通信子会社ソフトバンクの東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達
完全子会社を市場へ切り出し、ソフトバンクグループは何を得ようとしたか——親子上場と資本政策の判断
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- 概要
- 2018年12月19日、ソフトバンクグループ(SBG)が完全子会社である国内通信事業のソフトバンク(証券コード9434)を東京証券取引所第一部に上場させ、保有株の約4割を売り出して約2兆6,000億円を調達した経営判断。1987年のNTTを上回る国内史上最大の新規株式公開であった。
- 背景
- SBGは2017年に10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンドを立ち上げ、通信事業者から投資会社への転換を進めていた。成熟した国内通信事業を安定したキャッシュ源として切り出し、市場から得た資金を世界の有望企業への投資に充てる構図であった。
- 内容
- 想定売り出し価格は1株1,500円。全株を保有するSBGが約4割を国内外の個人・機関投資家へ放出し、出資比率を約6割へ下げた。配当性向85%を目安に据え、公開価格ベースで約5%の配当利回りを掲げて個人投資家を集めた。
- 含意
- 親会社が完全子会社を一部上場させて成長資金を吸い上げる構図には、少数株主との利益相反という批判がつきまとった。高配当は「一般株主も親会社と平等に」という回答であったが、上場初日は公開価格を15%下回って引け、船出は低調に終わった。
成熟事業を資金に変えるということ
この判断の中心にあるのは、成長の乏しくなった国内通信事業を、抱え続けるべき資産と見るか、次の投資へ回すべき原資と見るかという選択であった。SBGは後者を採り、完全子会社の約4割を市場に切り出して2.6兆円を投資会社への転換に振り向けた。配当性向85%という高い還元は、親子上場につきまとう利益相反への回答として設計され、一般株主と親会社が同じ果実を分け合う建て付けを与えた。合理性と批判のあいだで均衡を探った設計だったとみることができる。
もっとも、上場初日の公開価格割れは、成長より安定を掲げた高配当銘柄に市場が慎重であったことをうかがわせる。親会社が支配を握ったまま成熟事業を段階的に資金化していく構図は、少数株主にとって利益がどちらを向くのかという問いを残したままである。近年は東証も親子上場の解消を促しており、この上場が示した資本政策は、支配と還元をどう両立させるかという、今日なお続く論点の一つの実例といえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
投資会社へ舵を切る親会社の資金需要
ソフトバンクグループ(SBG)は2017年、10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンドを立ち上げ、通信事業者から世界の成長企業へ資金を配る投資会社へと変わりつつあった。孫正義会長兼社長が描く次の成長は、自前の通信網ではなく、有望なスタートアップへの大型出資にあった。その原資をどこから引き出すかが、グループ全体の資本政策の焦点になっていた。手元の安定した稼ぎ手を、いかにして投資の元手に変えるかが問われていた[1]。
その稼ぎ手が、完全子会社の国内通信事業ソフトバンク(証券コード9434)であった。NTTドコモ・KDDIと並ぶ携帯3社の一角として安定した現金を生む一方、国内市場は成熟し、通信事業単体で大きな成長を描きにくくなっていた。SBGにとって、この成熟事業を手元に抱え続けるより、一部を市場に切り出して資金化するほうが、投資会社への転換とかみ合う選択であった。年内の上場で2兆円規模を調達する構想が、早くから取り沙汰されていた[2]。
親子上場という論点
完全子会社を親会社が一部だけ上場させる形は、親子上場と呼ばれ、利益相反の温床として批判されてきた類型であった。親会社が支配権を握ったまま少数株主を迎え入れれば、子会社の利益が親会社の都合で吸い上げられかねない。史上最大級の調達を、成熟事業を切り出して親会社の投資原資に回す構図には、資金吸い上げではないかという疑念が同時代から向けられていた。上場の設計そのものが、この論点への答えを求められていた[3]。
SBGが用意した回答が、配当性向85%という高い株主還元であった。子会社が稼いだ利益の大半を配当として株主へ返せば、一般株主も親会社と同じ比率で分け前を受け取れる。孫正義会長は、配当を通じて一般株主も親会社と平等に受け取れるという考えを示し、これによって親子上場の利益相反を和らげようとした。高配当は投資家への訴求材料であると同時に、支配構造への批判をかわす設計でもあった[4]。
決断
約4割を放出する売り出しの設計
2018年11月12日、東京証券取引所はソフトバンクの上場を承認し、12月19日の上場が決まった。想定する売り出し価格は1株1,500円。全株を保有するSBGは、需要動向に応じた追加売り出しを含めて約4割分を国内外で放出し、出資比率を約6割へ下げる設計であった。調達額は約2兆6,000億円、上場時の時価総額は7兆円前後になる見通しで、通信事業者としては異例の規模であった[5]。
この調達額は、1987年に約2兆3,000億円を集めたNTTの株式売却を上回り、国内の新規株式公開として過去最大であった。2014年に米国で上場した中国・アリババ集団に迫る、世界でも屈指の規模である。SBGは一度に巨額を市場から吸い上げるため、機関投資家だけでなく個人投資家を広く取り込む販売網を敷き、引受幹事には野村證券をはじめとする大手証券が名を連ねた。売り出しの主眼は、国内の個人層からの資金吸収に置かれていた[6]。
配当利回り5%という値付け
個人投資家を動かす仕掛けが、配当利回りであった。配当性向85%を目安に据え、公開価格1,500円に対して約5%の利回りとなるよう設計された。当時の上場企業の平均配当性向が約3割、NTTドコモやKDDIでも4割前後であったことを踏まえれば、突出した水準である。成長は乏しくとも高い分配が続くという触れ込みは、値上がり益より安定した配当を求める個人層に狙いを定めた売り文句であった[7]。
この値付けは、親会社SBGの資本政策と表裏の関係にあった。子会社が高い配当を出し続ける限り、大株主として残るSBGにも安定した配当収入が入り、投資会社としての資金繰りを支える。一方の一般株主も同じ利回りを享受する。高配当は個人投資家への訴求であると同時に、切り出した後も親会社が果実を得続けるための仕組みでもあった。成熟事業を資金源に変えるという当初の狙いが、配当設計に凝縮されていた[8]。
結果
公開価格を割り込んだ船出
2018年12月19日、ソフトバンクは東証一部に上場した。初値は1,463円と公開価格1,500円を2%下回り、終値は1,282円と15%下回って引けた。時価総額は想定の7兆円前後から6兆円台へ目減りし、史上最大の調達を果たした一方で、株式市場の評価は厳しく出た。宮内謙社長は上場初日、市場の評価を真摯に受け止め、ここを出発点に企業価値の向上に取り組むと述べ、低調な滑り出しを認めた[9]。
逆風は上場の直前まで重なっていた。政府は携帯料金の引き下げを迫り、菅義偉官房長官の「4割程度下げられる」との発言が業界の収益に影を落としていた。12月上旬には大規模な通信障害が起き、通信品質への不安が広がった。さらにファーウェイ製通信機器の排除をめぐる問題で基地局の入れ替え負担が意識され、楽天の新規参入も競争激化を予感させた。成長より安定を掲げた高配当銘柄に、市場は素直に飛びつかなかった[10]。
資金は確保され、親会社はなお売り続けた
株価の出足はつまずいたものの、資金調達という当初の目的は達せられた。オーバーアロットメントを含む最終的な調達額は約2兆6,461億円に達し、2018年の新規上場による調達額全体の8割超を1社で占めた。国内史上最大の上場という事実は動かず、SBGは投資会社への転換に必要な原資を手にした。その後、ソフトバンクは高い配当を続けて個人株主をつなぎとめ、通信事業の安定収益を背景に株価は時間をかけて公開価格の水準を回復していった[11]。
親子上場の構図は、その後も続いた。SBGは2020年、追加の資金確保のために保有するソフトバンク株のうち約9億2,749万株を国内外で売り出し、出資比率を約6割から約4割まで引き下げた。それでも連結子会社の位置づけは維持し、通信事業を完全に手放すことはなかった。成熟事業を段階的に資金化しながら支配は握り続けるという、上場時に示した資本政策の型が、その後の売り出しにも引き継がれていた[12]。
- 日本経済新聞(2018年1月14日)「ソフトバンク、携帯会社を年内上場へ 2兆円調達」
- 日本経済新聞(2018年11月12日)「ソフトバンク通信子会社、東証が上場承認 12月19日」
- Bloomberg(2018年11月12日)「ソフトバンクG:通信子会社配当性向85%、過去最大2.6兆円調達」
- 東洋経済オンライン(2018年11月)「ソフトバンク上場、「配当性向85%」のなぜ?」
- 日本経済新聞(2018年12月19日)「ソフトバンク上場、終値1282円 公開価格を15%下回る」
- 東洋経済オンライン(2018年12月)「ソフトバンクは大幅安、2018年IPOの勝敗は?」
- 日本経済新聞(2020年8月28日)「ソフトバンク、国内外で9億2749万株を売り出し 最大1000億円の自社株買いも」
- ソフトバンク 有価証券報告書(2019年3月期・連結・IFRS)