1996年〜 舞鶴高専の学生起業からマザーズ上場へ──拡大の蹉跌と債務超過
さくらインターネットの業績推移
- 1999年 さくらインターネットを設立
- 1999年 レンタルサーバ・専用サーバサービスの提供を開始
- 2000年 エス・アール・エスとインフォレストを吸収合併
- 2000年 エスアールエス・さくらインターネットに商号変更
- 2000年 ハウジングとインターネット接続サービスの提供を開始
- 2007年 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 拡大でつまずいた会社をどう畳み直すか——創業者の社長復帰とデータセンター回帰
- 2007年 不採算子会社の整理と本業回帰を表明
高専の寮で生まれたレンタルサーバサービス
さくらインターネットの始まりは、1996年12月23日、京都府の舞鶴工業高等専門学校に在学していた田中邦裕氏が立ち上げたレンタルサーバサービスにさかのぼる。学生寮で運用していたサーバを知人に貸したところ評判を呼び、学外からも利用希望が相次いだことが事業化のきっかけだった。インターネットが家庭に広がり始めた時期にあたり、ウェブサイトを持ちたい個人や中小事業者にサーバの一部を安価に貸し出すホスティングは、まだ担い手の少ない分野だった。田中氏は共用レンタルサーバ「さくらウェブ」の提供を始め、法人化までの3年近くを個人の事業として運営した。 [1][2][3][4]
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- [1]創業は1996年12月23日
- 週刊東洋経済 2024年4月27日号
- [2]田中邦裕氏が舞鶴工業高等専門学校在学中にレンタルサーバサービスを始めた
- OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
- [3]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
- さくらインターネット公式サイト「沿革」(2026年7月閲覧)
- [4]創業時の共用レンタルサーバサービスの名称は「さくらウェブ」
1999年8月、レンタルサーバサービスと専用サーバサービスの提供を目的として、大阪市中央区に資本金1,000万円でさくらインターネット株式会社が設立され、個人事業として始まったサービスは会社経営へ移行した。2000年4月には同社を存続会社としてエス・アール・エス株式会社と有限会社インフォレストの2社を吸収合併し、商号を「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」へ変更、あわせて顧客の機器を預かるハウジングとインターネット接続サービスの提供を始めた。サーバ貸しを核にしながら、回線からデータセンターまでを扱うインターネットの裏方企業としての骨格が、この時期に固まった。 [5][6]
- 有価証券報告書【沿革】
- [5]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
- [6]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- [1]創業は1996年12月23日
- 週刊東洋経済 2024年4月27日号
- [2]田中邦裕氏が舞鶴工業高等専門学校在学中にレンタルサーバサービスを始めた
- OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
- [3]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
- さくらインターネット公式サイト「沿革」(2026年7月閲覧)
- [4]創業時の共用レンタルサーバサービスの名称は「さくらウェブ」
- 有価証券報告書【沿革】
- [5]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
- [6]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始
2004年の商号復帰と東証マザーズ上場
2004年7月、商号を「さくらインターネット株式会社」へ戻し、同年12月には大阪市中央区南本町に本社を移転した。翌2005年10月、東京証券取引所マザーズへ株式を上場する。当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮氏だった。2005年3月期の売上高は19億3,000万円、経常利益は1億3,200万円と、規模は小さいながら黒字を確保していた。ブロードバンドの普及で個人サイトやネット通販が増え、レンタルサーバの需要が伸びていた時期であり、さくらインターネットは上場で得た信用力と資金を土台に拡大路線へ進んだ。 [7][8]
- 有価証券報告書【沿革】
- [7]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
- [8]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場
上場直後から企業買収と新会社設立が相次いだ。2005年12月に株式会社イクスフェイズ、2006年1月に株式会社カイロスを子会社化し、2006年にはウェブ制作のさくらクリエイティブ株式会社と米国法人SAKURA Internet (USA), Inc.を設立、さらにオンラインゲームの運営にも進出した。売上高は2007年3月期に47億円と2年で2.4倍に膨らんだものの、急拡大は収益を伴わず、同期は経常損失3億4,600万円、最終損失4億9,400万円の赤字に転落する。買収と多角化で売上を積み上げる戦略は、早くも行き詰まりを見せ始めた。 [9][10]
- 有価証券報告書【沿革】
- [9]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
- ITmedia NEWS 2007年11月27日
- [10]2000年代半ばにオンラインゲーム事業へ進出していた
- 有価証券報告書【沿革】
- [7]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
- [8]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場
- [9]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
- ITmedia NEWS 2007年11月27日
- [10]2000年代半ばにオンラインゲーム事業へ進出していた
オンラインゲームの減損と債務超過への転落
2007年9月中間期、オンラインゲーム「ロード・オブ・ザ・リングス オンライン」の専用実施権などについて3億9,100万円の減損損失を計上し、中間純損失は5億7,500万円に達して、さくらインターネットは債務超過に転落した。2008年3月期の通期でも最終損失6億3,300万円を計上している。ゲームのライセンス料や運営費が会員数の伸びに見合わず、本業のホスティングで稼いだ利益を吸い込む構造になっていた。2005年10月のマザーズ上場から債務超過までわずか2年、上場で得た資金は拡大の過程で失われていた。 [11]
- ITmedia NEWS 2007年11月27日
- [11]2007年9月中間期にオンラインゲームの専用実施権等で391百万円の減損損失を計上し、中間純損失575百万円で債務超過に転落
2007年11月、業績不振の責任を取って笹田社長が同月末付で辞任し、取締役最高執行責任者だった創業者の田中邦裕氏が社長に就任した。田中社長は不採算事業の整理を急ぎ、2007年7月に譲渡していたイクスフェイズに続いて、2008年1月にカイロス、同年3月にさくらクリエイティブと米国法人SAKURA Internet (USA)の株式を相次いで手放した。上場後に買収・設立した会社を切り離し、レンタルサーバとデータセンターの運営という創業以来の本業へ回帰する。いずれも取得・設立から2年前後での売却である。 [12][13][14]
- ITmedia NEWS 2007年11月27日
- [12]2007年11月に笹田亮社長が業績不振の責任を取って辞任した
- 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
- [13]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
- 有価証券報告書【沿革】
- [14]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡
- ITmedia NEWS 2007年11月27日
- [11]2007年9月中間期にオンラインゲームの専用実施権等で391百万円の減損損失を計上し、中間純損失575百万円で債務超過に転落
- [12]2007年11月に笹田亮社長が業績不振の責任を取って辞任した
- 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
- [13]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
- 有価証券報告書【沿革】
- [14]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡