ソフトバンク・ビジョン・ファンドの組成
2017年実施自己資金の3倍の外部資金をてこに——孫正義はなぜ事業会社から世界最大級の投資家へと自らを作り替えたのか
- 概要
- 2017年5月、ソフトバンクグループが運用総額986億ドル(約10兆円)のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF1)を組成し、サウジアラビアのPIFを中心とする外部資金でUber・WeWorkなど大型ベンチャーへ1社数十億ドルを投じた経営判断。自己資金331億ドルに対し外部資金655億ドルをてこにする構造で、事業会社から投資会社への傾斜を決定づけた。
- 背景
- 2016年9月のARM買収でAI時代への布石を打った孫正義は、数千億円規模を運用する従来のベンチャーキャピタルでは大型のAI投資機会を捉えられないと考え、10兆円規模のファンド構想を描いた。石油価格の高騰で潤ったサウジPIFの資金が、その原資として結びついた。
- 内容
- 2017年5月、986億ドルでSVF1が運用を開始。出資はソフトバンクグループ331億ドル、PIFを中心とする外部投資家655億ドルで、外部資金が全体の約3分の2を占めた。1社あたり数十億ドルをUber・WeWork・Slackなどへ投じ、巨額の出資で投資先の評価額を押し上げた。
- 含意
- グループ業績が投資先の株価に連動する構造へ移った。後継のSVF2では外部資金が集まらずソフトバンクの出資比率が約96%へ上がり、WeWork投資損失に象徴されるように、投資先の評価変動がほぼそのままグループ損益を左右する会社になった。
事業会社から投資会社へ
この決断の核心は、AIという領域に賭けたこと以上に、他人の資本をてこにして世界最大級の投資家へと自らを作り替えた点にある。986億ドルという規模は、ソフトバンク単独の体力では決して届かない。その大半を外部から集め、なかでもサウジのオイルマネーを主軸に据えたからこそ、1社に数十億ドルを投じる投資が可能になった。自己資金の約3倍を外部から引き入れるこの設計は、うまく回れば少ない自己負担で巨大なリターンを取り込め、投資先の発掘と資金調達の力さえあれば規模を際限なく伸ばせる。孫正義がARM買収以来強めてきた投資家としての顔は、ここで一つの完成形を見た。
もっとも、他人資本のてこは、外部資金が集まらなくなった途端に牙をむく。SVF2で外部の出し手が離れると、ソフトバンクは自ら9割超を負担せざるを得ず、投資先の値動きがそのままグループの決算を揺らす立場に立たされた。WeWorkの評価損は、その脆さの最初の証しであった。創業期のソフトウエア流通、2000年代の通信事業に続く三つ目の顔として、ソフトバンクは投資ファンドの成績に業績を委ねる会社へと移っていく。事業で稼ぐ会社から、投資の巧拙で浮き沈みする会社へ——2017年のこの一手は、その分かれ目に置かれている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
ARM買収とAIという賭け
2016年9月、ソフトバンクは英半導体設計のARMを約3.3兆円で買収した。この買収資金は、保有していたアリババやガンホー、スーパーセルの株式売却で得た合計約1.3兆円などで賄われている。手元の保有株を売り、その資金を次の投資先へ振り向ける——こうした資金の循環が、この頃のソフトバンクの投資行動に定着していた。ARMはあらゆる機器に組み込まれる半導体の設計を握る企業であり、孫正義はこの買収を、AI(人工知能)が社会の隅々に広がる時代への布石と見ていた[1]。
孫正義が思い描いていたのは、AI関連の企業へ従来とは桁の違う規模で資金を投じる構想であった。既存のベンチャーキャピタルは数千億円規模のファンドを運用し、1社への出資は数億から数十億円にとどまる。これでは、成長のために巨額の資金を求めるAI時代の有力企業を丸ごと抱え込むことはできない。孫正義は、10兆円規模のファンドを持てば1社あたり数千億円の出資が可能になり、他のVCが手を出せない領域を独占できると考えた。問題は、その桁外れの資金をどこから集めるかであった[2]。
サウジのオイルマネーとの結合
その資金の出し手が、サウジアラビアの政府系ファンド、パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)であった。2016年10月、ソフトバンクはPIFとファンド設立で合意する。石油に依存する経済からの脱却を掲げるサウジにとって、成長分野への分散投資は国家戦略に沿うものであり、潤沢なオイルマネーはIT投資の格好の原資となる。孫正義は、中東に積み上がった余剰資金と、資金を渇望するシリコンバレーの新興企業とを橋渡しする役回りを引き受けた。自己資金だけでは届かない規模のファンドが、外部資金を束ねることで現実味を帯びていく[3]。
決断
986億ドルのファンドを立ち上げる
2017年5月20日、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが初回クロージングを終え、930億ドル超(約10兆4千億円)の出資コミットメントを集めたと発表された。ソフトバンクグループ(SBG)自身の出資額は最大280億ドルで、保有するARM株の一部を現物出資する形も含んでいた。PIFとムバダラ開発公社という中東の二つの政府系ファンドに加え、Apple、フォックスコン、クアルコム、シャープが出資者として名を連ねた。運用会社は半年以内に1000億ドルへ積み増す最終クロージングを掲げており、前例のない規模のファンドであった[4]。
最終的にSVF1の運用総額は986億ドル(約10兆円)に達した。その内訳は、SBGの出資が331億ドル、PIFを中心とする外部投資家が655億ドルで、外部資金が全体の約3分の2を占める。孫正義から見れば、自己資金の約3倍にあたる他人資本をてこにして、単独では到底組めない規模の投資枠を手にした。ファンドは1億ドル以上の案件を優先的に取り込む権利を持ち、ソフトバンクの投資活動の主力ビークルとして据えられた[5]。
1社数十億ドルという投資
SVF1が資金を投じた先は、Uber、WeWork、Slackといった、株式公開が視野に入る大型のベンチャー企業であった。従来のVCが1社に数億から数十億ドルを出すのに対し、SVF1は1社あたり数十億ドルという桁で資金を注ぎ込む。巨額の出資はそれ自体が投資先の評価額を押し上げ、その評価額の上昇がファンドのリターンとして計上されていく。資金の規模が評価を生み、評価がリターンを生むという、これまでのベンチャー投資とは性格の異なる回路がここで動き始めた[6]。
結果
業績が投資先の株価に連動する会社へ
この構造は、続くファンドで様相を変える。2019年、ソフトバンクは第2号のSVF2を発表し、運用額10兆円を掲げて外部投資家を募った。ところが同年9月のWeWorkの上場中止などが響き、外部資金は思うように集まらない。SVF2の運用総額は598億ドルにとどまり、そのうち572億ドルをSBG自身が出した。SVF1で約33%だったSBGの出資比率は、SVF2ではおよそ96%へ跳ね上がる。外部資金という緩衝材を失った結果、投資先の企業価値の増減が、ほぼそのままグループの損益へ跳ね返る[7]。
孫正義自身は、この転換を後退とはとらえていない。2021年の株主総会で、彼は産業革命が人力を機械に置き換えた流れになぞらえ、情報革命とは機械をAIに置き換える動きであると語り、ソフトバンクグループはその革命の「資本家」の一人でありたいと述べた。事業を自ら営む会社から、成長する企業へ資本を投じてその果実を得る会社へ——ARM買収とSVFの組成を経て、ソフトバンクは投資会社としての性格をはっきりと前面に出していく。WeWorkで生じた巨額の投資損失は、その新しい立ち位置が背負うリスクを最初に突きつけた出来事であった[8]。
- ソフトバンクグループ「ソフトバンク・ビジョン・ファンド、初回クロージングを完了」(2017年5月20日)
- ソフトバンクグループ 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- ソフトバンクグループ 第41回定時株主総会(2021年6月23日)