鎖決定で減損損失を計上
  • さくらインターネット 2010年3月期決算説明会資料(2010年5月14日)
    • [18]サービス開発から運用・保守まで自社で完結する垂直統合をデータセンター事業の戦略の柱としていた

石狩データセンターの開設とさくらのクラウド

転機となったのは北海道への進出である。2000年代のデータセンターは都市圏近郊への立地が主流だったが、地価の高い東京や大阪の周辺では商社や不動産会社が資本力で施設を整備し、田中邦裕社長は『都市型では勝てなくなっていった』[引用元]と振り返る。そこでクラウドの普及を見据え、広大な土地を安く確保できる北海道石狩市に郊外型の大規模データセンターを建設[19]する決断を下した。土地の余白を残して少しずつ投資を積み増し、最終的に施設規模を大きくできる立地を重視した判断だった。

  • さくらインターネット 2011年3月期決算説明会資料(2011年5月10日)
    • [19]北海道石狩市に郊外型大規模データセンターを建設し、建設資金は長期借入で調達した

石狩の開設にあわせて、仮想サーバをオンラインで貸し出す『さくらのクラウド』の提供も始まった[20]。新設経費の先行負担で2012年3月期は経常減益となったものの、稼働率の上昇とともに収益は持ち直し、2号棟が稼働した2014年3月期には売上高が100億円を超えた。[21]2015年11月には東証マザーズから市場第一部へ市場変更[22]を果たす。この時点で双日は発行済株式の40.29%を保有する筆頭株主であり、商社の信用力に財務を支えられながら、さくらインターネットはレンタルサーバ会社からクラウドとデータセンターのインフラ企業へと姿を変えつつあった。

  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
    • [20]2011年11月の石狩データセンター開設と同時期に「さくらのクラウド」の提供を開始
  • さくらインターネット 2014年3月期決算説明会資料(2014年4月25日)
    • [21]石狩データセンター2号棟が2014年3月期に稼働
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [22]2015年11月に東証市場第一部へ市場変更
  • さくらインターネット 2011年3月期決算説明会資料(2011年5月10日)
    • [19]北海道石狩市に郊外型大規模データセンターを建設し、建設資金は長期借入で調達した
  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
    • [20]2011年11月の石狩データセンター開設と同時期に「さくらのクラウド」の提供を開始
  • さくらインターネット 2014年3月期決算説明会資料(2014年4月25日)
    • [21]石狩データセンター2号棟が2014年3月期に稼働
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [22]2015年11月に東証市場第一部へ市場変更

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さくらインターネットの沿革1999〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1996〜2007年舞鶴高専の学生起業からマザーズ上場へ──拡大の蹉跌と債務超過さくらインターネットを設立
レンタルサーバ・専用サーバサービスの提供を開始
エス・アール・エスとインフォレストを吸収合併★★
エスアールエス・さくらインターネットに商号変更
ハウジングとインターネット接続サービスの提供を開始
笹田亮商号を「さくらインターネット」に変更
笹田亮東京証券取引所マザーズに株式を上場
田中邦裕債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理

2007年11月27日、さくらインターネットは笹田亮社長兼CEOが同月30日付で辞任し、取締役最高執行責任者で創業者の田中邦裕氏が社長兼CEOに就くと発表した。2007年9月中間期の債務超過転落を受けた引責交代であり、田中邦裕社長は就任と同時に、上場後に取得・設立した子会社の売却とデータセンター運営への回帰を打ち出した。

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★★★
田中邦裕創業者の田中邦裕氏が社長兼CEOに就任
田中邦裕不採算子会社の整理と本業回帰を表明★★
2008〜2015年双日傘下での再建と石狩データセンター──郊外型立地への大規模投資田中邦裕双日を引受先とする第三者割当増資による債務超過の解消

2007年12月27日、さくらインターネットは双日と戦略的資本提携の基本合意書を締結し、2008年1月25日に条件で合意、2月13日に双日を引受先とする第三者割当増資を実施した。双日は普通株式12,718株を1株78,628円、総額9億9,999万円で引き受け、28.3%を保有する筆頭株主となった。

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★★★
田中邦裕公開買付けと田中邦裕事務所との株主間合意により双日が親会社に★★
田中邦裕都市型を捨て、北海道石狩に郊外型の大規模データセンターを建てる

2010年6月21日、さくらインターネットは北海道石狩市に敷地面積51,448平方メートルの郊外型大規模データセンターを建設すると発表した。1棟あたり最大500ラックの分棟式で最大8棟・4,000ラックまで増築でき、北海道の低温外気を100%活用する外気冷房を全面導入する計画で、2011年11月15日に開所した。

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★★★
田中邦裕株式取得によりJoe'sクラウドコンピューティングを子会社化
2016〜2022年高火力とIoTへの先行投資──売上拡大と薄利が併存したクラウドシフト田中邦裕株式取得によりゲヒルンを子会社化
田中邦裕子会社 櫻花移動電信有限公司を設立
田中邦裕エヌシーアイを子会社化
田中邦裕公募増資と双日による売出しにより双日がその他の関係会社に★★
田中邦裕ビットスターを子会社化
田中邦裕子会社プラナスソリューションズを設立
田中邦裕株式取得によりIzumoBASEを子会社化
田中邦裕本社を移転
田中邦裕政府衛星データプラットフォーム事業の企画準備会社として、子会社 Tellusを設立★★
田中邦裕プライム市場に移行
2023〜2026年生成AIとガバメントクラウド──経産省助成のGPU投資と国内勢初の採択田中邦裕本社を移転
田中邦裕双日が株式の一部売却によりその他の関係会社から離脱★★
出典・参考
  • さくらインターネット 2010年3月期決算説明会資料(2010年5月14日)
  • さくらインターネット 2011年3月期決算説明会資料(2011年5月10日)
  • さくらインターネット 2014年3月期決算説明会資料(2014年4月25日)
  • さくらインターネット 2017年3月期決算説明会資料(2017年4月24日)
  • さくらインターネット 2020年3月期決算説明会資料(2020年4月27日)
  • さくらインターネット 2021年3月期決算説明会資料(2021年4月27日)
  • さくらインターネット 2022年3月期決算説明会資料(2022年4月27日)
  • さくらインターネット 2023年3月期決算説明会資料(2023年4月27日)
  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
  • さくらインターネット 2025年3月期決算説明会資料(2025年4月28日)
  • さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2025」(2025年10月)
  • さくらインターネット 2026年3月期決算説明会資料(2026年4月27日)
  • 有価証券報告書【沿革】
  • 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
  • ITmedia NEWS 2007年11月27日
  • ITmedia NEWS 2007年12月27日
  • さくらインターネット公式サイト「沿革」(2026年7月閲覧)
  • OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー

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