GMOインターネットグループ連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立

時期 2000年9月
意思決定者(推定) 熊谷正寿 グローバルメディアオンライン 社長
論点 グループ経営と資本市場の使い方
概要
2000年9月5日、インターキュー(現GMOインターネットグループ)は設立から1年に満たない連結子会社まぐクリックを大証ナスダック・ジャパン市場へ上場させた。以後2005年までに、GMOペイメントゲートウェイとGMOホスティング&セキュリティが東証マザーズへ上場し、本体も東証二部・一部へ移った。事業ごとに別々の株式を市場へ出すグループ経営の型が、この6年で固まった。
背景
1999年8月の店頭公開で本体が上場企業となり、株式を対価にした子会社化が使えるようになった。2001年ごろからは株式交換によるグループ入りが毎月のように続き、傘下の会社数が増えた。事業の性格も収益モデルも異なる会社を、単一の連結決算のなかで育てる方法が問われた。
内容
まぐクリックは設立364日での上場となり、当時の最短記録に並んだ。2005年には2月にカードコマースサービスがGMOペイメントゲートウェイへ商号を変え4月にマザーズ上場、6月に本体が東証一部へ、9月に商号変更したGMOホスティング&セキュリティが12月にマザーズへ上場した。同年だけで本体を含む3社が東証の上場銘柄として並んだ。
含意
各社が自前の株式で資金を調達し、株式報酬で人を集める形になった一方、親会社と上場子会社のあいだの利益相反という論点を抱え込んだ。GMOはこの型を解消せず拡大し、2025年12月には上場会社12社の体制となった。
筆者の見解

分けたことで守れたもの

事業ごとに株式を分けるという判断は、資金と人の取り合いを市場の側へ外に出す仕掛けであったとみることができる。決済の会社は決済の株価で人を集め、ホスティングの会社はホスティングの株価で報酬を組む。親会社が配分を決める手間は減り、各社の経営者は自分の株価に責任を負う。一方で、少数株主の利益と親会社の利益が食い違う場面をあらかじめ抱え込む設計でもあり、その指摘に対してGMOは型を畳むのではなく、上場会社を増やす方向で答えてきた。

分けておいたことが効いた場面もある。2007年にローン・クレジット事業の損失で本体が債務超過の手前まで来たとき、同社が現金化したのはGMOホスティング&セキュリティ株式の約10%とイーバンク株式、そしてGMOインターネット証券の全株式であった。市場価格のついた子会社株を持っていたからこそ、本体を売らずに済んだといえる。上場子会社の数が増え続ける理由は理念の説明よりも、この2007年末の資金繰りのほうにはっきり書かれている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

出典・参考

同じ問いに直面した会社

持株会社の下で、どう切り分けるか2001年日鉄ソリューションズ本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場分立していたIT機能の再集約と株式上場
2001年セイコーグループ持株会社への移行と祖業ウオッチ事業の分社事業構造の再編とグループ経営体制
2002年宝ホールディングス持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割二事業の分割と持株会社化
2003年大和工業軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行組織構造とグループ経営
2005年古河機械金属日立古河建機株式の譲渡による建設機械からの撤退と、主要6事業の分社事業の絞り込みと経営体制

免責事項およびポリシー