GMOインターネットグループ の歴史

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創業 1991年
創業者 熊谷正寿
創業地 東京都渋谷区
創業
1991年5月、熊谷正寿氏が東京都世田谷区下馬に株式会社ボイスメディアを設立した。当初の商売はダイヤルQ2を使った双方向通信の企画・開発である。1995年11月に商号をインターキューへ改め、翌12月に接続サービス『interQ』を始めた。ダイヤルQ2の課金機能を転用したため、利用者はIDの郵送もカード登録も要らず1分20円でつながり、拠点は1か月半で全国51か所へ伸びた。1997年11月にレンタルサーバーを加えて月ごとに料金の入る二事業を揃え、1999年8月、独立系の接続事業者として日本で初めて店頭公開した
決断
事業が立つたびに別会社へ切り出し、資本市場へ直につないできた。2000年9月、設立364日の子会社まぐクリックを上場させ、以後事業ごとに子会社を立てて個別に上場させる型を敷いた。2005年にはGMOペイメントゲートウェイの上場と本体の東証一部指定替えが重なった。同じ年に始めた金融三事業のうちローンは、貸金業法の改正で過払い金の返還請求が膨らみ、約400億円の損失を確定させて2年で撤退する。熊谷氏はこの失敗から限界投資額を資産の3分の1までと定めたが、撤退の原資を作れたのはホスティングと証券の子会社株に市場価格がついていたからで、切り出して上場させる資本政策が本体を守った。
現況
収益源は、解約されにくい継続課金の商材、同社の言う『岩盤ストック収益』である。2025年12月期の売上高2,856億円のうち、ドメインとレンタルサーバーを中核とするインターネットインフラ事業が1,740億円と6割を占める。ドメイン発行・卸の国内シェアは83.0%。ここには2004年に同業の決済代行2社を続けて譲り受けたGMOペイメントゲートウェイの決済も入る。2025年1月に事業をすべて子会社へ移し、自ら商売を持たない持株会社になった。営業利益591億円に対し親会社株主に帰属する純利益は161億円にとどまり、連結純利益の半分超が子会社の非支配株主へ渡る。
競合
全事業で正面からぶつかる相手はいない。レンタルサーバーでは専業のさくらインターネットが石狩に大規模データセンターを建てたのに対し、GMOはドメイン・サーバー・SSLを別々の上場会社へ分社して傘下に置いた。金融でも、住信SBIネット銀行を立ち上げたSBIのように銀行と証券を中核へ据えず、インフラで集めた顧客基盤へ後から載せた。2007年に手放したイーバンク銀行は翌年楽天が取得し、GMOは2018年にあおぞら銀行との合弁で銀行業へ入り直した。優位を確立したのは1997年に始めたレンタルサーバーと1999年に始めたドメインの二つで、いずれも国内首位を保っている。
GMOインターネットグループ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2000年12月期2025年12月期

創業ストーリー ダイヤルQ2の課金機能を転用し、独立系ISPとして初の店頭公開に至る (1991年〜)

音声情報サービスからインターネット接続への転業

1991年5月、熊谷正寿氏は東京都世田谷区下馬にボイスメディアを設立した[1]。当初の事業はダイヤルQ2を用いた双方向通信の企画・開発と、その機器の開発・販売[2]である。1994年2月に本店を港区南青山へ移し[3]、1995年11月には商号をインターキューへ変更してインターネット接続事業へ転業した[4]。同年12月に始めた接続サービス『interQ』[5]は、ダイヤルQ2の決済機能を用いることで、利用者にIDの郵送やクレジットカード登録を求めなかった[6]。料金は1分20円で、申し込みの手続きを踏まずに接続できる設計[7]であった。

  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1991年5月 ボイスメディアを東京都世田谷区下馬に設立(創業者 熊谷正寿)
    • [2]当初事業 ダイヤルQ2を用いた双方向通信の企画・開発と機器の開発・販売
    • [3]1994年2月 本店を東京都港区南青山へ移転
    • [4]1995年11月 商号をインターキューへ変更しインターネット接続事業へ転業
    • [5]1995年12月 接続サービス「interQ」を開始
    • [6]interQ はダイヤルQ2の決済機能を利用しID郵送・カード登録が不要
    • [7]interQ 接続料金 1分20円・手続き不要

アクセスポイントは、サービス開始から1か月半で全国51拠点まで増えた[8]。1997年11月にはレンタルサーバー事業へ参入し、本店を渋谷区桜丘町へ移した[9]。接続とホスティングという月ごとに料金が入る二つの事業が、創業から6年で揃った[10]。1998年1月には形式上の存続会社アルティマックスと合併し、1株の額面を500円へ改めた[11]。同じ1998年、熊谷氏は2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円を掲げる『55ヵ年計画』を定めている[12]。策定した時点の売上規模は10億円台[13]であった。

  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1991年5月 ボイスメディアを東京都世田谷区下馬に設立(創業者 熊谷正寿)
    • [2]当初事業 ダイヤルQ2を用いた双方向通信の企画・開発と機器の開発・販売
    • [3]1994年2月 本店を東京都港区南青山へ移転
    • [4]1995年11月 商号をインターキューへ変更しインターネット接続事業へ転業
    • [5]1995年12月 接続サービス「interQ」を開始
    • [9]1997年11月 ホスティング事業を開始し本店を渋谷区桜丘町へ移転
    • [10]1995年12月 接続事業・1997年11月 ホスティング事業の二事業が揃う
    • [11]1998年1月 形式上の存続会社アルティマックスと合併し1株の額面を500円へ変更
    • [6]interQ はダイヤルQ2の決済機能を利用しID郵送・カード登録が不要
    • [7]interQ 接続料金 1分20円・手続き不要
    • [8]interQ アクセスポイント 開始から1か月半で全国51拠点
    • [13]1998年時点の売上規模 10億円台
    • [12]1998年 「55ヵ年計画」を策定(2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円)

未経験者だけで組んだ公開準備と、1999年8月の店頭公開

公開準備のチームが発足したのは1997年12月ごろで、本格的に動き始めたのは1998年3月[14]であった。熊谷氏を除く4名は、全員が株式公開の実務を経験していなかった[15]。当時の店頭公開は売上と利益を求められ[16]、東証マザーズや大証ナスダック・ジャパンの設立で公開の条件が緩んだといわれるようになるのは、インターキューの公開より後にあたる[17]。監査は中央監査法人、書類作成の助言はアタックス今井会計グループ、証券印刷は宝印刷[18]が引き受けた。店頭公開には、のちの新興市場にはない『Ⅱの部』の書類作業があった[19]

    • [14]公開準備チームは1997年12月ごろ発足・1998年3月に本格稼働
    • [15]準備チームは熊谷氏を除く4名で全員が公開実務の未経験者
    • [16]当時の店頭公開は売上と利益が要件
    • [17]公開の条件が緩んだといわれるのはインターキューの公開より後
    • [18]監査は中央監査法人・書類作成の助言はアタックス今井会計グループ・証券印刷は宝印刷
    • [19]店頭公開には新興市場にない「Ⅱの部」の書類作業

1999年8月27日、インターキューは独立系のインターネット接続事業者として日本で初めて店頭公開した[20]。公募価格4,200円に対して初値は21,000円をつけ[21]、時価総額は1,200億円に達した[22]。証券コードは9449[23]である。準備を担った島影氏は、成功の要因として経営トップの意志と『出られるときに出る』[引用元]判断を挙げ[24]、熊谷氏が準備期間中に一度も方針を変えなかったと述べた[25]。公開の翌月にあたる1999年9月にはドメイン事業を始め、接続・ホスティング・ドメインの三層が揃った[26]。2000年12月期の連結売上高は79億8,000万円、当期純利益は11億9,000万円[27]である。

    • [20]1999年8月27日 独立系ISPとして日本初の店頭公開
    • [21]公募価格4,200円・初値21,000円
    • [22]公開時の時価総額 1,200億円
    • [24]島影氏は成功要因に経営トップの意志と「出られるときに出る」判断を挙げた
    • [25]熊谷氏は準備期間中に方針を変えなかった
  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1999年8月 ジャスダック市場へ上場・証券コード9449
    • [26]1999年9月 ドメイン事業を開始し接続・ホスティング・ドメインの三層が揃う
  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書(2000年12月期・連結)
    • [27]2000年12月期 連結売上高79億8,000万円・当期純利益11億9,000万円
    • [14]公開準備チームは1997年12月ごろ発足・1998年3月に本格稼働
    • [15]準備チームは熊谷氏を除く4名で全員が公開実務の未経験者
    • [16]当時の店頭公開は売上と利益が要件
    • [17]公開の条件が緩んだといわれるのはインターキューの公開より後
    • [18]監査は中央監査法人・書類作成の助言はアタックス今井会計グループ・証券印刷は宝印刷
    • [19]店頭公開には新興市場にない「Ⅱの部」の書類作業
    • [20]1999年8月27日 独立系ISPとして日本初の店頭公開
    • [21]公募価格4,200円・初値21,000円
    • [22]公開時の時価総額 1,200億円
    • [24]島影氏は成功要因に経営トップの意志と「出られるときに出る」判断を挙げた
    • [25]熊谷氏は準備期間中に方針を変えなかった
  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1999年8月 ジャスダック市場へ上場・証券コード9449
    • [26]1999年9月 ドメイン事業を開始し接続・ホスティング・ドメインの三層が揃う
  • GMOインターネットグループ 有価証券報告書(2000年12月期・連結)
    • [27]2000年12月期 連結売上高79億8,000万円・当期純利益11億9,000万円

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GMOインターネットグループの沿革1991〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1991〜1999年ダイヤルQ2の課金機能を転用し、独立系ISPとして初の店頭公開に至る熊谷正寿ボイスメディア(後のインターキュー)を設立
熊谷正寿本店を移転
熊谷正寿商号を「インターキュー」に変更
熊谷正寿インターネット接続(プロバイダー)事業に参入★★
熊谷正寿クラウド・レンタルサーバー(ホスティング)事業に参入★★
熊谷正寿本社を移転
熊谷正寿形式上の存続会社アルティマックスと合併
熊谷正寿独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開

1999年8月27日、インターネット接続事業のインターキュー(現GMOインターネットグループ)が店頭市場へ株式を公開した。独立系のインターネット接続事業者としては日本で初の店頭公開で、証券コードは9449。公募価格4,200円に対し初値は21,000円をつけ、時価総額は1,200億円に達した。

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★★★
熊谷正寿ドメイン事業に参入★★
2000〜2004年設立364日での子会社上場と、株式交換によるグループ化熊谷正寿連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立

2000年9月5日、インターキュー(現GMOインターネットグループ)は設立から1年に満たない連結子会社まぐクリックを大証ナスダック・ジャパン市場へ上場させた。以後2005年までに、GMOペイメントゲートウェイとGMOホスティング&セキュリティが東証マザーズへ上場し、本体も東証二部・一部へ移った。事業ごとに別々の株式を市場へ出すグループ経営の型が、この6年で固まった。

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★★★
熊谷正寿商号を「グローバルメディアオンライン」に変更
熊谷正寿株式交換によりアイルを完全子会社化
熊谷正寿株式が東京証券取引所市場第二部に上場
熊谷正寿連結子会社のpaperboy&co.へ資本参加
熊谷正寿カードコマースサービスを子会社化
2005〜2010年ローン・クレジット事業での約400億円の損失と、資本の立て直し熊谷正寿オリエント信販株式94.28%を250億4,100万円で取得しローン・クレジット事業へ参入★★
熊谷正寿GMOインターネット証券を設立しインターネット証券事業へ参入
熊谷正寿GMOインターネット証券の全株式を売却
熊谷正寿ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退

2005年8月15日、GMOインターネット(現GMOインターネットグループ)は消費者金融のオリエント信販株式94.28%を250億4,100万円で取得することでユニゾン・キャピタルの投資ファンドと最終合意した。2年後の2007年、貸金業法改正と過払い金返還請求の急増を受けて同事業からの撤退を決め、当時の経営陣へのMBOにより528万円で譲渡した。

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★★★
熊谷正寿クリック証券を子会社化★★
2011〜2025年岩盤事業と新領域の二層構造、そして持株会社体制への移行熊谷正寿FXプライムを子会社化
熊谷正寿ゲームポットを子会社化
熊谷正寿GMOクリックHDが東京証券取引所ジャスダック市場に上場
熊谷正寿あおぞら銀行・あおぞら信託銀行とインターネット銀行の共同運営で合意
熊谷正寿あおぞら信託銀行の株式を取得し持分法適用関連会社化
熊谷正寿暗号資産交換事業に参入★★
熊谷正寿暗号資産マイニング事業に参入★★
熊谷正寿あおぞら信託銀行をGMOあおぞらネット銀行に商号変更
熊谷正寿GMOあおぞらネット銀行がインターネット銀行事業を開始★★
熊谷正寿暗号資産決済事業においてステーブルコイン「GYEN」「ZUSD」の提供を開始
熊谷正寿ワイジェイFXを子会社化
熊谷正寿イエラエセキュリティを子会社化
熊谷正寿商号を「GMOインターネットグループ」に変更
熊谷正寿AI・ロボット事業参入のためGMO AI&ロボティクス商事を設立
熊谷正寿インターネットインフラ・広告・メディア事業をGMOインターネットへ承継
熊谷正寿公開買付けによりプライム・ストラテジーを子会社化
出典・参考

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