この提携の要点は、金額よりも、誰から受け取ったかにあっただろう。約103億円は当時の日本瓦斯にとって小さくないものの、銀行借入で賄えない規模でもない。それでも投資ファンドを筆頭株主に迎えたのは、自由化後に効いてくるのが供給の安定だけでなく資本の使い方でもあるという読みによるものであろう。区域と許可に守られてきた事業者が、株主資本利益率という物差しを自ら招き入れた点に、この判断の性格が表れている。
一方で、投資ファンドの保有には期限がある。提携は3年ほどで目的を達したとして解かれ、OEPは去った。あとに残ったのは、クラウド化した販売管理と、販売量が増えても販売費と一般管理費が膨らまない事業の作りであった。